拾、接触
アカネとケンジ。
ケンジは今日もお客を乗せて川下りをする。
乾燥しひび割れをおこしている手が痛い。
だけど、仕事中は忘れる。
我に返ると痛いのなんの。
・・・さっきから視線を感じる。
ケンジはそう思った。
デッキの下に座る女性(茜)がずっと見ている。
見覚えのあるような・・・。
「あの・・・なにか」
ケンジは刺すような視線に思わず声をかけた。
「別に」
「はあ」
「覚えてないの」
「何がですか」
「もういい」
「はあ」
埒が空かない。
その便は、痛い視線を感じるまま運航を終えた。
ケンジは仕事が終わり、トボトボと家へと歩きはじめた。
「ずいぶん遅いのね」
「あんたは・・・さっきの」
「私の顔知らない」
茜はケンジの顔にぐいっと自分の顔を近づけた。
「ああ、あんた暁屋の」
「そう、それ以前の事は?」
「?」
「ふーん、じゃあ付き合って」
茜はケンジの袖をぐいっと引っ張った。
「お、おい」
町の喫茶店へと入る茜とケンジ。
蝋燭を紙で覆ったことで、オレンジの薄暗くも温かい明かりが、店のいい雰囲気を醸し出している。
異世界ならでは多様な異人種が、コーヒー、紅茶、軽食を頼み、談笑をしたりとひとときを楽しんでいた。
ことり。
2人のいるテーブルにコーヒーが置かれた。
「ごゆっくり」
ウェイトレスは軽く会釈をし、その場を離れた。
(痴話喧嘩かしら)
そんな邪推をしつつ。
・・・・・・。
・・・・・・。
茜から経緯を説明されたケンジは腕組みをしたまま動かない。
鼻腔にコーヒーのいい香りが漂う。
彼は口を開いた。
「ここは異世界?俺は日本という国の高校生で健司」
「そうよ」
「・・・信じられないな」
ケンジは首を傾げ、コーヒーを一口啜る。
「だから・・・」
茜は続きの言葉を言い淀んだ。
(暁屋においで)
「だから・・・」
ケンジは繰り返すと、じっとコーヒーカップを見つめる。
「あのさ」
「うん」
茜は熱いコーヒーをごくり飲む。
「あち」
「大丈夫か」
「うん。あのね、暁屋に来ない」
彼女は思い切って言った。
彼は一瞬、笑みを浮かべ暗い顔をする。
「いや。俺は大柳の船頭だ」
「あんまり(大柳)いい噂聞かないよ。それにだいぶアンタ痩せた」
ケンジは茜の言葉に首を振る。
「・・・俺がいなくなったら、会社は・・・」
彼は迷いを断ち切るように、コーヒーを一気飲みすると立ち上がった。
「あち」
「大丈夫」
今度は茜が大丈夫の台詞を吐く。
「ああ、茜・・・さん。ありがとう。俺が何者か分かって良かった」
「・・・ケンジ」
「じゃ」
ケンジは、この世界に来てはじめて現れた希望の糸を見いだした。
しかし、あたたかい気持ちになりながらも、未練を振り払うかのようにその場を足早に離れた。
茜は左手をわずかに伸ばし、彼のうしろ姿を目で追った。
次章へ。
もうちと、暗い展開続くかも~。
引き続き、読んでいただけると嬉しいです。




