第五話 神殿
数百年前、魔王と呼ばれる事を選んだ英雄の犠牲によって世界が救われた後、役目を終えた五聖獣は五つの大陸に散り深い眠りについた。
蒼の大陸にはセイリュウ。翠の大陸にはビャッコ。朱の大陸にはスザク。黒の大陸にはゲンブ。白の大陸にはキリンが眠っている。
五聖獣が眠る神殿へと通ずる入口は、世界に数多く存在する遺跡のうちのどれかだと言われているが、定かではない。あくまで、信憑性がある噂程度だった。
多くの学者が、五聖獣が眠る神殿をみつけようと遺跡や文献を調査し、ハンターの多くがしらみ潰しに遺跡の探索を行ったが、神殿に通ずるものは何一つ発見されることはなかった。
それが、信憑性がある噂程度と証される所以だ。
その結果、遺跡が入口ではないという説も唱えられた。入口の論争は今だに決着していないが、五聖獣の存在は否定されていない。
今現在もこの世界の護り神として、篤い信仰を集めているーー。
「……まさか、ドーンの森にある遺跡が入口だったとはね~~」
魔獣だった青年の後ろを付いて歩きながら、独り言のようにぽつりと呟く。
「今まで発見されなかったのは、やっぱり結界のせいかな?」
「まぁ、そうだね。……って、どうしたの? 変な顔をして」
抱き上げているココが私の顔を見上げる。
変な顔って。そんなに、変な顔をしてたかな?
「う~ん。結界って、数百年前から張られてるのかなって思ってね」
私の疑問にココは黙り込む。サス君もだ。
「いくら強力で高度な結界でもさ……数百年前から張られてると、それを維持したり、微調整が必要じゃない? それって、誰がしてるのかな? スザク様は深い眠りについてるんでしょ。そもそも、数百年も張り続けられるものなの?」
返ってきたのは、やはり沈黙だった。否定されないという事は、少なくとも的外れな事は言ってないようだ。
だから、つい考えてしまう。
結界を張ったのが誰か。
そして、維持しているのは誰かを。
脳裏に浮かぶのは、二人の魔法使い。
一人は、神獣森羅の化身でもある魔法使い。もう一人は、この世界にいるもう一人の魔法使い。
ふと、視線を感じた。サス君だ。もしかして、サス君も同じ事考えてた? そんな気がした。
先頭を歩く眷族の青年は、黙って私たちの話を聞いていた。
そんな事を話しているうちに、私たちは丘の麓に辿り着く。
「この上が神殿だ」
立ち止まると、青年は私たちにそう告げた。
私たちは丘の上を見上げる。
(階段かぁ……何段あるの……絶対、百段越えてるよね)
長い時間回廊を歩いて、最後に階段。顔を引きつらせ、うんざりしながら丘の上にある神殿を見上げる。
マジで、今から上がるんですか? はっきり言って、嫌で仕方ない。回れ右したい。
後ろに立つ、青年の視線がグサグサと背中に突き刺さる。
仕方ないけど、上がらなきゃいけないんだよね……。溜め息しか出てこない。
『…………そんなに階段は嫌か? まさか、我に会うのが嫌とは言わないな』
青年に気付かれないように、心の中でそっと溜め息を吐いた時だった。不意に、私の耳元で笑いを含んだ声がした。ちょっと甲高い子供のような声だ。口調と声が合っていない。
(えっ!! 何!?)
私は慌てて周囲を見回す。
「睦月さん、どうかしましたか?」
「どうかしたの? ムツキ」
急にキョロキョロし出した私を心配して、サス君とココが見上げる。
「今、声がしなかった?」
サス君とココに尋ねる。
「声ですか?」
「聞こえなかったけど」
(空耳だったのかな? やけにはっきりと聞こえたんだけどな)
「何をしている。早く来ないか?」
後を付いて来ない私たちを、青年は少し苛々しながら急かす。
上から見下ろされ、命令口調なその言い方に、私は少しカチンときた。勿論、ココとサス君もだ。
「はぁ~~。上がりますよ。上がればいいんでしょ」
悪態を付きながら、青年を睨み付けると階段に足を掛けた。
足が付くと同時に、周囲の景色が変わった。
(なっ!! 何が起きたの!?)
思わず転けそうになる。
「睦月さん! 大丈夫ですか!?」
「ムツキ!」
「……大丈夫」
なんと、瞬時に丘の上に移動していたのだ。背後には、さっきまで見上げていた階段がある。
(あれ? 移動したのは私たちだけ?)
青年の姿はどこにも見えない。まぁ、いいっかぁ。これって、異世界のエスカレーター!? 勿論、魔法だよね!!
感心する私。
サス君もココも驚いているが、直ぐに気を引き締め、威嚇しながら前方を睨んでいる。つられるように前に視線を移した。
均一に削られた石畳の先に、神殿のような建物が見える。
「……あれが、スザク様の眠る神殿?」
その入口の脇に、老人が二人と朱色の髪をした美しい女性が立っていた。
どうやら、私たちを待っていたようだ。老人たちと朱色の髪をした女性は私たちの前まで歩み寄ると、私に向かって深々と頭を下げた。女性が一歩前に出る。
「お待ちしておりました。ムツキ様」
満面な笑みを浮かべ、柔らかい声で私に話し掛けてきた。
名前を知る女性に、私は警戒心を強く抱く。私はそれを隠そうとはしない。人を脅して連れてくるやつらだ。私の不注意だったとはいえ、間接的にアキを殺そうとしたあの青年の仲間だ。
「お疲れかもしれませんが、今しばらく我々にお付き合い下さいませんか」
そんな私の様子に不快感を見せることなく、朱色の髪の女性は寂しそうに微笑む。そして、丁寧な口調で伺ってくるが、嫌とは言わせない強さが感じ取れた。
伺ってきたところで、私に拒否権ははじめからない。
(ここまで来たら、最後まで付き合ってやろうじゃないの!!)
但し、私のやり方で。
遠くで可笑しそうに笑う声が聞こえた気がした。
お待たせしました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m




