第六話 神秘な森と師匠の言葉
明日の早朝から、ドーンの森に潜ることになった。
最終的には遺跡の周辺に行く予定だが、とりあえず明日は、ヒール草を中心として採集することになった。
ヒール草。別名回復草。
大陸全土に広く分布し、最もポピュラーな薬草である。
ヒール草は薬屋で一番使用されている薬草だ。乾燥した物も販売しているが、大半が薬の生成に使用されている。
体表的な物として、ポーションが有名かな。だけど、ポーション以外の薬を生成するのにも多く使われる。それだけ、必要数が多い薬草だ。幾らあっても余ることはない。ましてや、ここの薬草は効能が高いから尚更だよね。
とりあえず、潜るのは明日から。それまでの間は自由時間になった。
昼食の後、ゼロが仕事で抜けて、アンリ以外は何処かに行ってしまった。残されたのは、私とアンリだけ。
「いつもこんなもんよ。ねぇ、ムツキちゃん、屋台巡りしない?」
アンリに誘われた。
本当は凄く行きたかったけど、「ごめん。潜りたいから」と断った。とても残念そうな顔をしたアンリを見て、ズキッと胸が痛んだ。ごめんね……アンリさん。
アンリの誘いを断ったのは、どうしても、ココに話さなければならない事があったからだ。
(明日じゃ遅すぎるから……)
静かな所で、出来れば誰にも聞かれる可能性が低い所で話したかった。そう考えると、ドーンの森の方が適していると思った。だから潜ることにした。
森の入口で、ギルドの係員が持っている魔法具にハンターカードを当てる。それで、受付終了。
常に、ダンジョンなどの入口にはギルドの係員が立ち、挑戦するハンターの管理をしていた。マドガ村もそうだった。もしもの事が起きた時のための保険だ。
私は受付をすませ、係員からコンパスを受けとると、サス君とココと一緒にドーン森に足を踏入れた。
これだけ、広大な樹海だ。てっきり、森の中は陽が入らず、鬱蒼と広がるものばかりだと思っていたのに、目の前に広がる光景は想像していたものとまるで違った。
地面には苔が生え、苔にまで陽の光りが届いていた。光りの柱と、影の柱が適度に混ざり合い、森の中を仄かに照らしている。苔の表面の水滴が陽の光りで反射して、キラキラと輝き、まるでその光景は、神秘的というか、幻想的な世界だった。
私はふと……どこかで、こんな森を見たことがあるような、デジャブを感じた。
しばらく歩き、周囲に誰もいないのを確認すると、私は岩場に腰を下ろした。ゆっくり話をしたいから、サス君に少し強度の強い結界を周囲に張ってもらう。
「……ココ。私、ココにどうしても、話さなければならない事があったんだ」
私は意を決して、そう切りだした。
ココは私の隣に座り、私の顔をキョトンとした顔で見上げている。
「何?」
ココは首を傾げそう尋ねた。可愛い仕草に、思わず抱き付いてしまいそうになるが、なんとか我慢する。
「ココ……ありがとう。ずっとお礼が言いたかった。ココはジュンさんの相棒なのに、私の従魔になってくれて、こんな所までついて来てくれた。この世界を全く知らない私に、色々教えてくれた。それは私にとって、すごく、心強いものだったんだよ。本当に、ありがとうね。ココ……」
「まるで、お別れのような言い方だね」
ココにとっては率直な感想だったかもしれないが、私の心に鋭く突き刺さる。泣きそうになった。目が潤んでいるのが、自分でも分かる。昔はそんなに涙腺が緩くなかったのに……。
「…………もしかしたら、このクエストの途中で、常世に強制送還されるかもしれないの。この世界に飛ばされる時言われたんだ。レベル15になったら、自動的に戻って来れるようにしてるからって……今、レベル13だから…………」
鼻の奥が熱くなる。
「それを言ったの、サトル?」
ココが尋ねる。
「うん。そうだけど……」
(どうして、そんな事を訊くの?)
疑問に思ったが、私は言葉を呑み込む。
「だったら、大丈夫だよ。ムツキはレベル15になっても、この世界にいれるよ」
返ってきた言葉は、意外なものだった。
「「えっ!?」」
私とサス君の声がハモった。
「ムツキもサスケも勘違いしてるけど、元々、あの本を作ったのは伊織だよ。サトルが作ったものじゃない。勿論、使用出来るけど、術式自体を弄る事なんて出来ないよ。おそらく、サトルがそう言ったのは、サトルの時に、伊織がサトルに対してそう設定していたからだよ。正確にいえば、普通の魔法使いに対してかな」
「どういう事!?」
「何を隠してる!?」
私とサス君は同時にココに詰め寄る。
「元々、伊織があの本を作ったのには、大きな理由があったってこと。でもその理由は、僕の口からは言えない。絶対に。でも、その理由は近いうちに分かると思うよ」
(大きな理由? 普通の魔法使いとそうでない違いって……?)
それは、私と伊織さんの共通点。
「……神獣森羅」
私はぼそりと呟く。
「伊織の事を抜きにしても、大丈夫だと思うけどね(ムツキが帰りたいと思わない限りね)」
今度は私が首を傾げる。サス君も首を傾げた。首を傾げる私たちを見て、ココは大きなため息を吐くと、サス君に対して強力な猫パンチを繰り出す。
「ムツキは仕方がないけど、何で、サスケまで首を傾げるんだ!! 全く、間抜けが! ムツキ。【称号】の欄に書いてあったよね。【神獣森羅の化身】って。【神獣森羅の化身】って、どの世界でも愛され崇拝される存在じゃなかった?」
確かに、そんな事が書いてあったような気がする。
「つまり、そういう事! ムツキはこの世界に愛されている存在なの。そんな存在を、この世界が繋ぎとめようとするのは、当たり前。一介の魔法使いがその意思に逆らうなんて、到底無理な話だよ。ムツキがこの世界を否定しない限り大丈夫!! 安心して」
サス君は、ココの説明で理解出来たようだ。
だけど私は、いまいちよく分かんないけど……大丈夫だってことはよく分かった。とりあえず、ホッと胸を撫で下ろす。
依頼の途中でいなくなることだけはしたくなかったし、折角一緒に来てくれたココを、独り置いて行くなんて、絶対にしたくなかった。したくなかったのに、従魔になってくれたのも、ドーンの森について来てくれたのも、弱い私は断れなかった。
結果的にはよかった。
だけど……私は自分勝手な我が儘で、ココを傷付けようとしていた。大切な仲間を傷付けようとした。その事に、自分自身に腹が立つ。腹が立って仕方がなかった。弱い自分が許せなかった。
「……ココ……ごめんね。本当にごめんね……」
何度も謝る私の頬をココが舐める。ココの目は優しく、とても温かかった。ココの優しさに触れ、泣きそうになった時だ。
周囲を切り裂くような悲鳴が森に響いた。
お待たせしました。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございますm(__)m
次は、戦闘シーンかな。
それでは、次回をお楽しみ(*^▽^)/★*☆♪




