参、とらぶる
納涼船。
満月が夜空を照らす。
水面には月が映り揺らめく。
灯り舟が闇の世界をぼんやりと照らし出す。
この時間、静寂の場は舟が通ると賑やかな声、過ぎるとまた静寂へと戻る。
今回納涼船のコースは外堀を半周して、城の北側の広い場所で舟を係留し花火を見て終了、のち内堀を使い城門前の桟橋で王族をおろす手筈になっていた。
一郎は、リラックスして舟をおしている。
舟内では王や妃、子どもたちが楽しそうに食事をしながら会話を楽しんでいる。
その様子を見つつ、ゆっくりと竿を挿し夜の堀を慎重に進める。
アルバートの操船する王族の舟では、舟が揺れんばかりのどんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。
弟王は、舟から身を乗り出し、月にグラスを掲げている。
その子どもたちは、舟から外へ手を出し水面をばしゃばしゃとかき回し遊んでいる。
巨漢の婦人がせわしなく、子どもの世話や食器などを運ぶ度に立ち上がり、動く度に舟は激しく左右に揺らめく。
その動きに子どもたちは大喜びし、婦人は調子に乗ってわざと左右に身体を揺らす。
(危ないです。舟べりから身を乗り出さないでください)
アルバートは心の中で何度も叫ぶ。
声にだそうと勇気をだすが、言葉が全くでてこない。
普段から声かけは苦手な彼、流石に王族ともなると、一言も声が発せなくなっていた。
「・・・・・・」
前方で激しく揺れるアルバートの舟。
その異変に気づいた茜は舟のスピードをあげる。
「お嬢さん、あまり近づけては・・・」
大臣が心配をして声をかける。
「でも、このままでは前の舟が危ないです」
「ふむ。粗相の無いように相手は王族ですぞ」
「はい。だけど、何かあってからじゃ遅いです」
「・・・わかりました」
大臣は頷いた。
「すいませんが、皆さん、安全確保の為、船頭変わります」
彼女は頭を下げた。
茜は堀幅の広い所で、アルバートの操船する2隻目へと横づけする。
「アルバートさん」
「茜さん!」
「こっち移れる?」
「・・・でも」
「いいから、私に任せて」
「すいません」
茜とアルバートはデッキの上から交互に舟へ飛び乗った。
「あとよろしく」
茜は右手をあげる。
「すいません」
アルバートは茜に謝りを言うと、3隻目の国の重鎮にぺこりと頭を下げ、ゆっくりと舟を下げた。
どんちゃん騒ぎの二隻目、茜は即座に判断する。
(危ないわね)
彼女は、わざと舟の左のお尻を壁にぶつけた。
激しい音をたてて、舟は揺れる。
危うく弟王や子どもたちは振り落とされそうになる。
茜は竿を舟横に突き刺して動きを止める。
「なにを!」
弟王は叫ぶ。
「今から言うことを聞いて守ってください。守れない場合は、すぐに暁屋へと引き返します」
彼女は冷然と言い放った。
「あなた誰に向かって言ってるの!」
婦人は人差し指を茜に突き向ける。
「安全に納涼船を楽しんでいただく為です。このままでは、誰かが怪我をするかもしれません」
毅然と言った。
「・・・・・・」
婦人は行き場の無い人差し指をふるふるさせる。
茜は深く息を吸い込むと、ゆっくりと喋る。
「一つ、出来る限り舟から立たない。二つ、舟の外に身を乗り出さない。三つ、舟を揺らさない。四つ、大事な時の船頭の話は聞いてください。いいですか」
彼女は仁王立ちして見渡した。
「はい」
子どもたちは手をあげ同意する。
「わかった」
王は頷き、静かに酒を飲みはじめた。
婦人は黙り込み、その場に静かに座った。
「ありがとう。皆様。それでは納涼船楽しんでください」
茜は舟をゆっくりと進める。
大騒ぎ。




