マリエルの選んだルート
結局、マリエルに指輪を渡した武闘会大会運営を名乗っていた謎の人物はわからず終い。
でも、あの指輪の効果はわかったわ。
鑑定スキルを持っているビリーくんのお陰であの指輪にどんな効果があるのかわかったの。
あの指輪には私の予想通り『闇落ち覚醒』のスキルが付与されていたわ。
『闇落ち覚醒』とは心の闇を増幅させて力に変換し大幅にステータスを増強するスキルね。
途轍もない力を得る代償に、やたら好戦的になる効果があるらしいの。
そして指輪に装備者を操る効果はついていなかったわ。
となると、犯人はなにをさせたくてマリエルを闇落ちさせたのかがわからない。
わたしはウィリアム王子の暗殺を狙っていたと予想してたんだけど、その予想は大ハズレだったわ。
単になにも操らずに決勝リーグを勝ち進むだけならば、王子と当たる確率はかなり低い。
優勝までを考えればエキシビジョンマッチに登場するガレス騎士団長の暗殺も考えられるけど、ガレス騎士団長が登場するのを知っていたのはごく一部の学園上層部のみで犯人が知りうるわけも無く、なにを狙っていたのかがわからない。
指輪のこれ以上の調査は無駄と言うことで、調査保留扱いにしたとウィリアム王子が言っていた。
今後、マリエルが犯人に利用される可能性を潰す為にわたしはとある策を講じることにしたの。
*
放課後、わたしはマリエルにどの攻略キャラルートに進みたいのか確認を取る。
まあ、マリエルにどの攻略キャラのルートに進みたいか聞いても答えられるわけがないので、将来なにをしたいのかを聞き出す。
唐突にわたしに質問されたマリエルは考え込んだ。
「なにをやりたいか? ですか?」
「治癒魔法を使いこなしたいとか、学問の習得を目指したいとかあるでしょ?」
「今は途中になって投げ出している、剣の修練をしっかり終わらせたいですね」
やはりそう来たか。
今のマリエルは男装騎士ルートに入ってるのは間違いないわね。
攻略キャラで言えばブラッドフォードルート。
今更マリエルの攻略キャラルートを進めようと思ったのには意味がある。
魔道具という物は作成者のレベルが使用者のレベルより低ければ効果は薄まるわ。
逆に魔道具の作成者のレベルが使用者のレベルより高ければ効果は絶大になるの。
要はレベル補正が大きくかかるのよ。
特にステータスが固定値増強するものではなく、今回の指輪みたいに割合でステータスが増強する系の魔道具はその傾向が特に強いわね。
そこでわたしはマリエルをいずれかの方向でもいいのでその道のエキスパートに育て上げることにしたわ。
レベルを上げさえすれば犯人に利用されることは無くなると考えたのよ。
それに、わたしが奪ってしまったマリエル本来の未来とか幸せも取り戻してやりたかったのよね。
まあ、贖罪とか偽善とか自己満足と言われればそれまでだけど……、なんとでも言ってくれ。
やると決めた事なので他人になんと言われてもやめるつもりはないわ。
「剣を覚えたいのね。でも一人で自主練習をしているだけではいつまで経っても上手くならないので師匠を付けます」
するとマリエルの表情が一気に明るくなる。
「アイビスさんが教えてくれるんですか?」
「もっと相応しい人を先生に付けますよ」
ということで、マリエルを連れてやって来ました新人騎士の育成には定評のあるランスロットの小屋。
「あら、アイビス様お久しぶり」
元気になったマリーさんが出迎えてくれた。
ランスロットもアイビスの訓練が終わってしまって暇になったのでマリエルを歓迎してくれた。
「この子が新しい生徒か。名前はなんて言うんだい?」
「マリエルです」
既にランスロットには話を通してあるけど、再度確認。
「もちろんマリエルに剣を教えてくれるわよね?」
「もちろんさ! アイビス様を超える立派な騎士に育て上げてみせるぞ」
「素質は間違いなくあるけど、あまりの飲み込みの速さに驚いて厳しすぎる訓練を課して潰さないでね」
実際、闇落ちしたマリエルの実力はかなりの強さでわたしも負けそうになったぐらいだったわ。
「訓練は厳しいんですか?」
マリエルは待ち受ける厳しい訓練を想像して真っ青になっていた。
それをランスロットは笑い飛ばす。
「ちゃんと生徒の進捗と能力を見つつ、加減して教えるから安心してくれ」
マリエルはホッと胸を撫でおろした。
そしてタイミングを見計らったように現れるブラッドフォード。
まるでどこかで見てたかのようというか、わたしが手を振るまで隠れて見ておくように指示を出しておいた。
ブラッドフォードは武闘会でチャールズ王子にボロ負けしたので、『己の剣を見直したい』と言っていたので訓練に強制参加させたのよ。
「よう! アイビス、師匠!」
わたしはブラッドフォードを紹介する。
「この男子が兄弟子になるブラッドフォードよ。まあ、今回の訓練では護衛兼送迎係だからあんまりかしこまらなくていいわ」
「送迎係って、そりゃないよ……。せっかく妹弟子にカッコいいとこ見せてやろうと思ったのに……」
みんな大笑いだ。
「それじゃ、わたしは帰るから毎日仲良く二人で練習に来るのよ。それじゃブラッドフォード、後はたのんだわ」
「まかせとけ!」
ランスロット、マリエル、ブラッドフォードという男装騎士ルートの役者が揃ったのでわたしは退散して、あとは流れに任せることにした。
きっとマリエルは剣の才能を開花させ、ブラッドフォードと恋に落ちることだろう。
『リルティア王国物語』の男装騎士ルートがそうであったように。
*
そしてわたしはと言うと……。
ウィリアム王子の執務の合間を縫って甘々な時を過ごしている。
長ソファーに二人一緒に座り、お茶を楽しんでいる。
お茶をすすったウィリアム王子が目を見開く。
「アイビス、この紅茶はキミが入れたのか?」
紅茶の入れ方はアイに散々教えて貰ったので間違えて無いはずなんだけどな。
「そうですが、お気に召しませんでしたか?」
「いや、そうじゃない。昨日までの紅茶と違って爽やかな柑橘系の……今まで飲んだことのない味がして疲れが吹き飛ぶな」
「柑橘油で着香してみました」
ウィリアム王子も気に入ってくれたみたいね。
さすがに毎日甘い紅茶ばっかりで飽きて来たので、アールグレイを再現してみたんだけどね……。
今度はコーラを再現してみるわ。
コーラは味の再現がかなり大変と聞くけど、時間ならいくらでもあるから必ずやり遂げてみるわ。
ウィリアム王子は深々と紅茶を堪能している。
「そうか。これは爽やかな果実の甘みを感じる一方、砂糖が少なく甘ったるさが無くて飲みやすいな」
「ありがとうございます。ウィリアムが仕事で疲れていると思って一味加えてみました」
それを聞いたウィリアムはカップをテーブルに置くように言ってきた。
「アイビス、目を瞑れ」
「えっ?」
「紅茶の礼だ」
これってまさか……。
あれしかないわよね……。
わたしたち恋人だし。
してもぜんぜんおかしくないし。
わたしはそっと目を閉じる。
嫌がるなんて選択肢は無いわ。
ちょっと前のわたしだったら、ウィリアムとそういう関係になるのを恐れて絶対に拒否していたと思うんだけど、今はウィリアムのことを信じると決めたんだから。
絶対にウィリアムはわたしを裏切らない。
だから、わたしもそれに全力で応えるの。
わたしが目を閉じて、唇に全神経を集中させて息が止まりそうになっていると……。
ポム。
頭に置かれる王子の手のひら。
えっ?
わたしは驚きのあまり思わず背筋を仰け反らした。
「ごめん、褒美にアイビスの頭を撫でようとしたら驚かしてしまったか」
「ちょっと……」
まさかご褒美に頭を撫でられるとは……わたしそこまで子どもじゃないし!
予想外だわ。
でも、ウィリアムが申し訳なさそうにしまくってるのでわたしは両手でウィリアムの手を取る。
「いきなりのことで驚いてしまいましたわ。もう、心の準備は出来ましたのでもう一度お願いします」
上目づかいでわたしの出来そうな一番かわいい顔でお願いすると、ウィリアムはおっかなびっくりわたしの頭に手を乗せて頭を撫でる。
いつも虚勢を張って男らしい所を見せようとしているウィリアム王子が歳よりも若く子どもの様に見える。
まるでわたしと初めて会った頃みたいな感じに……。
きっとわたしもあの頃の子どもの顔をしているはず。
恋愛不器用同士、わたしたちの恋は焦らずゆっくりと着実に進めていくわ。
読んでくれてありがとうございます。
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