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第十一話 石碑に刻み込まれた血塗られた過去(3)

 


 まず私の目に映ったのは、里を覆いつくそうとする炎と悲鳴を上げ逃げまどう人々だった。


 襲われたのか、力尽きて倒れている人もいた。倒れた人に追い縋り泣き叫ぶ人もいた。


 ーー地獄。


 そう、今目の前で起きている様は、まさに、地獄そのものだった。


 何が起きたの…………どうして……!?


 人間を里にいれたから……?


 掟を破ったから。


 だから、里は人に襲われたの!?


 様々な思いが駆け巡る。混乱している間も、映像は里の様子を鮮明に映し出していた。


 そして今、私の前に小さな女の子が立っている。


 火の追手から逃げて来たんだろう。女の子の顔は恐怖で強ばり、目尻には大粒の涙がたまっている。親とはぐれたみたいた。女の子は可愛らしい熊のぬいぐるみをギュッと抱き締めていた。その目は大きく見開き、私たちを仰視している。


 正確には、私たちの後ろに立つ男を仰視していた。


 私は後ろを振り返る。


 そこに立っていたのは、血まみれの太刀の柄を握ったまま、肩に担ぐ大男だった。どこをどう見ても、襲撃犯の一人だ。


 ここに来るまでも、多くの人を殺めたに違いない。大男自身、返り血で血塗れだった。その血は眷族たちの血だ。


 大男はニヤニヤしながら、女の子を見下ろしている。そして大男の胸には、一枚のカードが首にかけられていた。私も持っているカードだった。


「…………ハンターが人を襲ってるの……?」


 ポツリと呟く。あまりにも、信じられなくて。


『ここにも居たぜ。化けもんのガキがよ』


 ニヤリと笑う。下品な笑みだ。大男は躊躇ためらうことなく、嬉々として腕を振り上げた。血塗れの太刀が女の子を狙う。


 逃げ出さなきゃいけないのに、女の子は硬直してピクリとも動けない。


 私の体も凍り付く。大男が、今まさに何をしようとしているのかが分かったからだ。


「だっ、駄目ーーーーーーーー!!!!!!」


 考えるよりも先に体が動いていた。反射的に、女の子を胸に抱こうとする。映像だって事は完全に忘れていた。


『止めて!!!! 私はどうなっても構いません。だけど、この子だけは、この子だけは、どうかお許しください。お願いします』


 叫び声と重なるように、悲鳴が上がった。たぶん、女の子の母親だろう。我が子を胸にヒシッと抱き抱き締め、土下座しながら必死で子供の命乞いする。


 しかし、その声は届かなかった。全くって言っていいほど。


 母親は我が子の前で力なく倒れ込む。母親の血が女の子の頬を赤く染めた。少女が着ていた白いワンピースも真っ赤に染まっている。


 そして……女の子もまた、母親の体に重なるように倒れ込んだ。


「…………踏んだの」


 女の子と母親の脇に、女の子が持っていたぬいぐるみが転がっている。大男は、親子の血で赤く染まったぬいぐるみを踏みつけた。大男は心底、楽しそうに笑っている。


 私は座り込んだまま、呆然と大男の顔を見上げていた。


(……何故、どうして……そんなに楽しそうに笑ってるの……? 殺すことが楽しいの……?)


 何も考えられなかった。座り込んだまま動けない。


 親子の血が、私の足下まで伝ってくる。だらりと垂れた手には血溜まりの中だ。映像だから、私の手は、服は、血に染まってはいない。だけど私の目には、生温かい血に染まった掌が、濃い鉄分の匂いが確かにした。


 小刻みに震え出した体は、次第に激しくなる。その両手を強く握り締めると、私はやり場のない怒りを地面に激しくぶつけ、叫んでいた。


「あっーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


 その叫びは、言葉にすらならなかった。


 ココとサス君、そしてスザク様は、そんな私の様子を、ただ……黙って、顔を歪め見詰めていた。


 大男に私の叫び声が聞こえはしない。私たちの姿も見えない。


 何度も、何度も地面に叩き付けた拳は血が滲み、爪が食い込んだ皮膚は切れ血を流す。痛みなど感じない。体の痛みより、胸の痛みが強かったから。


 親子の命を無惨にも奪った大男は、次の獲物を探しに歩き始めた。その時だった。大男を呼び止める声がしたのは。大男はめんどくさそうに立ち止まると、振り返った。


 私も振り返る。


 後ろに立っていたのは一人の青年だった。


「…………う……そ……」


 信じられなくて目を見開き凝視する。


 親子を無惨にも殺した大男の後ろに立っていたのは、あの女性が必死になって庇い助けた男だった。その時になって、私は気付いた。


(…………全て計画だったの……?)


 不意に思い出す。スザク様が「里は死んでしまった」と辛そうに答えたのを。


 ーー死んでしまった。


 その意味は、里がただたんに廃れたのではなく、大勢の眷族が惨殺され、棲む者が少なくなったからだ。


 スザク様は言った。


 自分は神殿から出られないと。力も神殿でしか使えないと。


 だとしたら、どんな思いで、残虐な殺戮者を、そして殺戮者に殺されていく眷族たちを、スザク様は見詰めていたのか。歯がゆいなんていう程度の言葉では到底表せない、狂おしい様々感情が、スザク様を襲ったに違いない。当事者じゃない私でも、こんなに心が乱れ痛むんだから。


 私は唇を噛み締める。強く噛みすぎて少し血が出た。ボロボロと涙がこぼれ落ちる。


 サス君とココが私を慰めるように、体を擦り寄せてくる。


「…………この当時。今ほど、里は閉ざされてはいなかった。厳しい掟はあったが、人の姿で街に出る者もいた。中には、里を捨て、人間を伴侶として生きていく者もいた。あの女も人として、街に働きに出ていたうちの一人だ。……眷族といっても、ほぽ人間と変わらぬ。戦える術も持たない者たちだ。。見た目も能力も人間と変わらない者ばかり。結界もそれほど頑丈なものではなかったしな。行き来が多い場所は、自然と、結界も薄くなっていたのだろうな」


 スザク様は、前を向いたまま淡々と語る。淡々とした口調なのに、悲しみと怒りがひしひしと伝わってきた。


「「「…………スザク様……」」」


 言葉が浮かばない。地獄を見たスザク様に掛ける言葉なんてないよ。もし掛けても、嘘っぽく聞こえるだけ。


 掟を破った女性はあの男と街で出会い、利用されたんた……。恋する気持ちを。クズの中のクズだ。


 どうやってクズ男が、彼女がこの里の出身なのかを知ったのかは分からない。だけど……結界の場所が知りたくて、わざと怪我をしたことは、まず間違いないだろう。利用価値がなくなった彼女は、今頃はおそらく……。


 私の脳裏に最悪なシーンが浮かぶ。


 スザク様が話している間にも、クズ男は太刀を持つ大男に近付き笑いながら声を掛けた。


『楽しんでるじゃないか』と。


 それはまるで、気楽に挨拶するような言い方だった。


 ーー楽しんでるじゃないか。


 クズ男の台詞が、私の頭に何度も繰り返される。


(信じられない!!!!)


 怒りが沸いてくる。


『ああ。久し振りに、良い仕事を持って来てくれて、ほんと助かったぜ』


 太刀を持った大男は、下品な笑いを浮かべながら答える。


 私は目の前で繰り広げられている光景に、完全に言葉を失った。


(こんなことをしておいて!!)


 足下にある親子の亡骸を前にして、男たちは平然とこんな会話を交わしている。


 彼らにとって、この里に棲む者たちは人ではなく、ハンターリストに載っている魔物と同じなんだ。人の皮を被った魔物だから、惨殺しても罪悪感なんて一切感じない。かえって、優越感を感じているんだ。


 そう思える自分にマジで吐き気がする。と同時に、私の中で激しい怒りが込み上げ、今にも爆発しそうになった。


 それはサス君もココも同じだった。サス君とココは男たちに飛びかかるが、体は無情にも通り抜けてしまう。悔しそうに、サス君とココは唸り声を上げた。


『楽しむのはいいが、目的を忘れぬなよ』


 笑いながら、クズ男は大男に釘をさす。


『心配するな。分かってるって。ちゃんと捜してるさ、朱色の髪の女をよ』


『ならいい』


 クズ男はそう言うと、神殿の方向に歩いて行った。


(朱色の髪の女?)


 巫女長様のことだ。伊織さんと一緒にいたあの女性を思い出す。


(あの男の目的はスザク様だ!! 罰当たりもほどがある!!!!)


 あのクズ男は、スザク様の力が欲しくて、これほどの緻密な計画を練り実行したのだ。だとしたら……ゾッと背筋に寒気が走る。


 私たちは自然とスザク様を無言で見上げていた。


 しかし、スザク様の表情からは何も読み取ることは出来なかった。






 お待たせしました。

 最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m


 神殿編も佳境に!! 


 それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪

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