〈第二十八話 魔力を殆ど持たない種族だからこそ〉
一人ではなく、実際は三人に増えていた。
騎士団長様と宰相様の影に隠れて、その姿が見えなかったのだ。
「……それでは、護りて様。始めさせて頂きます。体の力を抜いて下さい」
深緑色のローブを身にまとった宮廷魔術師長が、落ち着いた声で私を誘導する。
今私は、ジェイの仕事部屋もとい、執務室で、騎士団長様と宰相様、そして陛下であるジェイの見守る中、記憶にある契約紋を調べる作業が行われようとしていた。
直径三十センチぐらいの水晶の球体の中央には、八面に削られた魔石が埋まっている。
その水晶に直接手が当たらないように、私は両側から手を添えていた。私は体の力を抜くために、目を閉じ深呼吸を二度ほど繰り返す。魔術師長様の誘導のせいか、徐々に体の力が抜けていく。それに比例して、意識がクリアーになっていった。
とおくで、「オォ!」と感嘆の声が上がっているのが聞こえた。
「順調ですよ、護りて様。……それでは、思い出して下さい。シルバータイガーと戦っていた時のことを」
感嘆の声は遠くに聞こえるのに、魔術師長様の声はやけに近くに、はっきりと聞こえる。
私は頷く。
そして、記憶を辿り始めた。
三日前、シルバータイガーと戦った時のことを思い出す。
水晶の中央にある魔石が淡い光りを放ち、水晶に映し出された映像を記憶していく。目を閉じている私には、きちんとその時の記憶が記録されているのか分からない。でも途中で、止めるように言う声がしないから、成功しているのだと思った私は、安堵する。
どれぐらいの時間が流れただろうか。
十分。
それとも、五分。……もっと短いのかな……
時間の感覚が全く分からない。
「もう大丈夫です」
魔術師長様の声がした。私はその声を聞いて、閉じていた目を開ける。
「ご苦労様でした。それでは確認しますね」
そう言いながら、魔術師長様は中央にある魔石を取り出す。
体の力は抜けていたはずだけど、やはり緊張していたのだろう。私は大きく息を吐き出した。
魔術師長様は取り出した魔石を、映写機らしきものにセットしていた。それから、残った水晶を映写機らしき魔法具のくぼみにセットする。
これに、投影させるのかな?
私は初めて見る魔法具に、興味津々で見詰めている。
「お疲れ様でした、護りて様。お茶でもどうぞ」
そんな私に、なんと、宰相様がカコアをいれてくれた。
「ありがとうございます、宰相様。頂きます。……すごく、美味しい! ホッとします」
私は自然と微笑む。甘い匂いと温かさに癒された。
「それはよかったです。護りて様、人族は魔力が少ない種族ですからね。それを補うものとして、魔法具や魔装具がその分発達しているのですよ」
宰相様は微笑みながら、分かり易く教えてくれた。
そうなんだ。私は一つ勉強になった。
三十代前半だろうか、一見、宰相様は優男に見える。美しい容姿をした男性だった。ゼロが王子様風の派手やかな美しさなら、宰相様は氷のような美しさだ。まるで、正反対の美しい容姿だ。
(この世界って、美しい容姿の人が多い気がする)
私は心の中で、そんなことを思っていた。
和やかな雰囲気を醸し出している、私と宰相様。
すると、突然私の体が沈んだ。隣に、ジェイが座ったのだ。
肩が触れてるんだけど……
私はそれとなく、横にずれる。ずれるが、その分ジェイは寄ってくる。二度ほど繰り返した時だ。ココがさりげなく、私とジェイの間に体を滑り込ませると、ソファーの上で丸まって欠伸をしている。
ジェイは「はぁ~~」と小さなため息をついた。私はそのため息の意味が全く分からなかった。
そうしているうちに、映写機の準備が整ったようだ。魔術師長様が再生させる。
白い布に投影させるのではなく、映像は水晶に投影された。執務室にいる全員で映像を確認する。
そこには鮮明に、シルバータイガーの姿とサス君、そしてココとシュリナの姿が映っている。そこに私の姿はない。何故ならそれは、私目線だったからだ。音声もなかった。
魔術師長様は少し映像を早送りをする。
(何か、BDみたいだなぁ)
心の中で呟く。
早送りをはじめて直ぐに、はっきりと黒紫の契約紋が水晶に映し出された。そこで、魔術師長様は映像を止める。
「綺麗にとれてますね。これなら、犯人を特定できますよ。ご協力ありがとうございます、護りて様。…………ところで、護りて様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
真面目な顔をして、魔術師長様は尋ねてくる。
「何でしょうか? 魔術師長様」
「護りて様は、どのような魔法を習得しておられるのですか? それと、無詠唱で魔法を使っているようでしたが」
魔法を生業にしている者にとって、私の戦い方は異様なものに映ったようだ。
「一応、五属性の魔法は全部。後、後方魔法として、回復魔法とプロテクターとマジックバリアぐらいです。それから、無詠唱ではないですよ。心の中で、ちゃんと唱えてますから」
私は当たり障りのないことを言ったつもりだった。蘇生魔法のことも、赤魔法のことも黙っていたからだ。
だけど、朱の大陸にとって、いや、他の四大陸においても、私が言った台詞はあまりにも異常だった。
五属性の魔法を習得することも。それを連続で行うことも。まず、あり得ないのだ。
何故なら、通常、魔法は詠唱してから発動させる。故に、瞬時に、ましてや連続で発動させることは、普通に考えて無理なはずだ。それに、魔法を見れば習得可能だが、実際、習得出来るかといえばそうではない。通常、習得出来る魔法は二属性ぐらいだ。
その点からみても、目の前の少女の戦い方と言葉は異様だった。
ーー心の中で唱える。
それは唱えるとは言わない。無詠唱で発動しているのだ。
その事実に、私は一切気付かなかった。
私以外の従魔トリオは、勿論気付いていた。だが、口を挟まない。挟む必要がなかったからだ。無駄だと言った方がいいだろう。何故なら、彼らは主の戦い方をその目で見たからだ。勿論その事で、主が傷付くことを彼らは許さなかった。
魔力を持ち、転移魔法を扱えるジェイにとっても、少女の戦い方はゾッとするものがあった。だが、ジェイの表情は違っていた。ジェイはニヤリと笑っていたのだ。
その笑みを、私は見ていない。代わりに、従魔トリオは見ていた。
(((はぁ~~)))
笑みの意味を気付いている従魔トリオは、内心大きなため息をついた。
お待たせしました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




