陸、王より勅命くだる
ひと仕事のあと。
梅雨明けの初夏、好天。
日中半日をかけて、盛大に行われた王族の川下りは無事に終了した。
もっとも、普段にもまして厳重に警戒体制が敷かれ、川下りのルート上には騎士達が配置され、ものものしい状態となっていた。
前回は、民たちが岸に大挙して眺めていたが、今年は禁止となっていた。
そんな違和感を覚えつつ、一郎たち暁屋の船頭達は無事大役をこなしたのだった。
その夜、一郎は城へ招かれた。
「よう」
「おう」
旧友に片手をあげる彼にヤナガー国王ベルガモットは、同じく片手をあげ返した。
「ま、座れ」
ベルガモットは着座を促す。
「俺は地べた(床)の方が」
と、言い返す一郎に、
「いいから」
と、元勇者は椅子に座るよう求める。
彼のただならない様子に、
「そうか」
一郎は頷き座り向き合った。
王は周りに目配せをすると、従者たちは一礼をしてその場から離れた。
「?」
訝しがる一郎に、ベルガモットはグラスに酒を注いだ。
「まずは、今日ありがとう。娘が誕生日に乗りたいと言って聞かなかったから」
「相変わらず子煩悩で」
「・・・それと、改めて大柳の件では世話になった」
「そうだな」
王は慇懃に頭をさげ、一郎は苦笑する。
グラスを合わせ、2人は乾杯をした。
「・・・・・・」
なにやら物思いに耽るベルガモットを見て、一郎は本題を引き出そうと、
「ベル、どうした」
「ああ・・・そうだな、頼みたい事があるんだ」
「だろうな」
「すまない」
「謝ることはない。礼はたっぷり弾んでもらうから」
「ふふ、言うな」
王は、グラスを掲げ飲み干すと重い口を開いた。
「今、この国で由々しきことが起きている」
一郎も思いあたる節がある。
「ひょっとして紫玉のことか」
「知っていたのか」
「ああ、なんかヤバそうだったからな」
「実はその紫玉は、ヤナガーの要所に出現している」
「いつからだ」
「およそ一か月前」
「そうか」
(同じ時期か)
「だが、今のところは無いといっていい・・・いや表向きはな」
「?歯切れが悪いな」
「実害はないが、これから確実に起こる」
「言い切れる理由は」
「イチロー」
「ん?」
「お前、周りの連中にはでてないか」
「なんだよ」
「痣・・・紫色のアザだよ」
王はそう言うと、胸を開いて見せた。
剛毛の胸毛の先には、大きな紫の痣があった。
「・・・・・・」
「こいつが日を追うごとにどんどん大きくなっていっている。時に疼くのだ」
「そうか」
「重臣、騎士達、民たちの中にもチラホラな・・・そして娘までも」
王は苦悩の顔を見せる。
「探らせている騎士達によると、球体は徐々に大きくなっている」
「ふむ。俺も玉から流れ出る紫の水を触ったら激痛が走った。球を破壊したら治まったが」
一郎は腕を組んだ。
「このこと民には伏せている。いらぬ心配・・・穏便に済ませたいのだ・・・だが、しかし心の揺らぎが止まらないのだ」
「・・・魔王復活か」
「分からん・・・が、あの時と同じ胸騒ぎを覚える」
「そうか」
「一郎お願いしたい」
「ああ、わかった」
「感謝する」
ベルガモットは心からの感謝をする。
王は言った。
「イチロー並び暁屋に命ず。これより、紫玉の完全掃討および原因について探って欲しい」
「わかった」
一郎は頷くと、静かにグラスを掲げた。
勇者王より勅命くだる。




