第四話 ゴールドになりました
「失礼します」
そう声を掛けてから副ギルマスはドアを開ける。そのまま彼に促されるように、私たちは室内に入った。
意外にもシンプルなレイアウトだ。机の前にテーブル。三人掛けぐらいのソファーが二つ、テーブルを挟んで配置されている。目を引いたのは大きな本棚だ。びっしり、本が並んでいる。
大きな机に向かいながら書類と格闘している姿を見て、やっぱりギルマスなんだなぁって思う。
「只今、お茶を淹れてまいります。チバ様は、座っておくつろぎ下さい」
やけに低姿勢の副ギルマスは、お茶を淹れに部屋を出て行く。残ったのは私たちとギルマスのジェイさんだけ。
「もう少しで終わるから、座って待っててくれ」
ジェイさんは書類から顔を上げずに言う。とても忙しいそうだ。急ぎの書類があるのかな。
「分かりました。ジェイさん」
言われた通り座って待つ。今日は特に用事がないので全然平気。前にギルマスから名前で呼ぶように言われたけど、やっぱり慣れない。ギルマスじゃあいけないのかな。
そんなことを考えてると、副ギルマスが戻って来た。
カコアを淹れたマグカップを、私の前に二つ置いた。サス君とココの前にも皿に淹れたカコアを置く。
(気付かれてる!?)
反射的に立ち上がった。頭で考えるよりも体が動く。瞬時に臨戦態勢をとった。緊張が走る。警戒モード全開だ。サス君もココもだ。最悪、格上の人を相手にしなければならない。
テーブルの上にマグカップが二つ。床にも二皿。その意味はおのずと分かるだろう。
ジェイさんと副ギルマスは見えている。知っている。
ここに、姿を見せていないもう一頭の存在をーー。
「警戒しなくていい、ムツキ。この者は我の存在を知っている、数少ない人間の一人だ。それに、この男には、我の加護を与えている」
意外にも、その場を治めたのはシュリナだった。その手には、しっかりとマグカップが握られている。
(美味しそうに飲んでるし。緊張感皆無だね)
苦笑が漏れる。
カリカリという音に目をやれば、ジェイさんはひたすら書類を片付けてるし。緊張するだけ無駄のような気がしてきた。
それにしても……ジェイさんは、シュリナの加護持ちだったのかぁ~~。二人とも、シュリナのことを知ってたんだね。ということは、シュリナの阻害魔法のことを知っててもおかしくない。そんなことを考えていたら、何かが引っ掛かった。大事なことを見落としてる気がする。
(……ん? 何かおかしくない? 神殿から出られなかったシュリナが、どうやって、ジェイさんに加護を与えたの?)
「はじめまして、スザク様。お会い出来て光栄です」
疑問をよそに、副ギルマスは深々とシュリナに頭を下げる。その目元には、感動のためか、うっすらと涙が浮かんでいた。
「よし!! 終わった!! 久し振りだな、ムツキ。それに、スザク様」
「我はムツキの後か」
シュリナは少し不愉快そうだが、腹をたててる様子は見られない。それが却って親密さを際立たせる。
(疑問に思ったこと訊いてもいいかな?)
考えあぐねているうちに、シュリナが教えてくれた。
「この者とは古くからの知り合いだ。古くからのな……」と。
意味深過ぎる台詞。だがそれ以上は何も教えてくれなかった。
(古くからの知り合い? まさか、前世とか言わないよね)
すっごく気になるが、それ以上聞ける雰囲気ではなかったし、訊いたら墓穴掘りそうな気がしたので口に出しては聞けなかった。黙ってる方が無難だ。うん、そうしよう。でもシュリナには筒抜けだろうけど。
「待たせて悪かったな。取り合えず、座ってお茶を飲んでくれ」
そう告げてから、私たちの向かいにドカッと座る。
副ギルマスは、ジェイさんがたった今書き終えた書類の束を持って部屋を出て行った。
「俺たちの関係が気になると思うが、今は聞かないでくれると助かる。そのうち分かるが、それまでは頼む」
ジェイさんは頭を下げて頼み込む。
「分かりました。だから、頭を上げてください! それで、どうして私をここに呼んだんですか?」
「ああ。そのことだが……まずは、礼を言いたい。囚われていた死者の魂を解き放ってくれたことに」
ーー囚われていた死者の魂。
私の救援を頼むために村に戻っていたショウから、熊のぬいぐるみを持っていた少女と母親の話を聞いた時のことを思い出す。
「……私は何もしてません」
苦いものがこみ上がってきた。
「いや、ムツキは死者の魂を解き放ってくれた。……彼らは縛られていたからな、眷族という名の契約に。スザク様が目覚めない限り、その場に囚われ続ける。肉体を失っても。目覚めた時、スザク様は死者との眷族契約を解いたんだ。結果、彼らは天に還ることが出来るようになった」
顔を歪め、辛そうにジェイさんは語る。私たちは黙って聞いていた。
「…………その件と、もう一つ。ムツキのランクのことだ。ムツキ、ハンターカードを」
私はジェイさんにハンターカードを渡す。ジェイさんは立ち上がると、机の上に置いてあった台の上に翳す。すると、カードは光りだした。
へぇ~~。どうやって、確認してるか気になってたけど、こうやって確認してるんだ。これも魔法、魔法具ってやつかな? ハンターカードみたいな。
「やはりな。……今回の件で、ムツキは俺と同じゴールドカードになった。レベル十五で、それも冒険者という職でゴールドとはな、ほんと大したもんだ」
そう言いながら、ハンターカードを返してくれる。
(えっ!?)
私は黙ってそれを受け取る。
自分のカードに目を落とした。その色は、ジェイさんの言う通り、銀色から黄金に変わっていた。ステータスも大幅に上がっている。ブラッキッシュデビルを倒したのが大きかったみたいだ。
(最高ランクになったけど、何故かな、素直に喜べない)
ジェイさんは口こそ出さないが、何を言いたいのか、自分自身よく分かっている。尋常ない早さだということはーー。それが、人の目にどう映るのかも。
「最高ランクだぞ。嬉しくないのか?」
「嬉しいですけど……」
「けど、何だ?」
厄介でしかない。さすがに言えないが。
「異常な早さだと思います。それが人の目にどう映るのかも、分かっているつもりです。……それに、ずっしりとした重さを感じるんです」
「怖いか?」
ジェイさんにそう訊かれ、私は頷く。
「確かに。ムツキ、お前の成長は異常だ。だがな、それはお前が持っていた力が実を結んだものだと、俺は思っている。実際、ムツキはハンターになって二か月で、どれだけのことをしてきた? 自信を持て! 人の目が気になるのなら、常に胸を張っていろ。前を向いてりゃ、そのうち誰も何も言わなくなる。文句を言う奴は無視してろ。見ている奴は、ちゃんとお前を評価している。現に、このギルドで、ムツキのことを馬鹿にする奴はいるか? 俺は、ムツキの頑張りをよく知っている。ムツキ、お前はよくやっている。そんなムツキだからこそ、俺は、ゴールドを持つ重みも耐えられると思ってる」
私の顔を見下ろしながら、そう言ってくれたジェイさん。
「……ありがとうございます」
ジェイさんにとっては何気ない言葉だったかもしれない。しかし私にとって、その言葉は何よりも嬉しいものだった。頑張っていた自分を認めてくれている。それが、とても、とても、嬉しかったのだ。
涙が出そうになった私は、涙を堪えるために、生ぬるくなったカコアを一気飲みした。そんな私の頭を、ジェイさんはポンポンと叩く。まるで、子供か妹にする行為だけど、私は嫌じゃなかった。私にとって、それは優しい時間だった。
(((これは……)))
シュリナとサス君、それにココは、この時全員同じ考えが過っていた。
サス君とココは前から懸念していた。それが、間違いではなかったことを改めて知る。知ったと同時に、深くため息を吐いた。
(((ここにもいたのか……)))
大変お待たせしましたm(__)m
いつも最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




