肆、ギルモアと茜
船頭ギルモア。
この日の最終便はギルモアだった。
巨漢の老人は、お客が乗り込むと、
「じゃ、いくか。ワシはギルモア、よろしく頼む」
と、およそ接客業には似合わない横柄な態度で舟を進めはじめた。
「あのじじぃ」
桟橋から、そのやりとりが聞えた一郎は呟くと、
「ギル爺!」
両手を上下するジェスチュアで、丁寧に喋るように合図を送る。
ちらりと一瞥するギルモアだったが、すぐにぷいそっぽを向いた。
「あんにゃろ」
一郎は渋い顔をした。
ほどなくして、
「一郎」
フィーネが桟橋へとやって来る。
「10名団体のお客さんが乗りたいって」
「・・・営業時間は終わりだぞ」
一郎の言葉にフィーネは首を振ると、
「どうしてもって」
「そうか、じゃ茜」
「ん?」
店じまいの作業をしていた茜に声をかける。
「いけるか?」
「え~」
一郎は両手を合わせ拝む。
「って、分った行くよ」
と、サムアップする。
「すまない。よし、フィーネ」
「はいよ。お客さん呼んでくる」
フィーネは受付へと駆け戻った。
ほどなくして、
「それでは、出発します」
本日4回目の川下りへと茜はお客さんを乗せて桟橋を出発する。
「頼りになるわね」
フィーネは茜の後ろ姿を眺め言った。
「だろ」
一郎は満足気に頷いた。
茜は快調に舟を飛ばす。
掘割コースがーの中盤にさしかかると、眼前にギルモアの舟が見えた。
「・・・どうしよっかな」
茜ははじめ、つかず離れずの距離間をとりつつ舟を緩めながら調整し進める。
ちらり。
ギルモアは後ろを見た。
茜が背後から迫っている。
(あの小娘め)
絶妙にプレッシャーのかかる間の取り方に、老ドワーフは苛立ちを覚えた。
(みておれ)
彼は狭い水路の中、竿を挿さずに、舟の動きを緩めた。
(ちょと、もう)
茜はあからさまな妨害に呆れる。
ぐんぐん彼女の舟が迫り、その距離はテイルトゥノーズ(尻尾と鼻の差)となった。
「おいっ!小娘っ!」
ギルモアが怒鳴りつけた瞬間、幅数センチで茜の舟が隣にいた。
「なっ!」
「失礼します」
「・・・おいっ!」
絶句する老人をよそに、彼女は華麗に抜き去り、ぐんぐん先へと進んだ。
船頭茜。




