マリエルとクリスくん
一日前……。
「名残惜しいけど、マリエルさんとはここでお別れですね」
レイクシアからの長距離馬車で一緒だったクリスくんとは学園の敷地の中の東側にある女子寮と西側の男子寮の分かれ道で別れることになった。
クリスくんにはレイクシアで色々とお世話になったわね。
アルバイト終わりに魔法を教えて貰って、休みの日には魔法の実践を兼ねて一緒にレイクシアの森でコブリン狩りをしたの。
私が剣を持ってゴブリンの巣に飛び込んで、巣のゴブリンを殲滅した後に出来た小傷を私の魔法で回復。
クリスくんには回復魔法の出来の評価と、治しきれなかった傷の治療をして貰ったわ。
特訓のお陰で、夏休みの終わりには回復魔法だけじゃなく神聖系の簡単な攻撃魔法まで使えるようになったので、クリスくんには感謝のしようがない。
クリスくんはブラッドフォードくんと違ってグイグイと押してくることは全く無いけれど、話していると気分が落ち付くのよね……。
知的な控え目彼氏とのデート気分。
彼氏じゃないけど……。
こんな所を友だちのブラッドフォードくんに見られたら「浮気したな!」と怒鳴られちゃうかもしれない。
まあ、ブラッドフォードくんとも友だち同士の関係で彼氏彼女の関係じゃないけど……。
彼には結構好かれていると思うというか、少なくとも嫌われてることは無いと思うのよね。
多分、友だち以上彼氏未満の関係。
かなり友だち寄りだけど思うけど……。
「マ、マリエルさん?」
私の返事が無いのでクリスくんが取り乱している。
物思いにふけって目の前にいるクリスくんのことを忘れていた。
物思いにふけるのは時々やっちゃう私の悪い癖。
私はクリスくんに出来る限りのお礼をする。
「レイクシアではクリスくんに色々とお世話になって、感謝のしようがありません。アルバイトのお給料も入ったことですし、今度聖者用のアクセサリーのお礼をしますね」
「そんなこといいですよ。マリエルさんは学費を工面する為にアルバイトをしていたんですよね? アルバイトのお給料は学費として大切に使って下さい」
クリスくんは私の感謝の気持ちを辞退してきた。
やっぱり紳士よね。
「でも……。それじゃ私の気が収まりません」
私も引き下がらないでいるとクリスくんは代替え案を出してきた。
「じゃあ、こうしましょう。今度休みにデートをしてください」
「デ、デート?」
彼氏彼女の関係でも無いのに突然出てきたデートと言う予想外のキーワード。
私は思わずうろたえた。
私のうろたえっぷりを見たクリスくんは悲しそうな顔をする。
「僕とデートは嫌ですか?」
「そ、そんなことは無いです。むしろ光栄です」
クリスくんはホッと胸を撫でおろす。
逆に人生初めてデートに誘われた私は心臓バクバクで喉から心臓が飛び出そう。
心臓が破裂しそうで、今にも気を失って倒れそうだわ。
それに私たちは恋人じゃないんだから、ここはデートを断っておいた方がいいかも……。
「でも、デートはちょっと……」
私がデートを断ると、クリスくんは一瞬で青ざめたわ。
「デートはして頂けませんか?」
「私たちは恋人じゃないから、デートするのは問題あると思うんですよね……」
「あ、ごめん。いい言葉が思いつかなかったのでデートと言う言葉を使ったんですけど、僕はこの水晶学園の城下町のことをほとんど知らないので美味しい料理屋とかスイーツショップがあったら一緒に食べ歩いて教えて欲しかったんです」
「そう言うことならぜひともご案内させて下さい」
それを聞いたクリスくんはホッとしたのか、顔色が戻って血色が戻った。
「よかった。じゃあマリエルさん、また学園で」
そうしてクリスくんと別れた私。
私は女子寮に向かう帰り道で、クリスくんのことを思い返していた。
クリスくんは武術に長けるような肉体的な男らしさは感じられなかったけど、とっても親切で包容力があったなぁ。
それに物静かで知的だし。
レイクシアでは魔法のことを一から丁寧に教えて貰ったわね。
おかげで魔法を一通り使えるようになってクリスくんには大感謝。
クリスくんは教え方が丁寧で物凄く上手いのよね。
それに話していて疲れないというか、女の子の友だちと話しているような感じですごく話しやすかったわ。
クリスくんが彼氏だったら毎日話すことが一杯できて楽しいかもしれない。
クリスくんは話の話題の引き出しが物凄く多くて、話していても会話が全く途切れないの。
事実、さっきまで乗っていた馬車も道中全然話題に尽きなかったしね。
新学期が始まってもクリスくんとは親交を続けたいわ。
そんなことを考えながら女子寮へ向かっていると、初老の男性に呼び止められた。
「マリエルさんですね」
その男の人は全く知らない人。
黒の背広、いや執事服みたいなのを着ているし、すくなくとも学園の関係者ではなさそうだわ。
明らかに部外者の怪しい人だ。
本当に学園の関係者が私に用事があるのならば、学園を通して話が来るはず。
こんな人とは関わらない方がいい。
私は警戒しつつ無視して、その初老の男性との接触を避けて女子寮への道の歩みを進める。
その時、初老の男性は声を張った。
「アイビス様が大変なのです!」
思わず振り返る私。
私はアイビス様の名前を聞いて思わず歩みを止めてしまった。
「アイビスさんになにがあったんですか!?」
私は初老の男性に詰め寄っていた。




