拾、その果てに
暴走の果てに・・・。
桟橋に取り残されてしまう一郎。
「奥さん」
一部始終を桟橋にて呆気に取られてみていたメルダに声をかける。
「は?」
「舟を借りていいか・・・それとこれも」
彼は曇り空を一瞥すると、わきに置いてあったレインコートの入った袋を肩に担ぐ。
「・・・・・・」
動揺するメルダの返事を聞かぬまま、舟のデッキに飛び乗ると、竿をさし後を追いかける。
怒りにかられ飛び出したユングだったが、操船中、
(あれ?どうした)
舟は思い通りに進まず、岸に当たり続け動いている。
お客の顔は一様に不安がっている。
「さあ、名物ヤナガー大柳超川下り、お楽しみくだ・・・」
舟が強風に流され、岸に激突しそうになる。
寸前のところで、一郎の舟が割って入り、衝撃を和らげる。
「きゃあああ!」
舟は揺れ、お客は悲鳴をあげる。
「イチロー、貴様、何をしてる!営業妨害だぞ」
ユングは咄嗟に完全なる責任転嫁をみせる。
「お前・・・」
「お客様、あれに見えるは暁屋社長イチロー、皆様もご存じこの世界を救った
英雄・・・が、本性は弊社を妨害するとんでもない輩・・・っ」
彼の熱弁の間、操船を忘れ、舟は左に反転しあやうく浅い岸へと座礁しそうになる。
「・・・」
一郎はピンポイントで、ユングの舟右後部にあて、体勢を戻す。
「またやった!これが、この男の本性です」
「いい加減にしろ」
「ふん」
ユングは舟を止めようとしない。
悪いことは重なるものである。
折からの曇り空が雨を呼ぶ。
ぽつぽつ小降りとなる。
慌てて飛び出したユングの舟には、レインコートを積んでいない。
どさっ!
一郎はレインコートの入った袋をユングの足元へ投げ込む。
「・・・・・・」
「お客様に着ていただけ」
「言われなくても分かっとるわ!これを配ってくれ」
ユングは、レインコート袋をお客へ手渡す。
「配ってくださいだろ」
一郎は的確なツッコミを入れる。
「五月蠅いっ!」
ユングは怒鳴りつける。
舟は鬼門の水門橋へとさしかかる。
ここまで不安がるお客を見てユングは意を決した。
「さあ、ここで大柳名物っ!橋越え八艘飛びでござい」
激流おしよせる橋下手前で、ユングは腰をかがめ橋上へ飛び移ろうとする。
「馬鹿っ!こんなところで止めろっ!」
「五月蠅い、私の実力とくと見ろ!」
「やめろって!」
一郎は舟を暴走舟へと近づける。
「とうっ!」
ユングは飛んだ。
「馬鹿」
一郎は同時に船頭の消えた舟へ飛び乗った。
橋のへりで、足を踏み外したユングは激流に飲まれる。
「ぶはっ!ぶへっ!」
水面から顔を出すユング。
舟を水流から少し離れた岸に寄せると、腰に手をやり一郎は叫んだ。
「そっちの空舟に乗れ!」
這這の体で空舟に這いのぼったユングは、舟板の上で大の字に仰向けになった。
どんより曇り、冷たい雨が頬をうつ。
「ふう~」
彼は深く息を吐いた。
「おわった」
天を見上げ呟いた。
次章、一郎の嫁桜登場。




