伍、競争
2人の対決。
大柳の舟は、暁屋の舟と比べてかなり軽量化がされている。
暁屋のカラー赤に塗装された元、大柳の舟が桟橋につけられている。
仕事あがりの夕方。
「茜」
ケンジは幼馴染の名を呼ぶ。
「ん」
振り返る彼女。
「競争しようぜ」
彼は突然言い出す。
「アンタ、私に勝てると思ってるの」
茜はフフンと鼻で笑って見せた。
「いいから」
ケンジは薄らと笑う。
その余裕に満ちた態度に、茜はカチンときた。
「負けたら、夕飯のおかず頂戴ね」
待ってましたとばかりに、ケンジは言った。
「じゃ、俺が勝ったらデートしてくれ」
驚き赤面する彼女。
「は?」
彼は親指を立てる。
「決まりな」
「ぐ・・・ま、負けることなんて、絶対に無いからいいけど」
「それはどうかな」
ケンジは余裕を見せ、元大柳舟のデッキの上へ立つ。
茜はいつもの愛用の暁屋舟。
「ルールは」
茜が尋ねる。
「そうだな。正面のヤナガー橋を抜けてUターン桟橋に戻って来るのはどうだ」
「だいたい100mくらいの距離ね。いいわよ」
彼女は頷いた。
桟橋から2隻の舟が離れると、掘割に並ぶ。
2人は同時に喋った。
「よーい」
「どんっ!」
2隻の舟は水の上を滑るように爆走する。
頭一つ抜け出した茜の舟は、次第に並走するケンジの舟を抜き去る。
「どう?」
茜は得意満面の表情を見せる。
「まだまだ」
ケンジはぴたり茜の舟背後につける。
気分はスリップストリーム走法だ。
舟はヤナガー橋を抜けUターン。
ここでケンジはドリフト気味に舟を滑らせ、茜舟の左腹にぴったり食いつく。
「やるわね」
ニヤリと笑う茜に、
「どうも」
と、クールを装うケンジ。
ケンジは竿を高速で水中にさす。
舟をぐんぐんと加速させると、一気に茜の舟を抜いた。
「まさかっ!」
茜は絶句する。
「よしっ!」
ケンジは勝利を確信する。
右手を高々と突き上げ、桟橋に到着した。
はあはあ。
肩で息を切る2人。
「やるわね」
「まあね。茜約束な」
「・・・分かったわよ」
「でも、アンタめっちゃ速かったよね。信じられないくらい・・・」
「へへ、それな」
「ん、なんか含みのある言い方ね」
「別に」
「言いなさいよ。じゃないと、デートなし」
「うっ・・・」
「さぁ」
「・・・この舟、暁屋のと比べて軽いんだよ」
「へ」
「言わなくてごめん」
「・・・そう」
「あの・・・デートは」
「・・・ま、負けは負けだから・・・ね」
「やった!」
ケンジは小躍りをして喜んだ。
ちなみにその後、舟を替えて競争したら茜の圧勝であった。
いいねぇ、青春(笑)。




