ロボット前線の平等
「ずいぶん派手にやられたようやな」
顔の右上部。目の下辺りから鼻までをスプーンで削られたアイスのように抉りとられ、失くした右腕と胴体の一部を包帯でグルグル巻きにすることで、取り敢えずの治療を終えた男。
どっかりと、横のパイプ椅子に座ると「よこせ」とばかりに手を振って見せてきた。
「直撃は避けたが誘爆しやがってな。おかげで両足を置いてきちまった。ようやく関節が馴染みだしたってのに」
「生きてるだけで儲けもんやと、そう思うこった。今回もエライ逝ってしもうた。ワイの所は半分持って逝かれて、生きとんのも部品待ちや。やっぱ砲弾はアカンな、至近弾でコレや」
残弾の少ないタバコを一本。火を付けて分けてやると、満足そうにふかす。
自分と男の煙で濃くなったタバコの匂いが、陰気な血とオイルの臭いを押し返して行く。
「コッチも似たようなもんだな。生きてる奴は多いが、新兵連中はメンタルが逝った。数日中にはメンテ行きだろうな」
「そりゃまあ、幸せなこって」
「最近は強行突破が多過ぎて、消費が激しすぎたからな。安価な歩兵は死んでこいってこと、なんだろうが流石にな。戦線停滞を嫌うのは分かるが、兵の無駄遣いはゴメン願いたい」
吸いかけのタバコがチリチリと音を鳴らし、蒸し返った空気を燃やしていく。
「おっ始めて十三年。ワイらの兄弟も廃盤されて五年経つし、新型のXシリーズも生産絞っとるらしいからな。在庫整理と予算カットの煽り、政争が落ち目の原因やろな。敵さんの火力も上がってきとるし、ワイらも終いかねぇ」
「まあ、この現状じゃ希望はないわなぁ」
差したタバコの先には、地獄が広がっていた。
元は倉庫のような、ブロック塀を鉄骨で補強された建物内には少年達が転がされていた。
治療済みの兵士が今現在 、死にかけている肉袋をどうにか延命させようと四苦八苦している所だった。
吹き飛んだ手足からは、はみ出したコードと肉の断面に保護カバーを被せて悪化を遅らせ、ダラダラと流れ出している冷却水とオイルを止めるべく、皮を切り開いて埋もれていたコックをほじくり出していた。
歩兵に麻酔と言う上等な代物は支給されないため、適当な布切れを口に突っ込み黙らせているが、苦悶の声が漏れている。最も、下顎を失くした者や首に大穴が空いた者は、カフカフと鳴くだけに済んでいるために、喧しさはそれ程でもないのが幸いだ。
「高級品と違って、ワイら消耗品には衛生兵が就かんからな。手足が残った奴が順番に治療、必要ならスクラップからパーツ取ってくる有り様やからな。最近は修理部品も、劣化品が届いとるし」
「他じゃ部品が足らな過ぎて、無理な現地改造からの事故ってボン!ってウワサがあるくらいだ。味方に殺されたんじゃ泣くに泣けない」
実際、落としてきた足は一つ若い世代のパーツを自作の接続ジョイントで無理矢理繋げたモノであったし、時折ノイズの走る左眼球は戦場で潰れたために、近場の死体から失敬した部品であった。
「一時期、民間人が巻き込まれて死んでもうた時に、重武装・重装甲化の強化計画が挙がった時にはメモリそのまんま。改修ボディと補給整備の充実化って話もあったんやけどなぁ。何であの話消えてしもうたんやろか」
「どっかの現場知らんバカが"女性平等権"だの"重要任務には男型機械生命体しか用いられない"って喚き出した挙げ句、そいつが政権取ったからだろ。納品会社も、改良パッケージよか新規製造の方が儲かるし、メディア受けがいい素体を軍部もほしがってたからな」
開戦前に示された戦争期間の延長と物価高による市民感情の悪化。
度々報告される戦勝報告によって浮かれていた一般大衆は、流行の廃れの如く"戦争ドラマ"に飽きを覚えた。
当初は、慰霊祭が中継され死体の一部は本国に移送された後、手順に従って埋葬されていた。
しかし、今ではパーツ抜かれた後に山積み焼却し、ナンバー管理の帳簿にしか記録されない。
護国の誉れと押し付けられた英雄の称号は使い古された雑巾のように価値を失い、焼却処分の整理券へと姿を変えていた。
「ホンマ人間って生き物は、よう分からん存在やわ。ワイらに記憶やらの諸々、"人間っぽい何か"セットを与えて、"人権"だの"自由意識"だのの闘争をやった癖に、今のワイらには死んでこいってんやろ」
「バカ言え、最新の女型は凄いらしいぞ。恋だの愛だの回路が標準搭載で、人間の中でも選りすぐりの容姿なんだと」
自分で話ながら、酷く下世話な話をしているような気がした。容姿をからかう事に対する嫌悪感。記憶を漁る限り、最近芽生えたで有ろうこの感覚はアップデートの際に追加されたモノなのであろう。
「それな!ワイも撤退時にすれ違った時、ビックらこいたわ。泣いて嘔吐して墓作っとたから、人間やろって敬礼したらエラーが出てな。ありゃ気付かんわw」
ニッコリと笑いながら男は一本しかない腕を振り回し、いかに自分が驚愕したかを必死に伝えようとするが、そこまで知って欲しければ視覚データを送れば済む話だ。そんな事に気を回せない程の驚きだったようだ。
「それは驚くな。俺達に不要な機能を搭載するのが趣味だとしても、そこまでやるか?さっき逝ったアイツなんて、吐瀉した溶液で自分の回路ぶっ飛ばして逝ったのに」
生命活動を停止し、捨て置かれた少年を例に出すが、どうやら違うらしい。
「ド阿呆、それが大事らしいで。ワイらみたいなモドキが死ぬのと新型が苦しむのじゃ、感動の価値が違うんやと」
「んだよそれ。"立派に戦った勇者"が物語を彩るのが王道ってヤツじゃなかったのか?」
「何でも最近の流行りは"可哀想な境遇"の"美少女"が"健気に戦い喪い立ち上がる"姿に大衆は引かれるもんらしいで。志願兵の人間がゆうてた」
「慈悲深いことで。そいつが弾食らうまでに、俺らのスクラップがどれだけ積み上がることか。ネジ一本分でも気遣いを分けて欲しいもんだ」
「それこそ要らん世話やろ。ワイらをあんなんと同じ扱いされてみぃ、惨めになるで。脳天吹っ飛ばせば逝ってまう連中に鉛弾ブチ込めんのやから」
成る程確かに、それは勘弁して欲しい。ボンボンで世間知らずのクソ餓鬼に同情される程、虫酸が走るものはない。それに、
「人間に媚び売って愛玩されるよか、敵とのやり合った方が数倍マシだな」
「せやろな」
「泣きわめいて同情されるなんざ吐き気がする。惚れた男の骨で暮れる新型も、無能を綺麗事で飾り付ける人間もクソ食らえだ」
「まあ、ワイらには無い機能やから理解出来んわなぁ。ヘマしたら死ぬだけ、報告ミスは許されんことやし。ホンマ、よう分からんな」
もしかすれば、この憤りこそが、花畑連中が後生大事に有り難がっている感覚なのかもしれない。しかし、それは機械生命体には本来不必要なものだった。
「分からないからこそ。わざわざ疑似記憶なんて乗せて、人間様に近付いた精神持つように設計されてんだろうな。……コピペでも」
俺達のような高度な思考回路を持つタイプは、合理性による最適行動をするよう初期設定されていた。
しかし、実効性の低い任務に投入したがった軍部は、疑似的な記憶を植え付けることで機械には備わっていない"使命"という、義務を与える力技で問題の棚上げを行ったが、現在まで続く論争の原因となってしまった。
「フランケンシュタイン・コンプレックスやな。人が造り出した無機物のバケモンは、一定のレベルを越えると災害へとなるっちゅう考え。仮にワイらを新しい生命体、造られたものではなく"生まれ落ちた"命と定義付ければ、生存競争やと人類に勝ち目はのうなる。筋肉モリモリマッチョマンなロボット映画みたいにな」
「ある人物曰く、俺達は呪われた孤児だそうだ。科学というエゴによって造られた俺達は、本質的には人類の奴隷に過ぎない。過去もなく、未来もなく、しがらみもない。失うモノが無いからこその無敵」
人間を嫌わないために人間として生きてきたという記憶を与え、人類を共通の生き物と捉えさせようという浅はかな考え。とはいえ、だ。
「んなもん、とっくの昔に外したがな。無駄に容量喰うくせに使いもんにならん装備。現に外しとらん新兵共は、直ぐにエラー吐いて"帰りたい"だの"死にたくない"だのをぬかしよる」
「その感情こそが、人間に必要なもんなんだよ。何をなして、何を望むか?答えを問い続けて一生を終える。そんな贅沢がな」
「へぇ、勝手に造られ理不尽に振り回されるワイらには、無縁なモンやな。見てみいこれ」
男がズボンから取り出した紙には、デカデカ指令の二文字が描かれていた。
本日一八◯◯より、E地区哨戒任務を命ズ。第二戦闘装備の使用許可。尚、昨今の状況を鑑み、任務期間は不明とし、追って連絡する。
「半死の片腕でどないせぇっちゅうねん。弾込めれんがな」
「まあ今回の攻撃は、市街地とドッグ周りを盛大にやられたからな。人手が足らんし、無事な連中は埋まった施設の掘り返しがあるからしゃあない」
「へいへい。精々スクラップにならへんよう、きぃつけますよ」
吸い終えたタバコを吐き捨て立ち上がると、ヒラヒラと手を振りながら男は立ち去ろうとする。―――が、不意に足を止めると、怪訝そうな顔で振り返った。
「スゲエ今更なんやけど、オタク何者や?」
「さあな。何度がデータ破損してログがない」
「お互い苦労するなぁ。案外、友人やったりしてな」
「そしたら墓でも作ってもやるよ」
「何度目の約束かは分からんけどなぁ。まあエエわ。ほな、さいなら」
「あばよ、戦友」
何人としたか忘れた別れを、今日も繰り返す。
ゲームだと美少女でラブラブなモノが多いけど、低レアで旧式な男モブってこんな扱いなんだろうな~って話でした




