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最後の練習試合

 最後の試合はわたしとアイの番になった。


 アイは剣道の試合の様に少し離れて頭を下げる。


「アイビス様と剣を交えるご無礼をお許しください。すぐに試合は終らせますから」


 ペコリと再び頭を下げるアイ。


 わたしはその仕草を見て少しカチンときた。


 すぐに試合を終わらせるってアイが勝つってことよね?


 なに、試合前から勝つ気でいるのよ。


 さっきのウィリアム戦の動きは凄かったけど、わたしだって負ける気なんて無いですからね。


 試合開始直後の隙を突けばわたしにもワンチャンあるわ。


 先手必勝!と、試合開始と同時にアイに飛び込み切りかかる。


 毎度のワンパターンな攻めと言わないで。


 わたしはこれしか戦い方を知らないの。


 でも、アイ側の対応は違った。


 アイの姿が消えたのだ。


 そしてわたしの背後から声。


「チェックメイトですね」


 背後にはわたしに剣を突きつけるアイがいた。


 わたしは飛び跳ねる様に全力で逃げ出すが、立ち止まると再びアイの声。


「チェック――――」


「ひっ!」


 思わず飛び退けるわたし。


 結局三度逃げて諦めた。


「勝者アイ!」


 結局アイが優勝。


「アイビス様への愛が全てを乗り越えた!」


 毎度のアイで、もうツッコむ気にもならない。


 圧倒的なアイの強さによってみんな白けてしまい、総当たりで序列を決める話も消滅してしまった。


 *


 アイはホッと一息をついている。


「アイの優勝で試合も終わりました。これでアイビス様がケガをする危険性も無くなってアイも一安心です」


 いつものアイだけど、ここまでわたしのことを心配してくれてるとアイのことが愛おしくなる。


 わたしは思わずアイを抱きしめた。


「ア、アイビス様……」


「優勝のご褒美よ」


 するとアイの手もわたしの背中に回って来て、ふたりで抱きしめ合うことになったんだけど……、アイの腕に力が込められた。


 それも渾身の力で。


 アイの顔を見ると、口を半開きにしてヨダレを垂らし、目も逝って「うへへへ」と変な声が口から洩れている。


 これはどう見ても正気じゃなくてヤバい奴だわ。


「ギブ!ギブ!ギブ!」


 熊でも絞め殺されるほどの怪力!


 身を(よじ)るけど逃げられやしない。


「いたたたたた! アイやめて!」


 わたしは全力で叫ぶとアイが正気に戻った。


「す、すいません。アイビス様に抱きしめられたので正気を失ってしまいました」


 アイは何度も頭を下げて平謝りだ。


「ところで……」


「ん?」


「アイビス様のご褒美のお料理は?」


「褒美はいま抱きしめたのではダメ?」


 それを聞いたアイはこの世の終わりのような顔をするので、料理はあんまり得意じゃないけど仕方なく手料理を作ることにした。


 やっぱりご褒美と言えばスィーツが定番よね。


 頑張った自分へのご褒美はスィーツ。


 社会人時代からの定番よ。


 夏休みにスイーツ対決をしたパティシエの「コフィティア」さんに手伝いをしてもらうべく連絡を取ろうとするとアイが止める。


「アイはどこぞの馬の骨(パティシエ)が作るスイーツよりもアイビス様の作る手料理が食べたいのです」


 馬の骨呼ばわりされるスィーツ界の重鎮のコフィティアさんかわいそう。


 でも、アイにそこまで期待されるなら……。


 厨房に行き、材料を探す。


 丁度、トマトと玉葱、ジャガイモ、ブロックの牛肉があったのでビーフシチュー風牛のトマト煮を作ることにした。


 お肉の煮込みがちょっと手間だったけど、アイがめちゃくちゃ喜んでくれる。


「おいしいです! おいしいです!」


「お肉を煮込むのが大変だったんだからね……。お肉おいしい?」


「アイビス様の愛情がおいしいです」


「なによそれ」


 わたしは思わず苦笑した。


 *


 夜になって寝ようとしてるとウィリアム王子の専属メイドさんが部屋にやって来た。


「王子が伝えたいことがあるそうで、アイビス様一人で部屋に来て欲しいそうです」


 伝えたいことってなんだろう?


 まさか、アイが昼間の試合で勝ったことで腹の虫が治まらなくて、雇い主のわたしとの婚約を解消するとか?


 さすがにそこまでウィリアムは小者じゃないか。


 なんだろうと思って王子の部屋を訪れる。


 ウィリアム王子は大きな部屋にポツンと置かれた社長机みたいなのの椅子に座っていた。


 アイはわたしが一人で来て欲しいとの指示が気になってわたしに付いてきたけど、部屋の前で待機だ。


 わたしはウィリアム王子に頭を下げる。


「御用はなんでしょうか?」


「手料理を作ったそうだな。俺の分は無いのか?」


 え?


 手料理が食べれなかったのが悔しくてわざわざ部屋に呼びつけたの?


 ウィリアムは思ったよりも遥かに心のちっちゃい男だった。


「あの料理はアイへの試合の優勝賞品だったので、ウィリアム王子の分は作っていませんでした」


 頭を下げて謝っていると、ウィリアム王子の笑い声が聞こえる。


「あははは。冗談だよ」


「冗談だったんですか」


「アイビスの手作りシチューを食べれなかっのは悔しかったので、機会があったら俺にも振舞って欲しいんだけど」


「ぜひ!」


 そんな事ならお安い御用だ。


 アイが鍋を空にしなかったら今すぐにでも皿を持って来ていた。


 その時、王子は魔道具を使い発動。


 わたしの周りが魔力で覆われた。


 な、なに?


 なにをする気なの?


 まさか、魔道具でわたしを捕まえる気?


 王子は落ち着いた雰囲気で話す。


狼狽(うろた)えるな。なにもしない。ただの防音の魔道具だ」


 わたしはホッとする。


 でもウィリアム王子は真剣な顔をしている。


「部屋の外にはアイビスの専属メイドのアイが待っているんだろ?」


「はい」


「アイには聞かれたくない事なんだ」


 アイに聞かれたくない事ってなんなんだろう?


 わたしはウィリアムの話に興味を持った。


 ウィリアム王子は言葉を選びながら慎重に話す。


「昼間のアイとの試合なんだけど……」


 ウィリアムが真剣を持ちだしたことで反則負けになった試合ね。


 正義漢のウィリアムも負けそうになると真剣を持ちだすという卑怯なことして驚いたわ。


「試合でもラインハルトに伝えたんだけど、俺がエクスカリバーを使ったのってアイが先に真剣を持ち出したからなんだ」


 たしか試合でもそんなことを言ってたわね。


「練習剣を真剣でスパッと切り落とされてしまって、仕方なしに聖剣を取り出したんだ」


 でも、どうやってエクスカリバーみたいな巨大な両手剣を試合に持ち込んだんだろう?


 少なくとも試合前に剣らしき物なんて持っていなかったわよね?


 アイが素手だったのはわたしが一番知っている。


 わたしの疑問をウィリアムは答える。


「俺の場合はこれだ」


 目の前には呪符があり、それを使うとウィリアムの座っている机の上にエクスカリバーが現れた。


 目の前には間違いなくラインハルトに没収されたエクスカリバーがあった。


「これは召喚護符だ。事前にこの召喚護符を紐付けておけばお宝を呼び出しできる」


 それでウィリアムはエクスカリバー試合に持ち込めたのね。


 でもアイは?


 アイがこんな護符を持っているのを見たことない。


「アイが真剣を持ち込んだのは恐らく『アイテムボックス』のスキルだ」


 アイってアイテムボックスのスキルを使えたの?


 でも、アイテムボックスのスキルってかなり難しい魔法でかなりの熟練者じゃないと使えないはず。


 少なくとも時空魔法を極めないと使えない。


 魔法よりも剣の得意なアイがアイテムボックスを使えるというのはにわかに信じがたい。


 真剣を持ちこむ方法はわかったけど、アイもウィリアムもなんで真剣なんて使ったのかわからない。


 しかもかなり深刻な顔をしている。


「あいつは本気で俺の命を取りに来たんだよ」


 えっ?


「真剣の短剣で俺の首を刎ねに来た。おそらくあの短剣は『デスシャイン』」


 デスシャインの名前にわたしは激しく聞き覚えがあった。

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