第十話 石碑に刻み込まれた血塗られた過去(2)
心配でいてもたってもいられなくなった巫女長は、兵士の制止を振り切り里へと走る。
誰もいなくなった扉の前で、私はスザク様に視線を戻す。
「スザク様、教えてくれませんか? 伊織さんが言っていた、あの方のことを。〈魂の契約〉のこともです。それに、神獣森羅様の寿命についても。スザク様は知ってるんですよね」
思いのほか強めの口調になってしまう。
しかし、返って来た答えは無言だった。
スザク様は何も答えてくれない。だが、何も知らないから黙っているのとは違う。スザク様は全てを知っていてあえて黙っているのだと、私は思った。
何故、スザク様が口を閉ざしているのかは分からない。話さない理由があるのかもしれない。だからといって、このまま引き下がるつもりは毛頭なかった。自分が関わることをうやむやになんて、絶対出来ないよ。
なので、もう一度スザク様様に尋ねようとした。
その時だ。
また映像が変わった。最初に、私たちが立っていた村道だ。
タイミングだけに、それがスザク様の答えのような気がした。相変わらず無言のスザク様に、眉をひそめてしまう。不敬だって分かってるけどね。
だが直ぐに、その表情は不快なものへと変化した。
最初の状況とは、明らかに違っていたからだ。
さっきまで活気があった里は異様な程に静まりかえり、誰一人外には出ていなかった。皆、木戸を閉め、建物の中で息を殺して嵐が過ぎ去るのを待っている。
余所者の私の目にも明らかだった。
まるで人間が、完全な悪者、親の仇、侵略者のように私の目に映る。
『…………どうして、そこまで人間を毛嫌いするの?』
その声はとても、とても小さかったが、誰も声を発さない中で、その呟きははっきりと耳に届いた。
『人間が里を襲撃しています!!!!』
兵士はぼろぼろな状態で、巫女長たちに報告してきた筈。
確かに異様な緊迫感はあるが、どこをどう見ても襲撃はされていない。それに……伊織さんたちの姿も見えない。皆、里に向かった筈なのに。
(……もしかして、さっきまで見ていた映像の続きじゃないの?)
そんな考えが過る。それしか考えられない。
(このまま続きを見れていば、疑問の答えが分かるの?)
スザク様が私たちに何を見せようとしているのか、この時点では全く分からなかった。スザク様の考えも読めない。でもこの映像には、何らかの意味があるのだということは理解していた。
話すより、見る方が早いって、スザク様は言った。最後まで付き合えば分かるかもしれない。だとしても、解説ぐらいは欲しいなと思った。
(聞こえてるよね、スザク様?)
聞こえてるんでしょ。心の中でスザク様に呼び掛けた。
その直ぐ後だった。
突然、男の野太い声が里に響き渡ったのはーー。
『気でも狂ったか!! お前はこの里にハンターを、人間をいれたんだ!! 掟を忘れたのか!!!! この愚か者が!!!!!!』
その怒声は周囲の空気を震わせた。それほど、凄まじいものだった。
自分に向かって怒鳴られた訳じゃないのに、反射的にビクッと体をすくませる。
そして、また映像が切り替わった。
私たちはどこかの家の室内にいた。狭い部屋に置かれた粗末なベットには、若い男が横たわっている。
魔物にやられたのか、深手を負ったようだ。掛布からだされた両腕は包帯が巻かれ、額にも包帯が巻かれている。僅かだが、包帯からは血がにじんでいた。どうやら彼女は、大怪我をした人間を助け、ここまで運んできたみたいだった。
『今すぐ、この男を追い出せ!!!!』
さっきの怒声はこの男が放ったようだ。
怒鳴ってもらちがあかないと判断したのだろう。横たわる若い男の腕を乱暴に掴み、無理矢理、ベットから引きずり落とそうとする。それを若い女が必死で止めた。
『止めて!!!! 彼はまだ怪我が治ってないの!! お願い、父さん!!』
女性の叫び声が室内に響く。
『駄目だ!! 掟を忘れたのか!!!!』
父親は娘を男から無理矢理引き離すと、男を乱暴にベットから引きずり下ろす。
若い男は呻き声を上げ、目を覚ました。しかし、怪我のせいで体が自由に動かないのか、呻き声を上げるだけだった。何を言っているのかも聞き取れない。
この里には、決して犯してはならない掟があるのだと知った。
【人間を里に入れてはいけない】
たぶんそれが、この里の掟。
つまりこの里には、スザク様の眷族しか棲むことが許されない里だった訳だ。
その掟は、スザク様を守るため。そして、この里に棲む子供や戦う術を持たない者を守るためのものだと想像出来た。
だが娘は、愛する人を守るためにその掟を破ってしまった。
掟を破ってしまった事は罪だと思う。でも、深傷を負った男を必死で庇う娘が罪人だとは、到底思えない。甘いのかもしれないけど。その間も、
『止めてーーーー!!!!』
娘は必死で父親から男を守ろうとしている。
彼女はもしかして、この男の人のことが好きなのかもしれない。
『そこまでじゃ!!』
言い争いをしている父娘を仲裁したのは、あの老人の一人だった。
『長老様!! 申し訳ありません。娘が村の掟を破り、人間をこの村に入れてしまいました』
父親は膝をつき、両手をつくと長老に頭を下げる。床に額に擦り付け必死で謝る。
『…………起きたことは仕方がない。これからどうするかだが……』
長老は顔をしかめ言い淀む。答えは決まっているみたいだった。それをどう伝えるか、そのことを考え言い淀んでいた。
『掟に従い、娘共々、里の外に追放させます』
そう答えたのは娘の父親だった。
『ーー!!』
娘は一瞬何かを言おうとしたが、唇を噛み締め俯く。そこには、愛しい者が横たわっていた。
父親にとって、それは苦渋の決断だったに違いない。
娘が男を愛したように、父親もまた娘を愛していた。身を引きちぎられそうなのは、父親も同じだ。
しかし、そう言わねばならなかった。娘のせいで、里を危険にさらすわけにはいかない。それは長老も同じ考えだった。父親の決断に長老は頷く。それしか、里を守る方法がなかったからだ。
僅かな綻びが、大きな綻びへと繋がるのを皆懸念していた。
そして、どうにか歩けるまで回復魔法をかけられた男と娘は、里を追放された。
そのまま放り出さずに、回復魔法を掛けたことは、父親と同郷の者としての最後の優しさだったに違いない。私はそう思った。
「それが最大の過ちだと気付くのは、もう少し先だ」
苦々しい表情でスザク様が口を開く。
「どういう事?」
そんな会話をしている間も映像は続いている。
里の者は誰も見送らない。外にさえ出て来なかった。ただ……掟通りに出たのを確認する者が、結界の外までついて行くだけだった。
そこまで徹底してまで、人間を排除する眷族たち。
(理由は分かるけど、何故そこまで?)
ふと、疑問に思った。
その理由を、私はすぐに、それも最悪な形で知ることになるのだった。スザク様が漏らした言葉の意味も、同時に知った。
「「「ーーーー!!!!」」」
私とサス君、ココは目の前の光景に息を飲む。声が出ない。私は口を押さえ必死で悲鳴を飲み込んだ。強烈な吐き気が込み上げてくる。
私たちの目に映ったのは、炎の中、逃げまどう里の人々だった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m




