第三章 茜の細腕繫盛記 壱、茜船頭長(仮)に抜擢される
新章突入。
茜は早朝のヤナガーの堀を舟で進む。
デッキから見える景色は、よく柳川の堀に似ていて、心が和むし落ち着く。
彼女は気持ちよく竿をさし舟を操る。
「ふむ」
一郎は桟橋で胡坐をかき、煙管を吹かしながら茜の操船の様子を見ている。
(決まりだな)
彼は心に決めた。
・・・・・・。
・・・・・・・
その後、社長室にて、一郎と茜は睨み合いながら対峙していた。
「・・・という訳でよろしく頼む」
「何がという訳よ」
「しょうがないじゃないか・・・ん?名誉の負傷じゃぞ」
一郎は包帯を巻きあがらない腕をプラプラしてみせる。
「・・・・・・」
茜は言葉に詰まる。
「な、ワシが治るまでの間、しばらく暁屋を支えてくれんか」
「私は普通の高校生よ」
「・・・この世界は働かざる者食うべからず・・・だ」
「・・・・・・」
「茜、いずれ帰る手立ては探す。今は郷に入れば郷に従えだ」
「帰るって・・・じぃじは帰れてないじゃない」
「ふむ。そうだの。だとしたらどうしたらいいと思う?」
「それは・・・」
「何事もやってみること、これ大事」
「・・・はあ」
「じゃ、よろしく頼む」
「だ・か・ら」
「茜」
一郎は真顔となった。
「なによ」
「正直な話。お前より上手い船頭がおらんのだ」
「・・・は」
「ワシ以外はな」
「はあ」
「難しいこっちゃない。いつも通りに船頭をやればいい」
「私、バイトでしか・・・」
「うん、だが、ずっとずっと舟乗って来たんだろう?」
こくりと茜は頷いた。
「さっき一目見て分かった。嬉しかったぞ、茜はずっと竿をさしていたんだなって」
「・・・うん」
「だから大丈夫」
「はあ」
「任せたぞ」
「あのさ」
「ん?」
「ガイドは?」
「ほれ、お前ならできる」
一郎はくちゃくちゃに丸めた紙を差し出し、そそくさと社長室を出ていく。
「ちょっとじぃじ!私は・・・はあ」
茜は肩を落とし溜息をつき、丸めた紙を広げて見る。
そこには大雑把な地図とともにガイド内容がかいつまんで書かれていた。
「・・・きったない字、分からないよ」
彼女は独り言を呟き苦笑した。
翌朝のミーティングで一郎は宣言する。
「ワシの両腕の怪我が治るまで船頭長は茜とする」
船頭達がザワつく。
どこの馬の骨か分からない少女が、暁屋船頭たちのリーダーとなったのだ。
「おい、社長!」
ギルモアが憤りの声を荒げる。
一郎は右手を広げ制した。
「順番は一番手茜とする。ワシの判断が間違っているかは、こいつの腕を見てからにしてもらおう」
彼は有無を言わせない。
「・・・じぃじ」
茜はぎゅっと拳を固め、唇を結んだ。
茜、(仮)船頭長になる。




