〈第三十六話 草原のダンジョン〉
洞窟ダンジョン、二日目。
「ムツキ様、従魔の皆様、この先が六階層の入口になります。準備は宜しいですか?」
メイド服を着て、大きなリュックを背負ったミレイが、私たちを見ながら確認する。
「その前に、ミレイ、これ」
昨夜調合した特上ポーションの小瓶を三本、ミレイに手渡す。
「これは……」
「私が調合したポーション。昨晩作った」
特上ポーションとは言わない。
それでもミレイは驚き、私を見る。
「ムツキ様は、【薬師】のスキルをお持ちだったのですか!?」
ミレイは興奮している。
「うん。まぁね」
私は言葉を濁す。ほんとは持ってないけどね。
「ありがとうございます」
ミレイは凄く嬉しそうに、ポーションを鞄にしまった。
「本当は、使わない方がいいだけどね」
私は欠伸をしながら答える。
「それじゃ、行きますか」
入口に立つと、皆に声をかけた。
「OK」
「行きましょう!」
「さっさと行くぞ!」
『『はい! 主様!!』』
従魔トリオと双子が、元気よく答える。
私は微笑みながら、薄暗いトンネルに足を踏み入れる。ここからは、セーブポイントの外だ。
『サス君、念のために、結界皆に張っといて』
あくまで念のために。念話で指示をだしたのは、ミレイにサス君の能力を知られるのを避けるため。出来れば、あまり知られたくない。というか、隠しておきたい。
シュリナの正体も能力も。
そして、ココが妖精猫だということも。
全部、隠しておきたい。
ーー皆を守るために。
『はい。分かりました』
サス君の結界が、私の体を温かく包み込むのを感じた。
ミレイも、レベル三十五のシルバーカード保持者だ。当然、自分の周りを包み込む魔力を感じているはずだ。それが何なのかも、おそらく気付いているだろう。私の魔力が高いことは有名だから、私がかけたものだと思ってもらえればいい。
「ミレイは六階層から十階層までの道、知ってるんだよね?」
私は歩くスピードを緩めると、後ろを歩くミレイの隣に移動する。
「はい」
「だったら、十階層までの道案内頼むね! 勿論、最短ルートで!」
「最短ルートですか?」
意外だったのだろう。ミレイは訊き直してきた。
「昨日言ったでしょ。私たちは、経験値を稼ぎに来たわけじゃないって」
「……分かりました」
ミレイとそんな会話をしているうちに、出口まできた。距離としては五十メートルぐらいかな。
……ダンジョンて、ほんと不思議だよね。
まるで、この世界とは違う別の空間の中にいるような、錯覚さえ感じてしまう。
(もしかしてここは、異空間なのかもしれない)
そんな考えが頭を過る。
「ムツキ様。従魔の皆様。ここからが、六階層になります。六階層から九階層までは、同じダンジョンで構成されています。……私たちはこのダンジョンを〈草原のダンジョン〉と呼んでいます」
ミレイの声が、私を現実に戻す。
(草原のダンジョン……)
ミレイの言う通りだと、私は素直にそう思った。
崖の上から見渡す限り、青々とした草が一面生えていた。グリーンメドウの景色とどこか似ている。草原の中央には、土色の道が一本真っ直ぐに伸びているのが見える。
暑くも寒くもない。ちょうどいい気温だ。頬を撫でていく風も心地好かった。
「長閑だね。遠くに見える白いのは、もしかして、羊?」
「はい、ムツキ様。全長二メートル強はある、【ビックシープ】です。ランクCクラスの魔物で、ドロップアイテムの羊毛と肉は、商業ギルドでも高値で取引されています」
……二メートル強の羊。
真っ白な羊毛……あぁ……モフリたい。その上で眠ったら、フカフカで気持ちいいよね。絶対!!
「…………ムツキ様?」
ためらいがちに、呼び掛けるミレイ。しかし今の私には、その声が耳に入らない。
「ミレイ、気にするな。これは病気だ」
シュリナがきっぱりと言い放つ。
「病気ですか……」
「ムツキって、毛が生えた動物が大好きなんだよ」
ココはミレイに教える。
ミレイは、「毛の生えた動物ですか……」と小さな声で呟くと、不思議そうな顔をして主を見詰めた。
「好きのレベルは、はるかに越えてる」
サス君の台詞に、シュリナとココは大きく頷く。
「「越えてる(な)よね~」」
「失礼な!! 少し人より好きな程度だよ!」
「「「どこが!!!!」」」
従魔トリオに総突っ込みされた。
ーー何気に、酷っ!!
「酷くない? そう思うよね、ミレイも」
後ろを振り返ると、ミレイが私たちに、背を向けていた。上半身が小刻みに震えている。変な声も聞こえてきた。
(必死で笑いを耐えている方が、ダメージ大なんだけど)
私は味方が誰一人いなくて、心の中で一人涙した。
お待たせしました。
今回で、九十話目!!
最後まで読んで頂き、心からありがとうございますm(__)m




