エジプト横断ウルトラバトル
「おおーい! 迎えに来たぞ!」
声がして振り向くと、筋骨たくましいアメン神が、岩山のほうから走ってきていた。
八柱神のカエルではなく、羽飾りをつけているテーベのほうのアメン神だ。
「見事な隠れっぷりだ。先ほどの光がなければ気づかず通り過ぎるところだったぞ」
「光?」
「目のキラキラじゃろ」
「おれの目?」
「ライオン像のじゃい」
別にアメン神から隠れていたわけではないし、むしろアメン神にはもっと早く見つけてほしかったのだけれど、不可視の名を持つアメン神は、かくれんぼをおもしろがっているようだった。
異国の地、異郷の神が治める土地では、アメン神が開いてもどうしても光の扉の力が弱くなってしまうので、短距離の空間移動をくり返してエジプトへ向かう。
山を越え谷を越え、荒地を越えて、砂浜に出る。
砂漠ではなくて砂浜。ビーチ。
目の前の紅海を越えればエジプトだけど、光の扉で飛ぶにはちょっと遠すぎた。
「アメン神、あれやって! 紅海割り!」
「コラ! どこでそんな言葉を覚えた!?」
「できないの?」
「お魚さんがビックリしちゃうから駄目!」
ツタンカーメンの王墓から模型の船を取り出して、霊力で本物の船に変える。
前にテーベでやって沈没したやつだけど、今度はアメン神がついているから大丈夫。
船はすいすい進んでいく。
途中で嵐に遭ったり異民族の海軍に襲われたり宝島に漂着したりというようなこともなく、無事にエジプトの海岸に到着した。
背中の側から朝日が射して、海のほうを振り返ると、ちょうど太陽の船がやってくるところだった。
太陽を載せてエジプトの上空を旅する船だ。
空飛ぶ船にアメン神が呼びかけると、船はツタンカーメン達の近くに着水した。
甲板からケプリ神が顔を出す。
朝日の神の、フンコロガシの神である。
ケプリ神の外見は、まずは……そう……
人間の頭ぐらいの大きさの、フンコロガシの人形を想像してほしい。
頭もお尻も足もある、全身の人形。
その中身をくりぬいてマスクにしてすっぽりかぶった感じである。
フンコロガシは、太陽の誕生をその生命をもって表現する、聖なる甲虫。
だからケプリ神の姿はとても尊いものなのだけど、それでもツタンカーメンは、ついついビックリしてしまい、クフ王に叱られたのであった。
事情を話して太陽の船に乗せてもらって、通り道にあるギザへと向かう。
アメン神も太陽の船の船員で、昼からはアメン神が舵を取る。
太陽が天の頂に届く頃。
黒と黄色のウロコを持つ大蛇のアポピスが、空を泳いで襲いかかってきた。
アポピスは、太陽を食べようとする、邪悪なヘビ。
太陽の船を丸呑みにできるほどに巨大な怪物である。
もちろん乗船する神々は、大切な太陽を黙って食わせたりはしない。
太陽が失われれば、エジプトは昼夜を問わぬ闇に飲み込まれてしまう。
アポピスを退けるべく、アメン神が不可視の風の刃を打ち出し、ケプリ神は謎の玉を投げつける。
アトゥム神が船倉から出てきた。
夕日を司る神なので、時間が来るまで仮眠していたのだ。
創世神話ではアトゥム神は、その右手から湿気の女神を生み出している。
だから湿気そのものを作り出すぐらいは造作なく、ケプリ神が放った玉に、追加でたっぷり湿気を含ませる。
実に威力の高い攻撃だが、アポピスは巨体を器用にくねらせて、ひらりひらりとかわしていった。
ツタンカーメンも助太刀しようと光の扉で王墓から弓矢を呼び出したけれど、こちらはかわす価値すらないと判断されて、当たってもウロコで弾き返され、全く歯が立たなかった。
アポピスが、シューーーッと澱んだ息を吐き出す。
絶体絶命という時に。
「ガハハハハハハハッ!!」
さらに邪悪な笑いが響いた。
太陽の船の進行方向に、猛り狂う砂嵐を未来でいうサーフィンのように乗りこなして、邪神セトが浮いていた。
後ろに大蛇。前に邪神。
太陽の船は完全にはさまれてしまった。
邪神セトが稲妻の槍を投げつける。
それは太陽の船の上を飛び越え、アポピスの胴体を捉えた。
「何で!? 邪神なのに!?」
ツタンカーメンがあんぐりと口を開ける。
「わかっとらんな、若僧よ。セト神はこちらにおわすアトゥム神様のひ孫じゃぞ?」
クフ王は肩をすくめた。
「王位争いでホルス神に負けて、砂漠に追放されたんじゃ?」
「エジプトの大半は砂漠じゃぞ? 神々の中では、天空を治める太陽神の次に広大な領地の持ち主じゃ。
それに国境の警備という、危険の伴う重要な仕事を託されておる。
性格がアレなので王都におけば厄介事を起こすのは必須じゃが、命がけでエジプトを守るだけの力と覚悟があるのは確かじゃし、その点だけは神々も信頼しておるのじゃよ。
それにな、ホルス神と争っとった頃から、太陽神ラー様は、太陽の船の護衛として、セト神を高く買っておったのじゃ」
セト神がアポピスを一対一で食い止める。
船上の神々は、セト神に声援を送りながら、太陽の船を西へと進めた。
夕暮れ。
太陽の船は西の山に下り、神々は二隻目の船に乗り換える。
こちらは夜の太陽の船と呼ばれ、冥界を照らしながら旅する。
ツタンカーメンとクフ王も桟橋を渡る。
「あれ? ギザのピラミッドは?」
とっくに通り過ぎていた。




