助視点
ちょっと休憩的な助視点です。
「あい!あい!あい!あい!」
そんな声で目覚めるのももうだいぶ慣れた。
ケータの朝は早く、メンバーの中で一番に起きて、準備運動を始める。
転生して幼児の体になり、三年がたつのに、未だその幼い体に手こずっているのか、バランスが悪いらしく肉体強化を使わないとよく転ぶ。
今は、プラムと両手を繋ぎ、スクワットのように屈伸運動をしている。
意識してではなく声が出ているのが、何とも微笑ましい。
中身はおっさんのケータであることは分かっているが、見た目が赤ん坊なので、ついつい子供扱いになるのは仕方無いと思う。
短い手足に大きな頭、言葉もたどたどしく、クリクリとした光度の高い目は、まんま赤ん坊そのもの。
体に引き摺られて、最近は行動も何処か幼くなっている様子で、前世ならそつなく対応していた物事を、欲望のままに暴走することも増えている。
まあ、神様から貰ったと言うチート能力で、危な気は皆無なんだけど。
城を出て一年。
旅は順調に進み、大きな領地は勿論、小さくとも有名な領地はだいたい回った。
国の半分を回る旅は、当初の関係者達の心配を余所に、すこぶる順調で危険なことも驚く程少なくすんでいる。
学生時代に習得した肉体強化や、魔法剣は素晴らしく、何故今までに誰も思い付きもしなかったのかと、騎士団や魔法庁職員達を落ち込ませていたが、そのお陰でほぼ無傷で魔物を倒す事が出来ている。
厄介な魔物はいるが、それでも危険に陥る事が無いのは、ケータの強力なバリアのお陰でもある。
当初考えていたよりも随分楽で、楽しくて、順調な旅は自分達の成長に繋がっているのかは疑問だが、多くの人や物を見て学んだ事は多い。
貴族社会の陰謀や駆け引き、足の引っ張りあいや嫌味の応酬、そんなものの無い会話は、あっけらかんと明るく賑やかで、意外と強かで逞しい。
旅に出た当初は、まだ何処か貴族的なオーラでも出ていたのか、それ程声を掛けられる事もなく、必要事項の会話以外は遠巻きにされてた面々は、この一年でだいぶ冒険者らしくなってきたので、同じ冒険者の女性を中心に、遠慮無く声を掛けられ誘われるようにもなってきた。
最初は戸惑い、しどろもどろに逃げ出していたのに、最近は断りの言葉もスラスラ出るようになってきた。
女性にモテモテな面々は、当然他の冒険者の顰蹙を買い、絡まれる事も多いが、それも簡単に受け流せるようになった。
一つの所に留まらず、次々に町を移動するのも手伝って、しつこく誘いを掛けてくる女性冒険者チームも、付いてこれなくなった。
ユーグラムは巡礼の旅、ディーグリーは行商の旅として同行しているが、それらも順調。
アールスハインは、直に触れる庶民の暮らしが珍しいらしく、色々な物に興味を示している。
俺の実家のスパーク家は、漏れ無く男子は惚れっぽく、女性で身を持ち崩す者も多い。
斯く言う俺も、兄貴に連れられて初めていった娼館で下級娼婦に入れあげて、危うく家の金まで使い込みそうになって、兄貴と親父にボッコボコにされて目が覚めた。
アールスハインのついでに、イングリード王子に娼館に連れていかれた時は、かなりドキドキした。
女性目当てのドキドキではなく、下手に惚れてしまわないかのドキドキだったが。
我が家の体質?は知っていたのか、イングリード王子も、俺には無理に勧める事もなく、一晩酒を酌み交わし、旅の話を聞かれただけだったが。
酌をしてくれる娼婦達は、ケータに夢中で、俺とイングリード王子には積極的に絡んで来なかったのも良かったのだろう。
ケータはご満悦な顔でフクフクと笑ってただけだし。
前世でもそうだったが、この世界に来て姿が変わってしまってからはなおのこと、ケータは周り中から構われるようになった。
本人は至って呑気に過ごしているが、そののほほんとした雰囲気が癒し系と言われた所以なのだろう。
幼児の姿であどけなくのほほんと笑うケータは、何処に行ってもやたらと物を貰い、撫で回されている。
聖獣の高貴さとか、畏怖される雰囲気とは皆無に、ただただ愛でられる。
それは獣族でも共通で、特におばちゃん達には大人気、子供達にも容赦なく構われている。
「プスー、プスー、プスー」
ケータの朝は早いが夜も早い。
プスプス言いながら、デブ猫ソラの腹に顔を埋めて寝るケータ。
それを眺めてるディーグリー、ユーグラムは緩く握られた手に指を突っ込んで、握られるのを楽しんでいる。
剣の手入れを終えたアールスハインが、ケータのプスプスが気になったのか、仰向けに寝かせなおしている。
正に大の字になって寝るケータ。
伸び伸びと全身を伸ばしていても、かなり小さい。
フライパンの一つも振れない事を、ストレスに感じているのか、料理中の指示は中々に厳しい。
前世の息子の赤ん坊時代を思い出そうとするが、大学で出来婚したせいで金がなく、授業以外はずっとバイトに明け暮れて、赤ん坊の息子の顔を見る余裕も無かった事を思い出しただけだった。
まあ、それも実は托卵された他人の子供だった訳だが。
赤ん坊の顔として思い出すのは、ケータの妹達の子供の顔。
週末に遊びに行くと、高頻度で妹達が子供をケータに預けて何処かに出掛けてしまっていて、ちょっと無責任じゃないか?と指摘したことも有ったが、ケータに付き合って子供の世話をしていたら、その大変さに驚かされた。
体全身で身を預けてくる子供とは、重くて、暖かくて、尊い存在なのだと思い知った。
離婚直後で、自分の実の息子では無かった事実に打ちのめされていた当時は、ケータの甥っ子達に随分と慰められた。
何をするでもなく、ただ笑って泣いて寄り掛かってくれる甥っ子達は、必死に妻子を養う為にと、働き詰めだった俺の、空っぽになった気持ちを慰めてくれた。
その甥っ子達とそっくり同じ顔のケータが、ふにゃふにゃと寝ながら笑う顔は、こちらにまで笑いが伝播して、皆を笑わせる。
前世では、有名になりたいとか、明確な目標に向かってひた走るとか、凄い夢が有るとか、叶えたい野望が有る、そんな感情とは無縁の、無難な人生を歩んでいたが、どこか漠然とした不安が何時もあって、辛いばかりの人生だった訳じゃないけど、良いことばかりの人生でもなくて、何処にでも居る中年男性として生きていたのに、突然死んで、転生して、前世の記憶を思い出す。
そんな劇的な事が自分に起こるとは、思ってもみなかったので、最初は混乱して取り乱して、記憶がごっちゃになって、ケータの顔を見て、ストンと落ち着いて。
学生時代をやり直して、また無難な人生を送るのだろうと思っていたが、ふと自分がまだ若い事に気付き、旅に出てみたくなった。
そこにケータがいたら、楽しそうだと軽い気持ちで誘ったら、軽く了承されて、そこにアールスハインやユーグラム、ディーグリーも加わって。
今では漠然とした不安はきれいさっぱり消えている。
あれは何だったのだろう?と今なら思う。
たぶん、余計な事を考える程暇だったのだ。
前世、ケータと同じ会社に入る前の会社で、取引先の工場の社長が自殺した事があった。
俺が直接関わった訳では無く、親しくしてた先輩の担当だった事で、愚痴を聞いた。
先輩の話では、借金はあったけど、とても忙しく働いていて、何時行ってもガハハと笑う社長だったと言っていた。
会社が傾いたのは、大企業の孫請だったその工場では、作れない部品がありそのせいで仕事が回ってこなくなって、それでも他の仕事をしている間は、元気一杯だったそうだ。
大企業の傘下では無くなった事から、仕事が徐々に減り、新しい取引先を探して奔走していた社長が、過労で倒れ、医者に休むように言われてからは、目に見えて窶れていって、ある朝病院を抜け出した社長が、工場で自殺していたそうだ。
先輩は、社長が自殺する二日前にお見舞いに行き、話をしたのだが、暇すぎて死にそうだ!と笑っていたらしい。
「人間、忙しくても中々死なないが、突然暇になると余計な事を考えて、死んじまうらしい。お前も気をつけろよ!」
と言われたのを思い出した。
今世は、前世のブラックな職場が有るわけでもなく、城の文官のように仕事に追われる事もなく、至ってのんびり好き勝手に旅をしているだけなのだが、驚くほど不安に悩む時間は無い。
日々を命懸けで生きている人達に交じって、面白可笑しく生きている。
その中心に居るのはたぶん自分ではなく、ケータと言う珍妙な生き物だ。
暢気で大雑把で、家族思いのケータ。
家族とは離れてしまったが、たまにアールスハイン達を見る目が、弟妹を見るような、甥っ子達を見るような、おっさんの眼差しになっているのを知ってるのは、たぶん俺だけ。
まだまだ行きたい場所は多く、世界は広い。
当分不安に苛まれる日は来なさそうだ!
「たしゅきゅー、いきゅよー!」
「おう、今行く!」
誤字報告、感想をありがとうございます!




