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第十一話 覚悟

 


「ムツキちゃん。もう店内は落ち着いたから、休憩しても大丈夫だよ。ありがとうね」


 ジュンさんはそう言いながら、フルーツティーの入ったグラスをテーブルに置く。


「ありがとうございます」


 ジュンさんにお礼を言ってから受け取ると、早速喉の渇きを癒やした。


 はぁ……生き返る~~。果物の甘味と香りに満たされて幸せ。すっごく美味しいし!!



 この世界に来て、早四日。


 春の半ばなのに、まるで初夏のような暑さだ。


 梅雨特有の湿気がないだけ、かなりマシかな。だけどその分、少し働いただけで汗だくになる。日中は半袖でもいいくらいだ。


 私も長袖の袖を三つ折りにして手伝っていた。暑いし濡れたら困るからね。今度、半袖を少し買い足した方がいいかな。この前は長袖を三着程買い足したんだよね。夜が冷えるから。それに、町の外に出る時は、出来るだけ肌を見せない方がいいかなって思って。虫対策に日焼け対策。後は、転んだ時のために。でも、町に居る時は長袖でもいいよね。


 休憩をとりながら店内を見渡すと、ちらほらと半袖の人がいる。皆、冷たい飲み物を注文していた。この陽気だと当たり前か。


 その中でも、お客様の大半が注文しているのか、冷たいストレートティーに色々な果実を入れたフルーツティーだ。この店の一番人気の飲み物。それを目当てに来店する客も少なくない。ほんとに、美味しいからね。


 昼間の客の大半は女性とカップルが殆どで、どの世界も、こういうところは同じなんだぁと思う。


 グラスを片手に店内を観察する。これが意外に楽しい。



 そうそう。知ってると思うけど、今私はジュンさんの家に居候させてもらっている。


 ジュンさんのお店は宿屋じゃなくて、食堂だ。そして二階が住居になっていた。その一室を借りている。サス君とココに訊いたら、師匠サトルもジュンさんのお世話になったんだって。



 私は時間があれば、うみねこ亭の手伝いをしている。


 手伝いといっても、やってるのは、配膳とテーブルの片付けしか出来ないけどね。手伝いになってるといいんだけど。それも、昼間の時間帯だけ。陽が暮れてからは手伝わせてくれない。お酒を提供しているからだ。私的には別に構わないんだけどね。ジュンさんが絶対駄目だって言うから、夜は大人しく部屋にいる。


 結構時間があるから、師匠から貰った手引き書を読んで、この世界について勉強しているところ。



 フルーツティーを飲み終わる頃、ジュンさんが日向ぼっこ中のココを呼んだ。


 ココは面土臭そうに、ゆっくりと私たちの側に来る。こういうところは、猫だよね。実は猫じゃないけど。


 ココは妖精猫ケットシーだ。

 種族は妖精。見た目は猫そのものだけどね。因みに、二本足で歩く事は出来ないらしい(笑)。


 ジュンさんは、そんなココの様子を気にもとめない。


「悪いけど。ムツキちゃんを、デンの所に案内してくれる?」


(デン? デンって誰だろう?)


 ココはドアの前に座ると、「にゃー(早くしろ)」と短く鳴く。ここで「早く」なんて言えないよね。


 昼間のピークは過ぎたけど、店内にはまだまだお客様が大勢いる。ギルド内やがやがやした場所ならともかく(それでも、出来るだけ小声で話していた)、一般のお客様がいて、静かな店内ではココは猫の振りをしていた。勿論、サス君もだ。



「待って、ココ。鞄取ってくる!」


 私は急いで鞄を持って下りると、ドアの前にサス君とココが並んで待っていた。女性客の可愛いと囁きあってる声が聞こえてくる。


(うんうん。二匹並んでいる姿は、すっごく可愛いよね!! もう、最高!! テンション上がる~。今カメラを持ってたら、絶対に撮ってるよ!! 残念だよ。あーーモフりたい!!)


 心の中で葛藤している私に、もう一度、ココが「にゃ!(開けろ!)」と短く鳴いた。


 分かりました。今開けますよ。


「それじゃ、ジュンさん行って来ます!」


 私はジュンさんが作業している厨房に向かって一言声を掛けてから、ドアを開けた。ドアの隙間から、ココとサス君が先に外に出る。その後に続いた。



「ココ、デンさんって誰?」


 誰もいないよね。周りに人がいないのを確認してから、私はココにこっそり尋ねた。


「武器屋だよ」


 ココが答える。


 武器。


 ……そうだよね。ハンターなんだから、武器は必要だよね。魔物を討伐しなきゃいけないんだから。


 そう……討伐するために。


 深く考えていなかったけど、討伐って……殺す事なんだよね。……この手で、魔物の命を奪うんだよね……。


 何かドロリとした重たいものが……用水路の底に溜まるヘドロのように、心に溜まっていくような不快感がする。


 いざーーその場面に直面した時、私は迷わずに剣や魔法をふるうことが出来るだろうか。出来なければ、私は……。


 その先は想像したくない。そう思ったら、急に冷や汗が吹き出してきた。手先が冷たくなる。恐怖で体が小刻みに震えた。


 私が常世の前にいた世界、日本ではそんな出来事が起きる可能性は皆無だ。魔物自体が存在しないから。あやかしが支配する常世でも、私はこの手に武器を持つ事はなかった。


 そんな世界に住んでいた私が、魔物とはいえ、命あるものを殺せるだろうか?


 魔物と人が対峙する世界で、生き残る事が出来るだろうか?


 幸いな事に魔力は高い。神獣森羅の化身で魔法使いだから。でも、それだけだ。戦う武器(魔力)を持っていても、それを使えなければ、戦う事に躊躇ちゅうちょしたら、常世に帰る事は無理だ。絶対に。


 求められるのは、殺せる覚悟ーー。


 心が弱い者に、ハンターは務まらない。分かっていた事なのに、どこか他人事だった。それが武器を買う段階になって……まざまざと思い知らされる。情けないよ、ほんと。



「……睦月さん?」


 急に立ち止まり、黙り込んだ私を心配するサス君が声が聞こえる。その声はどこか遠い。


「…………大丈夫。ちょっと、怖いと思っただけだから」


 殺すことが……。


 どうにか、絞り出すように声を出す。とても小さかった。しかし、サス君とココにははっきりとその声が聞こえていた。


「痛っ!!」


 ココがジャンプして私の体にしがみつく。


「爪たてるの止めて! 痛いよ、ココ」


 鋭い痛みに私は顔を歪めながら、私はココのお尻に手を添え抱えた。真っ黒な澄んだ目で、ココは私を見詰める。その視線の強さに、私は少したじろぐ。


「怖くて当たり前じゃないか!! 魔物に立ち向かうのも! 殺す事も! それが怖くなくなって、反対にそれが面白くなったら、それはもう人間じゃない!! バケモノだよ!!」


「ココ……」


 ココの剣幕におされる。


(怖くてもいいの……?)


 ココが必死で励ましてくれる気持ちが、痛い程伝わってくる。目頭が熱くなった。すると、足元にいたサス君も、


「僕もそう思います。怖いのは当たり前です。その気持ちを抱きながら、それでも、この世界に住む者の平和のために戦うのが、ハンターなのだと、僕は思います」


 サス君は私を見上げながら、静かに、そしてはっきりと告げた。


 その言葉は、怒鳴ってもいないのに、強く、私の心を揺さぶり締め付ける。


 ココとサス君の言う通りだ。



 数ヵ月前、私はココが今言ったバケモノの目を一度間近で見た事があった。


 黒翼船で私を斬り殺そうとした、重盛の目だ。


 重盛は体が弱く、魔力や霊力を持たない人を蔑視していた。だから、人の命を奪う事に、躊躇ちゅうちょする事はなかった。躊躇することなく、刀を振り下ろすその目を、私は一生忘れない。


 暗くて濁った、底知れぬ闇を宿したその目をーー。


 あんなバケモノにはなりたくない。



 私はサス君も抱き上げると、ココと一緒に強く抱き締めた。


「ありがとう」


 抱き締めながら、私はサス君とココに礼を言う。


 ココとサス君が言ってくれた言葉を、私は心に刻み込む。絶対に忘れない。


 いつしか震えも、冷や汗も止まっている。手先も温かくなってきた。もう大丈夫。



「それじゃ、行こうか!」


 私はもう一度、サス君とココをギュッと抱き締めてから下におろした。


 ココは頷くと、先頭を立ち歩き始める。私とサス君は黙って、黒猫の後をついて行った。



 これから先、何度も立ち止まり悩むと思う。


 でもその時、私の傍らにはサス君とココがいる。


 だから、私は大丈夫だ。






 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


 少し、書き直しました("⌒∇⌒")


 今回少し、「二度目の人生、私は異世界で神獣の化身として生きていく」の悪役(重盛)が登場しています。登場は今回だけです。


 それでは、次回をお楽しみ!!

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