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ナツメヤシの森で朝食を

 小鳥のさえずりに朝を告げられ、目覚めたまぶたにナツメヤシの木漏れ日が優しくそそぐ。


「……ここ……どこだ……?」


 ツタンカーメンの体から、布団代わりにかけられていた木の葉がぱらぱらと落ちた。

 ここは森の中だった。



 昨夜はクレオパトラの豪華なベッドで眠りについたはずなのに。

 異国の民間伝承ならばキツネかタヌキにでも化かされたとなるような格好だけれど、エジプトに生息するフェネックギツネは人を化かす種類ではない。



 先に起きたクフ王は、包帯を巻き直すなど身だしなみを整えていた。


「寝る子は育つと言うが、お前さんはちと寝すぎじゃぞ」

「お年寄りでもないのに早起きなんかできるわけないじゃないですか。ところでトート神は?」

「何か知らんが急用らしいぞい。一応はもとの時代のテーベの近くまで運んでくれたが、ワシらをほっぽり出してさっさと行ってしまわれたわい」

「あらら。でもやっぱりトート神は、神々の中でも特にお忙しいおかたですからね。みんなに頼りにされてますし」


 太陽の船の運行に、死者の審判、エジプトの全てを記録する書記の長、と、引っ張りだこなのである。



 何はともあれ、朝日への礼拝。

 これは生前からの毎日のお勤めである。

 それから朝食。

 エジプトでは死者も食事をする。


 ツタンカーメンは光の扉で自分へのお供え物を呼び出そうとした。

 冥界で暮らすファラオには、地上の葬祭殿の神官によって、毎日たくさんの食べ物が捧げられることになっているのだ。

 が。


「あれ? 扉が……」

 現れはしている。

 けれど。


「開かんな。いったいぜんたいどうしたんじゃ?」

「何かこう……力がうまく届かないというか……手が滑るような変な感じで……時間移動の影響かな? 扉じゃなくて墓所のほうがふさがれているような……」

「ふーむ。困ったのう」

 二人のお腹がぐうぅと鳴った。



 幸い、辺りにはナツメヤシの木がたくさん生えている。

 ツタンカーメンは浮遊して、たわわにった長さ五センチほどの楕円形の実を、両手いっぱいに持てるだけもいだ。


「お待たせー! いろんな硬さのがそろってますよー!」

 ナツメヤシの実は、完熟していないものは、ほんのり甘くて、さくさくの歯ごたえ。

 完熟するとグチョッと軟らかくなって、甘みが強くなる。

 どちらもおいしいし、ドライフルーツにしてもおいしい。



 ツタンカーメンがクフ王のところに戻ってきたところで、しゃららららーん、と、音がした。


「先輩! それ! ミイラの腹部を違う虫に食われてます!」

「違う違う! 今のはワシの腹の虫ではないぞい!」


 もう一度、しゃららららーん。


「これ、シストラムの音?」

 棒の先に鳴子のようなものをつけた楽器である。


「ワシらの他にも誰かるようじゃの」

 二人は茂みの向こうに目を向けた。




 そちらでも礼拝と朝食が終わったところなのだろう。

 シストラムの他にも、ハープにリュートに、複数の笛。

 不意に止まったり、同じ部分をくり返したり。

 どうやら練習をしているようだ。


 茂みを掻き分け、覗いてみると、十人ほどの男女混合の楽団が、嘆きの曲を奏でていた。

「あ……」

 ツタンカーメンはこの曲に聞き覚えがあった。


 ドラムの低音が悲しみの深さを語る。

 角型、船型、三日月型などのハープが祈りをささやく。


(これ……どこで聞いたんだっけ……)

 シストラムが泣き崩れる。

(やばっ……おれまで涙が……)


 クフ王にだけは見られまいと、顔を背ける。

 そんなツタンカーメンの後頭部を目がけて、ナツメヤシの実をかじる音が飛んできた。

 涙を拭いて振り向くと、楽団員全員の視線がクフ王に集まっていた。




「すっ、すみませんっ、お邪魔してしまってっ!」

 クフ王がもぐもぐしている間に、ツタンカーメンが慌てて謝る。


「やけに辛気臭いメロディーじゃったが、どなたかの葬儀でもあるんですかいのう?」

 クフ王はナツメヤシを飲み込んだが、謝ろうという気配はなかった。


 楽団員が目を丸くする。

「あなたがた、エジプト人なのにご存じないと言うのですか? 今日はファラオ様のお葬式ですよ!」


「何だって!? まさかアイのじーさんの!?」

 と、今度はツタンカーメンが目をひん剥いた。


「いえいえ、違いますよ。何を言っているんですか?」

「???」

 どうにも話が繋がらない。



「あ痛たたた。腹が……」

 急にクフ王がしゃがみ込んだ。

「大丈夫ですか?」

 ツタンカーメンが覗き込む。

「いいから耳を貸せ」

 クフ王がひそひそ声になった。



「これはもしやトート神がワシらを送り返す時代を間違えたのではないのかいの?」

「だとしたら……そうでなくてもですけど……おれ達の正体がバレるのはマズイです」

「ここがテーベなのは間違いないんか?」

「さっきナツメヤシの実を取るのに浮遊した際に、王家の谷の入り口の葬祭殿が見えたんで間違いないです。葬祭殿の感じからして、おれの時代から大きくズレてはいないと思います」



 楽団員が心配そうにこちらを見ている。

「うむ、腹痛は収まったぞい。ところで今は西暦の何年ですかのう?」

「それ、よその神様の暦! しかもその神様、おれらの時代だとまだ生まれてない!」

 楽団員はますますキョトンとなった。


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