漆、飄々李
茜「裸足で(デッキに立って)あつくないんですか?」
自称および他称、仙人の李は、年齢不詳、白い道着に暁屋の法被をはおり、深く刻まれた幾重にも重なる額の皴につぶらな瞳、白い顎髭を伸ばし裸足で船頭をしている。
この日は朝から気温が上昇し、うだるような中、暁屋は川下り営業をしていた。
船頭達は、めいめい大きな水筒を持ち、水分補給をする。
船頭部屋にある、水筒に入れる水瓶に入った麦茶は瞬く間に空っぽとなる。
ギルモアが皆より大きな水筒に麦茶を入れると、水瓶は空っぽとなった。
「・・・・・・」
その後、麦茶を補給しようとしていた李は、ちらり一瞥すると、その場を離れようとする。
近くにいた茜は声をかける。
「李さん、麦茶汲んでこようか」
「いい」
スタスタと船頭部屋を後にする。
「大丈夫?」
茜の背後から聴こえる声かけに、李は片手をあげた。
川下り中、李は後悔していた。
(しまった)
自分の見込みより、著しく体力の消耗が激しく感じた。
汗が滂沱と流れ、頭がくらくらしだしだす。
李はそんな姿を客の前では見せず、飄々と振舞っていた。
(ああ・・・出発前に水分を入れとくべきだった)
しかし、竿をさす動きは遅くなり、舟のスビートも落ちていく。
2回目川下りに出発した茜が、前方の李の舟を捉える。
(おかしいな)
茜はすぐにそう思った。
李の意外と早い操船スピードを考えると、彼女がこの距離で追いつく事は考えにくいからだった。
(あ)
すぐにピーンときた彼女は、竿を強く握りしめ、舟の速度を速めた。
ぐんぐん李の舟へと近づくと並走する。
茜は大声で呼んだ。
「李さん!」
李は飄々と振り返る。
「ん?」
彼女はしゃがみ込むと、デッキの下から水筒を取り出した。
「これ飲んで!」
ふるふると首を振る李。
「何故?」
「熱中脱水症で倒れるわよ」
茜はまくしたてた。
「大丈夫」
李は意に介さない。
「ちゃう!」
「?」
茜の剣幕に李は目を丸くし驚く。
「お客様が心配なの・・・・・・勿論、李さんもだけど」
李ははっとなった。
自分一人のことではなくお客を乗せているのだ。
「すまない」
そう言うと、彼は茜の差し出した水筒を受け取った。
「いい、無理しないで。身体が動かなかったら私に言って、もしもの時は2隻曳航するから」
と、彼女は舟を並行し続ける。
「ああ」
彼はゆっくりと頷く。
李は深々と頭をさげた。
「お客様しばしお待ちを」
そう言うと、岸辺に舟を止め、一気に水筒の麦茶を飲んだ。
ぐびっぐびっと喉を鳴らし飲み干すと、
「お待たせしました」
舟を進めだす。
茜は尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「問題ない・・・だが、ありがとう」
李は小さく頭を下げた。
「はい」
「だが、間接キスだの」
彼はカラカラと笑った。
「馬鹿ですか?おじいちゃん」
彼女はくすりと笑い返した。
李「別に」




