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陸、アルバートの番

 いろんな船頭がいる


 舟はゆっくりとヤナガーの堀を進んでいく。

 初夏の日差しが眩しく、じんわりと額には汗が滲む。

 陽の光が水面に反射して、キラキラと眩しい。

 木陰の下に入ると、ひんやりとして心地よい。

 茜はアルバートの丁寧な操船に心地よさを感じていた。


 しかし、

(・・・アルバートさん)

「ここは、緑のトンネルです」

 アルバートは一言発し、そのまま黙ってしまう。

(伝えなさすぎじゃ・・・)

 間が空きすぎるアルバートのガイドに、ついにお客たちは、ざわざわとめいめい会話をはじめだしてしまう。

「そして、ここが・・・」

 いざアルバートがガイドを続けようとすると、お客の会話にかき消され、小さな声は届かない。

(もったいないね)

 茜は景色に目をやり、青空を見上げた。


 結局、アルバートの舟は、お客たちの賑やかで騒々しい会話の続くまま、暁屋桟橋へと戻ってきた。

「・・・ありがとうございます」

 アルバートがぼそり呟き不満そうにお客に頭をさげるのに対し、

「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしています!」

 茜は大きくて元気な声と笑顔で、下船するお客を見送った。

 それから両手を振って、深く一礼をする。

 アルバートは慌てて、彼女に倣った。


 お客が桟橋から離れると、茜はくるりと振り返った。

「アルバートさん、お疲れ様でした」

 アルバートは軽く頭をさげ、

「お疲れ様でした・・・あの」

 恐る恐る自分の舟の感想を尋ねる。

「・・・そうですね。すごく操船上手でした」

 にこやかに言う茜に、彼はホッとした表情を見せる。

「ありがとうございます」

「でも」

「でも?」

「もったいないです」

「・・・・・・」

 その時、茜はアルバートの身体が、緊張で硬直したようにみえた。

(言うべきか)

「・・・あの・・・その」

 ごにょごにょと口を動かす彼女は、桟橋の掃除をしていた一郎を見た。

 彼は二度、三度頷き、顎を前へとつきだす。

(・・・そうね)


「アルバートさん」

「はい」

「さっきの操船で、何か感じたことありましたか?」

 茜はつとめて優しい口調で尋ねた。

「いつもより調子が悪かったような・・・」

「そうですか・・・それは何故ですか?」

「それは・・・」

「私が見ていたから?」

「・・・はい」

「そうですか」

 茜は呟いた。

「すいません」

 アルバートは即座に謝る。

「いいえ、誰だって、見られると緊張します。私だって同じ船頭のアルバートさんに見られて緊張しましたもん」

「そうですね」

 彼は愛想笑いを浮かべる。


 茜は、息を吸い込み、きゅっと拳を固め言った。

「でも、それはお客さんには関係のないことです」

「・・・・・・」

「出来る限りの最善を尽くす。大事な事だと思います」

「・・・・・・」

「アルバートさんは、お客さんへの声かけにガイド、コミュニケーションが少ないと思います。もし、話が苦手だとしても、それは仕事だと割り切ってください。せっかく安全運航で気持ちいい舟の旅も、お客さんの心を掴んでいないので、バラバラに話されていて、いざという時のガイドの声が通っていませんでした」

「はい」

「私も本当は新米で偉そうに言える立場ではないのですが、すごくいい操船をされているので、この点を磨いたらもっと素敵になると思いました」

「・・・・・・」

 彼は俯いたまま押し黙っている。

「アルバートさん?」 

「・・・私も気づいていました。だけど、上手く喋れなくて」


 一郎がポンとアルバートの肩を叩く。

「気づいたら、それをやり続けること」

「・・・社長・・・はい」

「よかったじゃねーか。お互いに船頭を知れて」

 一郎は笑うと、サムアップした。

 茜は頷き、アルバートは深く頭を下げた。

 その時、堀の魚がぱしゃりと跳ねた。



 気づくことは大事

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