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アイビスの帰省④

 いきなり目の前に乙女ゲーム『リルティア王国物語』のラスボスが現れてミノタウロスミルクを分けて欲しいと言い出した。


 どうなってるのよ?


 わたしはラスボスの竜王ドラゴニアに訳を聞く。


「竜王さんはどうしてミノタウロスミルクなんて欲しいんですか? ミルクぐらい竜王の城にいくらでもあると思うんですが?」


「我が飲むならどんな物でも構わないんだが、我が息子に飲ませるのはミノタウロスミルクでないとダメなんだ」


 そう言えば乙女ゲーのリルティアにも竜の子どもを拾った時にそんな設定があったわね。


 それにしても竜王が|育児語』のラスボス戦で竜王が倒された後にこの恨みは必ずや子孫が晴らすと言ってたから息子がいてもおかしくないか。


「竜王さんはイクメンだったんですね」


「イクメンというか、育児をせざるを得なくなった」


 表情を見てるとかなり必死で嘘ではなさそう。


 そして一言。


「今朝、我が育児を嫁に任せっきりにしていたら育児に疲れた嫁に『もうあなたとは一緒にやっていけません。離婚です!』とキレられて逃げられてしまったんだ。お腹が空いているのかそれから息子が泣き通しで困り果ててる」


 子どもを作って後はお嫁さんに任せっきりのダメ夫のパターンね。


 竜種最強の王なのにお嫁さんに逃げられるってちょっとひくわ。


 わたしがドン引きしていると、竜王は土下座をした。


「頼む! そのミルクが無いと困るんだ。お願いだ別けてくれ!」


 竜王に土下座で頼まれちゃ渡さない訳にはいかない。


 でもさ、竜王の土下座なんて見たくなかったわ。


 ドン引きよ。


 そんなことを思っていると竜王は更に頭を地面に擦り付ける。


「なにとぞ!」


 わたしは慌てて竜王ドラゴニアを引き起こした。


「そんな事情があるなら、そんなことをしなくてもあげますよ。ミノタウロスミルクをこの箱ごと全部持って行ってください!」


 そう言ってミノタウロスミルクをクーラーボックスごと渡す。


「かたじけない! この恩は一生忘れぬ」


 竜王はドラゴンに変化すると大空に舞い上がると思いきや、小さすぎるクーラーボックスの取り扱いに戸惑っている。


 そして竜王はわたしに頭を下げた。


「この箱を口にくわえて持ち運んでもいいんだが、なにかの拍子に噛み砕いても困る。申し訳ないのだがこの箱を我と一緒に持って来て頂けないだろうか?」


「わかったわ。わたしが責任をもって送り届けるわ」


 乗り掛った船。


 ここは最後までやるしかないわね。


 *


「ビリーくん、竜王の城までミルクを届けてくるわ。アイが戻ってきたらここで待ってるように伝えといて」


「はい!」


 わたしはビリーくんにアイへの言付けを残して竜王ドラゴニアの背中に乗り竜王の城を目指す。


 乙女ゲーの『リルティア王国物語』では竜王の城に訪れたのが2年生の3学期末だったので雪に覆われた雪深い雪原に佇む街の中にある城だったけど、今は夏。


 緑の草原の中に街と竜王の城があった。


 竜王は城のテラスに着くと、竜変化を解いてわたしをお姫様抱っこする。


「無理を言って済まなかった」


 そう言うとわたしを優しくテラスに降ろす。


 いや~、なにこのイケメン。


 惚れてしまう。


「では、その箱を渡して欲しい。あとはイクメンの我がなんとかする」


「イクメンと言っても、さっきの話だとどうせ子どもにミルクをやったことも無いんでしょ? このアイビス様に任せなさい」


「かたじけない」


 わたしは子どもを産んだどころか彼氏もいないけど、親戚の(めい)の赤ちゃんを預かった事なら何度もあるから、ミルクやりもおむつ交換も一通り出来るわ。


 こんな良く出来るお嫁さん候補を放っておく世間てなんなのよ?


 まあ、仕事とゲームとアニメで恋をする気も暇も無かったからまだ当分独り身を続けてたと思うわ。


 さっそく竜王の子ども部屋のベッドに案内される。


「これが我が息子だ。早速ミルクをやってくれ」


 竜の赤ちゃんだから小さな竜と思ったらその息子は竜人だけあって普通の赤ちゃんだった。


 乙女ゲーのリルティアでは卵から産まれた赤ちゃんは竜の形をしてたから、ゲームとはちょっと違うのかな?


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 今は竜王ドラゴニアを完璧なイクメンに仕上げないと!


「なに他人(ひと)事みたいに言ってるのよ? あんたがするの」


「は、はい」


 竜王はミノタウロスミルクを哺乳瓶に入れていきなり飲ませようとしたのでわたしは慌てて止める。


「なにクーラーボックスで冷えたミルクを赤ちゃんにそのまま飲ませようとするのよ。お腹壊すわよ!」


「我が息子はこの程度ではお腹を壊さぬ!」


 わたしはドラゴニアの頭を引っ叩いてやった。


 ドラゴニアは今まで生きている中で頭を叩かれたことが無かったのか鳩が豆鉄砲を食らったような目をしていた。


「あんたの息子なんだから、あんたが守らなくてどうするの?」


「そ、そうだな」


「お湯を急ぎで用意してミルクを温めて!」


「わかった!」


 侍女にお湯を用意させるドラゴニア。


 それにしても、この臭いは……。


「新しいおむつはどこ?」


「おむつはこれだが……」


「どうやら泣いてる原因はこれよ!」


 おむつを外してみると、赤ちゃんはやはりうんうんをしていた。


 大人のうんうんと違って臭くは無いんだけど、独特の臭いがする。


 わたしは侍女さんが持って来た付近をお湯につけて絞り、冷ましてから赤ちゃんのお尻を拭きあげておむつを交換した。


 すると赤ちゃんは泣き止んだ。


「おむつが原因だったのか……」


「そうね、あの臭いがした時は確実にうんうんをしているからおむつを交換するのよ」


「わかった。じゃあ、ミルクはやらなくていいんだな?」


「それはそれ、これはこれ。お嫁さんが出て行ってからだいぶ長い時間ミルクを飲ませてあげてないんでしょ?」


「かれこれ5時間だな」


「じゃあ、ミルクをあげないと」


 わたしは哺乳瓶を湯煎して人肌に温めると赤ちゃんに飲ませる。


「量は多くなく、少なくもない量よ。少なすぎても良くないけど、多すぎると吐いちゃうから量を調整してね」


「わかった」


 そうしてドラゴニアは息子にミルクを飲ませ終わった。


「どうだ? 我はやり遂げたぞ! 息子にミルクを飲ませた。これでいいんだな?」


「まだよ」


「なんだと?」


 赤ちゃんを抱え上げてドラゴニアに抱かせて背中を叩かせてゲップをさせる。


「優しく叩くのよ」


「お、おう!」


 ゲップをした赤ちゃんはやがて安心しきった顔をして寝た。


 ドラゴニアはわたしに礼をした。


「本当に助かった。この礼は一生忘れぬ。褒美はなにがいい?」


「褒美は要らないから、ミノタウロス村に送り届けて」


「おう、そうであったな」


 再び竜王の背に乗ってミノタウロス村に戻るわたし。


 ミノタウロス村に到着する寸前にドラゴニアはわたしにささやく。


「お主の子育て術と我に物怖(ものお)じせぬ度胸に感服した。よかったら、我の嫁になってくれないだろうか?」


 うぎゃ!


 なんで攻略キャラ以外から告白されるのよ?


 ここに来てリルティアの世界がバグった?


 こんなフラグを立てたら世界が崩壊する。


 わたしは即座にフラグをブチ折ったわ。 


「わたしには婚約者がいるんです。それにあんたにはお嫁さんが既にいるんでしょう!」


「だがしかし、出ていって別れを突き付けられたし……」


「土下座でもなんでもして連れ戻しなさい。あの子の産みの母親はその出て行ったお嫁さんだけなのよ!」


「わかった。我の全力の謝罪で必ずや嫁を連れ戻してみよう」


「頑張るのよ」


 そしてドラゴニアはポツリと呟く。


「お前みたいな素晴らしい女と嫁より先に出会えなかったのが我の一生の不覚だ」


 わたしもウィリアムより先にドラゴニアと出会っていたらまた違った運命を送っていたかもね。


 まあ、わたし自ら選んだルートだから後悔はしないわ。


 ドラゴニアも自分で選んだルートから逃げないように励ます。


「息子の父親はあんただけなのよ!」


「お、おう」


「それに母親も出て行ってお嫁さんだけなんだからね」


「そうだな」


 竜王の目からは既に迷いは消えていた。


 ミノタウロス村に着いて竜王ドラゴニアとは別れたけど、わたしは竜王ドラゴニアがお嫁さんを連れ戻しに行く姿を見ながら、復縁がうまく行くといいわねと祈り続けたわ。

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