第七話 朱色の髪の子供
「こっち!!」
五、六歳ぐらいの子供が、私の服の袖を引っ張っている。艶やかな朱色の髪に、思わず目を奪われた。呆けている私の服を何度も引っ張る子供。
何でこんな所に子供が?
戸惑っている間も、段々と近付いてくる複数の足音。
「早く!!」
動かない私に、子供の声が一段と鋭くなる。考える時間はなかった。
(決めた! この子について行く)
そうと決まれば、こんな場所でグズクズ出来ない。早速、サス君とココに頷く仕草を見せる。それだけで、サス君とココには私の意思が伝わった。サス君もココも頷く。
子供の後ろを付いて歩いていると、すぐに、彼が神殿の内部に詳しいことに気付いた。私が気付いているぐらいだから、勿論、サス君やココも気付いていると思うよ。
何度か角を曲がると、今まで聞こえていた兵士の足音が聞こえなくなった。
ホッと胸を撫で下ろす。
(この子のおかげで、兵士には見付からずにすんだけど……)
目の前を歩く子供の頭頂部を見ながら考える。
(この子供は何者なの?)
艶やかな朱色の髪。飛び抜けた優れた容貌。そしてその髪の色に、見覚えがあった。老人(長老)たちと一緒にいた女性の姿を思い出す。彼女もまた、艶やかな朱色の髪の色をしていた。
(彼女の弟? まさか、息子じゃないよね。私たちを長老たちに引き渡さないから、彼らの仲間だとは思えないけど……。あ~~何か苛々してきた)
「君は何者?」
ぐだぐだ考えても仕方がない。分からなければ、訊けばいいんだ。
子供は立ち止まると、私の顔を見上げる。初めて目が合った。瞳は金色なんだぁ……綺麗…………。
私の顔を見詰め、おかしそうに子供はクスッと笑う。
「……いきなり、ズバッと訊くのだな。面白い」
さっきまで猫を被ってたのか、子供らしからぬ口調で笑う。表情も子供とは全く違う。経験を重ねた大人のような風格さえ見せていた。
「それが素なの?」
警戒心を露にして尋ねる。
「ああ。そうだ」
もはや、隠そうとはしていない。正々堂々としたものね。
(それにしても、何がおかしいの?)
笑みを浮かべながら答える子供に一瞬身構える。だが、楽しそうなのでそのままで。反対にどういう反応をしていいのか分からなくなる。それにその口調と、子供の声。聞き覚えがあった。
「階段下で、私に話し掛けてきたのは貴方ね」
それは、確認というより確信にに近かった。自然と君から貴方呼びに変わっていた。子供は気に求めない。
「階段を上るのが嫌だって、ぼやいていたからな」
確かに、ぼやいたのは事実だ。でも私は、一切口には出してはいない。もしかしたら、魔法で私の映像が見れたと考えても、心の中まで映しだすことは不可能だ。
だったら、何故?
考えれる答えは、私の心を読んだってことだ。
会って間もない人に対してね。それが不可能か可能かなんて、今はどうでもいい。可能って考えて行動すべきだ。だとしたら、この瞬間にもーー。
「無暗に読むつもりはない」
子供は私の顔を見上げたまま、少し怒ったような顔で、きっぱりと告げた。
(やっぱり、読めるのね!!)
「読めるっていうよりは、聞こえてくると言った方が正しいな。階段下で大きな声でぼやいていただろう。心の中とはいえな」
うん。ぼやいてた。
周囲に聞かれたら困るから、心の中でため息まじりに大きな声でぼやいた。
「だったら、私以外の心も読めるの?」
「いや、やろうと思えば出来るが。まずは、聞こえてこない」
(どういうこと?)
子供が何を言っているのか、いまいち理解出来ない。私の心の声は無条件に聞こえて来るのにこと、他者の声は聞こえないの?
そんな私たちのやりとりを、サス君とココは黙って聞いていた。いつ兵士に見付かってもおかしくない状況下で、隠れることを進言せずに黙って聞いている。子供と私のやりとりが、如何に重要なものか理解したからだろう。
「ああ。無条件に聞こえてくる。何故なら、我とムツキの魂は繋がっているからな」
いきなり、とんでもないことを言い出した。子供の言葉に、私は完全に言葉を失う。突拍子もない話だ。
(魂が繋がってるって!? 今、魂!! 魂って言った!? 何で、私とこの子供の魂が繋がってるのよ!? そんなことあるわけないじゃない!! この世界に来たのは初めてなんだよ!!)
心の中で叫ぶ。
「うるさい!!!! もっと小さな声で言え!!」
私の心の声が、そのままの音量で子供の頭に響いたのだろう。顔をしかめながら私を睨み付ける。そんなの、私が知ったことじゃない。
「はっきり、納得出来るよう、説明してもらいましょうか」
低い声で、私は子供に詰め寄る。
その迫力に、子供は一瞬言葉を失うが、すぐに表情を引き締め告げた。
「分かった。しかし、この場所ではゆっくり話が出来ない。場所を移動するが、いいか?」
「いいよ」
全然構わない。
「ムツキ……」
「……睦月さん」
私が子供と対峙している足下で、心配そうに私の名前を呼ぶ、サス君とココ。その声はどこか咎めるような、諦めを含んでいるような、微妙な声音だった。勿論、私はその微妙な声音には気付いていなかった。
「おい!! まだ、発見出来ないのか!!!!」
魔獣の青年の怒鳴り声とその迫力に、ヒラの兵士が縮こまる。トイレに行く者も僅かだがいた。
「申し訳ありません!!」
兵士は全く悪い事をしていないのだが。兵士は頭を下げると、慌てて自分の持ち場に戻り、ムツキたちの捜索に加わった。
魔獣の青年が指揮を執り捜索しているが、いっこうにムツキが見付かったという報告はもたらされない。
彼はすぐに見付かると思っていた。
これだけの兵を投入しているのだ。勿論、出入口には腕利きの兵も配置している。
なのに、見付からない。次第に、魔獣の青年顔に焦りの色が見えてくる。それが苛立ちとなって、声と態度にでていた。あの時に、捕まえておけば!! 自分の失態が、尚も彼を苛立たせた。
「まだ、見付からぬのか!!」
老人の一人が、厳しい声でリードに詰め寄る。
「申し訳ありません、長老様。全兵士で捜させているのですが……」
魔獣の言葉に覇気は感じられなかった。
「全兵士で捜索しているのに、見付からぬとは……」
もう一人の長老が暗い声で呟く。
長老たちと魔獣の青年は考え込む。
情報では、ムツキは転移魔法が使えないはずだ。もし使えたとしても、神殿内は魔法は無効化される。だから安心していたのだ。なのに! まさか、あの霊獣が邪魔をするとは!! あれは魔法じゃない。神格クラスが持つスキルだ。
もしムツキが、神殿から脱出していたとしたら……
三人の顔がみるみる間に青くなっていく。
「大丈夫ですよ。心配することはありません」
朱色の髪をした女性が、安心させるように微笑みながら言う。
「「「……シュリ様?」」」
三人は朱色の髪の女性、シュリに頭を下げる。
「ではいったい、ムツキ様はどこに?」
長老の一人の質問に、シュリは巨大な扉に目線を移す。取っ手も鍵穴もない扉をーー。
「あの扉の向こう側に。……あの御方が、自らムツキ様たちを迎えに行かれました」
その言葉に、シュリ以外は驚愕し、言葉を詰まらせる。全員、視線を扉に向ける。
「「やはり、ムツキ様は…………」」
感動のためか、長老たちは最後まで言えなかった。
長老たちは両手と両膝を床につけ、体を震わせていた。
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