草原演習5日目
おはようございます。
今日の天気は土砂降りです。
こんな天気の日に外に出なきゃいけない事に、気が滅入ります。
着替えを済ませて食堂へ。
ユーグラムとディーグリーは既に席についていて、軽く挨拶を交わす。
周りから聞こえてくるのは、昨日逃げ帰った生徒の話。
既にほぼ全員が、逃げ帰った生徒が二股女であると知っている様子。
令嬢達が、日頃の鬱憤を晴らすように、声高に二股女の悪口を言っている。
食堂に入って来た生徒会長が、令嬢達を咎めもせずに、不快そうに眉を寄せただけで出て行った。
二股女の姿が無いのは、懲罰房での謹慎を言い渡されたから。
懲罰房は複雑な魔法の鍵で施錠されるので、逃走は不可能なんだとか。
アールスハインが、昨夜の俺の話を皆に話したら、アイデアを誉められて撫でられた。
食事が終わり、席を立った時、
ーーーブーブーブーブーブーーーー
とブザーのような人工的な音が、学園中に響いた。
食堂の灯りも赤い色に変化して点滅している。
食堂配膳口の上に、文字が流れてきて、
《緊急連絡、魔物の大量発生を確認。生徒は直ちに装備を調え街門へ向かえ》
と表示された。
隣でアールスハインが珍しく苦い顔で舌打ちをした。
俺達は、直ぐ様街門に向かうため、馬車乗り場に移動した。
広い王都は街門までにかなりの距離があるので、馬車に乗った方が早く着くのだ。
教師の先導で次々馬車に乗り込む。
何人かの令嬢達が、教師に忠告されて、学園内に戻って行く。
あれは闘いに向かない令嬢達だろうか?
この世界は、学生だろうと、闘う術の有るものは率先して戦場に立つのが当たり前で、それは貴族なら当たり前の事として、幼い頃から教育される。
平民を盾に高みの見物など、一番軽蔑される行いとされている。
まぁ、この世界の戦場は、人間同士よりも、圧倒的に魔物相手が多いので、個々の強さも重要なのだが。
街の外に泊まり込んでいる、二・三年生はどうするのかと思ったら、二年生は、草原にいる班は急いで戻り、森にいる班は拠点を中心に教師と冒険者の指導の元、安全の確保に努める。
三年生は自己責任。
戻るも留まるも自由、ただし怪我をしても助けには行かない。
学園は、戦い方、生き延び方を教えているので、怪我も死も自己責任って、入学時に保護者共々、全員誓約書を書かされるらしい。
乗り込んだ馬車内は、誰一人話もしないので、ガタガタ揺れる馬車の音だけしかしない。
皆の顔を見ると、怯える顔、奮起する顔、無表情を保とうとして変顔になる者までいて、皆一様に緊張で強ばった顔をしている。
アールスハインを見ると、普段と同じ顔だが、ちょっと緊張してる?ユーグラムは安定の無表情。
ディーグリーは緊張はしているが、ちょっと笑っているのが不思議。
街内なのでそれほど時間も掛からず到着。
俺達を降ろすとすぐに学園に帰る馬車。
降ろされた場所は、前方に街門、後方に簡易バリケード、その中間地点に設けられた救護拠点がある。
救護拠点には、早くも数人の兵士?さんや冒険者が治療を受けていた。
教師の指示に従って、防衛、遠距離攻撃と近距離攻撃とに分けられる。
その間にも、続々と商人と草原に行っていた生徒の馬車が街門から入って来る。
酷い怪我をしている人はいない。
今はまだ怪我人が少ないので、俺もユーグラムに抱っこされ遠距離攻撃の班に行く。
ソラは俺と一緒にいるらしいが、ハクはアールスハインのポケットに潜り込んで、触手を出し入れしている。
やる気満々ですな!
近距離攻撃班は街門の外へ向かい、遠距離攻撃班は街門の上へ。
幅のある街門の上は、多くの兵士が行き交って、弓や投げ槍、魔法等の準備をしている。
魔物が遠距離魔法を使うことは珍しいが、飛んでくる魔物もいるので油断は出来ない。
ユーグラムと並んで敵に向かう。
ある程度の距離に無数の旗が立っていて、その向こう側が遠距離攻撃の範囲だそうだ。
大体五百メートル先位。
土砂降りのため視界が悪い。
遠くまで蠢く黒い靄の塊にしか見えない。
これから始まる戦いで、どれだけの人が怪我を負い、命を落とすのか考えだしたら、震えがきた。
ゆっくりとしたリズムでユーグラムが俺の背を叩く。
前世で山育ち、二股女よりかは命のやり取りの近い場所にいた自覚は有るが、戦いと言える場所に身を置くのは初めて。
今までの魔物討伐とは意味が違う。
多くの命を背負った戦い。
下を見れば、街門のすぐ外側に多くの女性騎士と令嬢達の姿、彼女達は特殊な魔道具を使い全員で巨大なバリアを張り、街を守る。
その外側には、アールスハイン、ディーグリー、イングリードも城で会った騎士達もいる。
皆は特に緊張する様子もなく、イングリードなんか笑ってる。
大丈夫、一人で戦う訳じゃない。
緊張が少し解れた。
ーーーガガーンガガーンガガーンーーー
大きな銅鑼の音が響くと、目視出来る近さに迫った魔物の群れ。
そこに向かって、遠距離攻撃班の攻撃が一斉に飛ぶ。
戦いが始まった。
土砂降りの中に落とされた雷魔法の威力は甚大で、俺の攻撃した一角から丸ごと魔物が消え失せる。
構わず俺は魔法を放つ。
凄まじい音と光と震動が、こちらまで響いて来る。
幾らか黒い靄が薄れるが、更に押し寄せる黒い靄で、又すぐに埋め尽くされる。
足の早い魔物は、街門の外まで到着しており、近距離攻撃班も戦闘が始まっている。
女性騎士、令嬢達の張ったバリアは悪意あるものを一歩たりともその内側に入れはしない。
魔物のものか人のものかは知らないが、土砂降りの中でも、血臭が漂う。
死んでたまるかこのヤロウ!死なせてたまるかこのヤロウ!と、俺は魔法を撃ち続けた。
どれ位の時間がたったのか、背を撫でられる感触で我に返る。
「ケータ様、ケータ様!攻撃を一旦止めて下さい!ケータ様!」
ユーグラムが、珍しく顔を歪めて俺に声を掛けている。
俺がユーグラムを見ると、ほっとした顔をする。
「大丈夫ですか?少し休みましょう、ケータ様は、ずっと立て続けに魔法を撃ち続けてましたから、魔力はまだ余裕があるとしても疲れたでしょう?ちょっと失礼しますね」
そう言ったユーグラムに抱き上げられた。
前に突き出し続けた手が視界に入ると、固まって震えていた。
力を抜いて両手を握り込むと、微かに痛みが走る。
ゆっくりと掌を開いて見てみると、浅い切り傷が無数についていた。
ソラが傷を嘗めてくれる。
ユーグラムが向かったのは、救護拠点。
何人かで協力して張ったバリアに入った途端、掌の傷の痛みが引いていく。
バリアの隅に、胡座で座ったユーグラムの膝に座らされる。
顔を覗き込むユーグラムは、眉を寄せてとても心配そうな顔をしてる。
夢中になりすぎて我を忘れていたらしい。
心配を掛けてしまったユーグラムに、ヘラリと笑って見せると、ユーグラムも口の端をちょっと上げるだけの笑みを見せた。
「はぁぁぁ、ケータ様、ちょっとやりすぎですよ!戦場で我を忘れて攻撃するなど命に関わります!気をつけて下さいね!」
「あーい、ごめしゃーい」
夢中になって我を忘れるのは、昔からの悪い癖で、その事で周りに心配を掛けてしまうのも、たまにあった。
大人になってからは、大分改善されて周りを見る余裕も出来たが、この世界に来て、初めての大規模戦闘で、気付かぬ内にテンパっていたらしい。
反省も込めて、ユーグラムの胸に頭をグリグリすると、こんな時でも可愛いは正義精神は発動するのか、ユーグラムがハワハワしてた。
「おうおうケータ様よ!お前さん凄まじかったな!俺は驚き過ぎて、腰抜かすかと思ったよ!ワハハハハ!」
そう言って近付いて来たのは、森での演習で俺達の班の担当だった、ニスタさん。
背中をバンバン叩かれて、ちょっと咳き込む。
ニスタさんが俺達に、携帯食料を差し出しながら、俺の攻撃がいかに凄かったか、そのせいで呆気に取られた何人が怪我をしたかを、笑いながら語った。ニスタさんはその間抜けをここまで運んで来たそうだ。
ユーグラムが上手に暖めてくれた携帯食料をかじりながら、ボンヤリと聞いていると、
ーーーカンカンカンカンカンーーー
とけたたましく鐘が鳴らされる。
何事?!と見ると、街門を越えた向こうの空に巨大な真っ黒い影。
誰かが叫んだ。
「ドラゴンだ!ドラゴンが出たぞー!」
バリケードの内側で、影を見た人達の悲鳴が聞こえる。
街門の外からは、悲鳴なのか雄叫びなのか分からない声が聞こえる。
俺は、食い掛けの携帯食料の残りを、無理矢理口に入れ、ユーグラムに両手を差し出す。
ユーグラムも無言で頷いて、俺を抱き上げ街門の上へ駆け上がる。
街門の上から見るドラゴンは、真っ黒い靄の塊で、更に巨大に見えるが、不思議と負ける気はしなかった。
巨大さに距離感が狂うが、遠距離と近距離の境、旗の立つ辺りに、力の限りに巨大で頑丈なバリアを張る。
勿論敵に視認されないように、透明なバリアを!多少景色がぶれるが、土砂降りの中ならギリギリまで気付かれないだろう。
ガガガガガガガガーーーン
真っ直ぐ飛んでいたドラゴンは、俺の張ったバリアに、真っ正面からぶつかって、そのスピードを倍にして反撃したバリアは、大きく罅割れたが、ドラゴンを地上に落とした。
直ぐ様バリアを解除すれば、畳み掛ける様に魔法がドラゴンに降り注ぐ。
俺も土魔法で作った巨大な槍を、上空からドラゴンの羽根目掛けて降り下ろした。
バキャッ
ギュオオオオオオ!
羽根が潰れる音の後に、ドラゴンの咆哮が響く。
体をビリビリ震わすその咆哮に、街門の外の近距離班の多くが、腰を抜かし尻餅をついた。
その間も、遠距離班からの攻撃魔法は降り注ぎ、
ゴオオオオオオオ!グアアアア
俺以外の人達の攻撃で、もう片方の羽根も深く傷付ける事に成功した。
だがそれで多くの遠距離攻撃班の者が魔力切れを起こしたのかへたり込む。
「今だ!遠距離班に全ての手柄を譲る気か?飛べないドラゴンなどただ大きいだけの蜥蜴に過ぎん!止めは我らのものだ!!」
ワハハハハと笑いながらドラゴンに向かうのはイングリード。
続けてアールスハインや騎士達も続く。
雄叫びを上げながら冒険者達も続き、まだ魔力の残っている遠距離班も、
「奴等が辿り着くまでに仕留めてしまえ!ワハハハハ」
と笑いながら魔法を放ち出した。
………………何だろうかこれは、街門の内側では、この世の終わりの様に嘆き、叫ぶ人々。
街門上と外には、笑いながら魔法を放つ人や、我先にと笑いながら駆けて行く人。
温度差が酷い。
酷い現実、酷い状況にも関わらず、笑いながら駆けて行くその姿は、子供の様に楽しそうだ。
この世界の人達は、とても頼もしい!
何度も世界が終わるような、疫病が有り、災害が有り、魔物の氾濫が有ったが、笑いながら闘いに向かう人がいる。
あぁ、大丈夫だと思った。
この世界は強い。
クソバカダ女神の理不尽なんかには負けない!
ざまぁ見ろ元女神!この世界はお前になんか負けない!
人間に落とされて、その逞しさを思い知れ!
自分がどれだけのものを壊し、その命を蔑ろにしてきたかを!
いつの間にか、俺の顔も笑っていた。
いつの間にか降りやんでいた雨のお陰で、ドラゴンの口に魔力の塊が見えた。
俺は急いで球体の硬い硬いバリアを作り、ドラゴンが口から魔法を放つ寸前に、その口の中目掛けてバリアを突っ込んでやった。
俺のバリアは、漏れ無く反撃バリア。
ドラゴンの口の中で反撃された魔法は、ドラゴンの体内に返る。
ゴゴゴフッ
とドラゴンの口から大量の煙が上がる。
「こらー!ケータ!お前俺の獲物を先に倒す気かーーー!」
遠くから、吠えるように叫ぶイングリードの声に、また笑ってしまう。
遠距離班の面々も皆笑っている。
やっとの事で辿り着いた近距離班の面々が、それぞれの武器でドラゴンに攻撃を仕掛けて行く。
目立つのは、イングリードを始め魔法剣を使う人達。
その威力は、他の兵士や冒険者を圧倒して、次々にドラゴンに深手を負わせて行く。
ドラゴンも抵抗するように、頭を振り尻尾で薙ぎ払い、噛みつきなどを繰り出すが、魔法によるダメージが大きいのか、動きが鈍く、深手を負う者はいなかった。
ドドドオウーー
と倒れ、その体から黒い靄が消えて行く。
「「「「「ワアアアアアアア」」」」」
と歓声が上がり、ドラゴンが倒された。
遠距離班からも歓声が上がり、街の人達にも、敵が倒された事を知らせる。
バリアを張り続けた女性騎士、令嬢達も汚れるのも構わずその場に座り込み、近くの人達と手を取り合い歓声を上げている。
街のあちこちからも歓声が上がる。
近距離班は、ドラゴンが倒された途端に、残っていた魔物の群れが退いていくのを、深追いはせずに、歓声を上げながら街門に戻って来る。
俺はユーグラムに抱っこされたまま、街門から下りて、救護拠点に向かう。
近距離班の怪我人の治療をするためだ。
バリア内に満ちていた治癒魔法も、大分薄まってきて今にも消えそうだ。
新たに巨大なバリアを張り、中を聖魔法で満たし、重傷者を迎える準備をする。
救護を担当する教師を探し近付くと、
「あぁ、ケータ様来てくれましたね!私達の仕事はこれからなので、ケータ様が手伝って下さると、心強いです!」
救護担当の教師とは何度か話したが、外科手術など無いこの世界は、人体の構造など知るものは少なくて、俺の浅い知識でも役に立ったらしい。
人体の構造を知っているだけで、魔法のイメージが具体的になるので、治癒魔法が効きやすくなる。
近距離班の面々が街門に到着するなり、大勢の怪我人が一気に押し寄せた。
前線後方まで行っていた、騎士団の救護班が、戻るなり杖を掲げて、いつか俺が作ったみたいなトンネル型のバリアを張り、軽傷の者と重傷の者とを分けて行く。
俺のいるバリア内は、最も重傷を負った者が運ばれてくる。
脇腹を魔物に食い千切られた者、魔法なのか頭蓋骨が見えそうになっている者、両足を失っている者、その他にもとにかく一目で重傷と分かる者が次々運ばれてくる。
俺は、運ばれた順に次々治療していくが、周り中が血生臭くて、中々集中出来ない。
なので、近くにいて手伝ってくれているユーグラムに頼んで、風魔法で匂いを軽減してもらった。
治療した数は数える暇も無かったが、どれ位の時間がたったのか、ユーグラムに止められて顔を上げると、バリアの外は薄暗くなっていた。
バリア自体が薄く発光しているので気付かなかった。
学園生は、学園に戻る様に指示が出たらしい。
残りの重傷者も、数人を残すところまでになったので、後は教会から派遣された治癒師で間に合うらしい。
ユーグラムに抱っこされて、学園の馬車の所まで行くと、アールスハインとディーグリーが待っていてくれて、アールスハインのポケットから飛び出したハクが、俺の腕に飛び込んで来た。
俺のほっぺたに、ムニムニと体を擦り付けて来る。
そのまま馬車に乗って学園へ。
長い1日だった。
俺はアールスハインの膝に座ったまま、気絶するように眠ってしまった。




