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比翼の烏  作者: どくだみ
2-6:因縁の終着点
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執念と矜恃と

 イメージは、カウボーイの投げ縄。

 左手の甲から生えた蔦を、余裕を持たせて右手で掴み。ぶん回して速度をつけた後、横方向に薙ぎ払う。本来なら、素人の僕がそんなことをすれば、我が身を打ち据えて自滅するのが関の山だろうが、そこは本人の宣言通り絢音がカバーしていた。絶妙な加減で蔦をくねらせ、僕が攻撃に専念出来るようにしてくれる。正直、彼女の支援は上手だった。

 僕としてはそのことが不快極まりないのだが、不服を垂れる暇はない。


「合わせろ、絢音!」

「仰せのままにっ!」


 掛け声と同時に腕を振るう。蔦の鞭がしなり、結城の胸板を斜めに切り裂く。

 頭上を通してもう一度。結城はこれをバックステップで避けた。下がるならその分押すまでと、僕は距離を詰め、再び蔦の一撃を繰り出す。

 認めたくないけど、結構便利だこれ。


「伸びろ!」

「了解!」


 趣向を変え、正面へ打ち出すように。だが、やはり相手も戦い慣れしているだけある。頭を下げ、蔦の刺突を難なく躱してみせた。そのまま一気に踏み込んでくるが……。


「巻き付け!」


 そう動くと思っていた僕は、素早く絢音に指示を出す。狙うは、彼女が僕を拘束したときの再現。蔦を巻き戻すタイミングに合わせて、結城の身体に絡みつかせ。強引にこちらへ引き寄せる。

 鍛えられた肉体。それが意味するのは強い力と、根本的な耐久力の高さ。ここまでかなりのダメージを与えた筈だが、彼は未だに挫ける兆候を見せない。だったら……。


「っらあ!」


 こちらの火力を上げるまでだ。具体的には、引き寄せる勢いを拳に乗せて。繰り出した渾身のボディーブローは、体勢を崩した彼の腹に刺さり、その顔に苦悶の表情を浮かばせた。

 鳩尾を責められる苦しさは、実際に味わったから僕も分かる。心が痛むが、それはそれ。これはこれ。ここで終わるほど僕はお人好しじゃない。


「ごめんね――ちょっと痛むよ!」


 頭を上から抑え付け、膝蹴り。うなじに肘を落とし、続けて顎、肩。股間への蹴り上げでフィニッシュ。一応、最後だけ加減した。目的はあくまで彼の闘志を砕くこと。尊厳を奪う意味は無い。


「なーんで本気を出さないのさ。そんなんじゃ潰せないよ?」

「潰したくないんだよ! どんだけ痛いかお前知らないだろ!」


 いくら敵でもやって良いことと悪いことがある。いや、勝てば正義という論理も間違ってはいないのだが。それでも僕は、命を賭けた戦いの中にも、最低限の倫理を残しておきたいと思うのだ。

 機械のようにはなりたくない。絢音みたいには、もっとなりたくない。なったら人として終わりだ。

 そう思いながら、結城の首に腕を回す。ヘッドロック。完璧に入った。今度は僕が首を絞める番だ。


「ガッ……ちくしょう……」

「大人しくしろ。さもないとこのまま殺す」


 圧迫しつつ耳元で脅しをかける。追加で蔦の拘束も施している以上、いくら彼でも抜け出すことは不可能。話をする準備が整った。


「てっめぇ……! 放しやがれ!」

「暴れない方が良いよ? 蔦で目玉を串刺しにされたくなければね。楓さんは優しいけど、アタシはそうじゃない。結城さんを虐めるのを、躊躇う理由が何一つ無いんだから」


 僕より数倍は恐ろしいことを言っているやつがいるが、ひとまず放置。勝手な真似はするなとだけ命令を下し、意識を結城の方に向ける。


「よく聞け。僕は君を殺したくない。君には少なからず恩があるし、君が死ねば木崎も悲しむ。僕だってみすみす殺されたくはないから、状況次第では殺すだろう。だけど可能なら、殺戮よりも甘ったれた停戦を選びたい」

「何が……言いてぇんだよ……!」

「簡単さ。口で何を言っても、君の心は変えられない。だったら強制的に従わせればいいと思ったんだ。内心で何を企んでいても、“ご主人様”には手出し出来ない筈だからね」


 こちらの意思を汲み取ったのか、結城が目を見開く気配があった。彼の耳元に口を寄せ、僕はハッキリとこう告げる。


「結城。僕の眷属になれ(・・・・・・・)


 そうすれば全て丸く収まる。無駄な争いをすることもない。完璧とは到底言い難いが、少なくとも僕の考えた中では、これが最善の結末だった。


「眷属になれだと……? ふっざけんじゃねぇぞ! そんなの――」

「悪くないんじゃない? アタシの見立てじゃ、結城さんも内心では賛成してる筈」


 結城の激昂を絢音が遮る。忌々しげな歯軋りの音が聞こえた。


「推測だけど、あなた、楓さんに複雑な感情を抱いているよね。憎しみで妖怪になった以上、彼への敵対を止めることが出来ない。けれど一方で、何だかんだ借りがある。楓さんに心を許しかけてる自分がいる。相反する思いに挟まれて葛藤中……なのに、見て見ぬ振りをしてるの。違うかな?」

「勝手なことほざくなよ……! てめぇは何の根拠があって」

「根拠ならあるよ。例えば、さっき。楓さんの声を聞いて、一瞬だけ攻撃を躊躇ったじゃないか」

「……っ!」

「言い返せないってことは図星だね? 正直になりなよ。平和が一番。イッツアピースフルワールド。戦いに意味なんてないんだよ」


 お前がそれを言うか、と思ったが、今ばかりは彼女に賛成だ。僕が負ければ黒羽は嘆く。結城が死ねば木崎が泣く。どちらが勝っても悲しみしか残らないのだ。だから……。


「君に選択の余地はない。頷け。今すぐ。早く!」


 力を強めて首を絞めれば、彼の口からブツ切れの吐息が漏れる。妖怪とて呼吸は必須。喉が潰れれば、苦しいどころでは済まされない。彼だって、和解が最善だと頭では分かってるだろうし、この体勢が続けば、やがて首を縦に振る筈だ。

 そう思っていた。


「うるせぇ……調子に乗んなよてめぇらぁっ!!」


 その時だ。バキリ、と何かが外れたような音が聞こえ、僕の腕の下で結城の身体が脈動する。

 咄嗟の判断で抑え込もうとするが、結城は凄まじい力で僕の拘束を押し上げると、振り向き、僕の首に手をかけた。


「なっ……ぐ!?」


 足が地を離れる。たがの外れたような圧力が僕の喉にかかって、必死にその手を振りほどこうと藻掻くも、豹変した結城は僕の抵抗を受け付けなかった。こちらを睨む目が、充血したように赤い。

 結城はそのままニヤリと笑うと、唐突に、社の外へ向けて僕を放り投げた。


「っ……がはっ! ……あうっ!」


 障子をぶち破り、地面に激突して撥ね。水切りのごとくバウンドした身体が木に激突して止まる。人間だったら間違いなく死んでいた。そのくらいの勢いだった。

 全身が酷く軋む。軽い脳震盪を起こしながら、僕は何とか立ち上がった。


「何が……起きてるんだ?」


 最初に出たのはその一言。ゆっくりと、こちらに近付いてくる結城は、明らかに様子がおかしかった。

 全身にドス黒いオーラを纏い。

 筋肉は異常なまでに膨れ上がり。

 呼び掛けても一切の応答が無く。

 半開きの口からは、刃物のように鋭い牙が覗く。

 何よりも。臀部から生える狐の尻尾は、太さを保ったまま二本に割れていた。


「あー……旗色が悪くなってきちゃったな。まさか、このタイミングで変化するなんてね」

変化(へんげ)? どういうことだ説明しろ」

「文字通りの意味だよ。感情の爆発とか、流し込まれた楓さんの霊力とか、色々な要素が合わさって、怪異としての格が上昇した。……まあ、直接の切っ掛けは、アタシの言葉だと思うんだけど」


 は? お前また余計なことをしてくれたな。いい加減にしろよ。


「妖狐の強さは……尾の数に比例するんだったな」

「そうだね。九尾や天狐には及ばなくても、二尾はそれなりに強敵な筈。気を付けて」

「言われなくとも…………っ!?」


 それに対応出来たのは奇跡だった。瞬きの間に彼我の距離が消え。結城の顔がすぐ目の前に迫る。世界の速度はスローモーションのように遅くなり、振りかざされた鉤爪が殺意を帯びて煌めく。

 一瞬、彼と目があった。心を殺した瞳。理性を失った色。マヤに暴走を強いられたときの僕と、よく似ている気がした。


「っ、燃えろ!」


 炎で目の前に防壁を作る。だが結城は、焼かれるのも気にせず突っ込んできた。辛うじて致命傷だけは防ごうと、何とか持ち上げた腕が、次の瞬間にザクリと切り裂かれる。


「ぐああああ!?」


 骨の髄まで突き抜ける激痛に、僕は堪らず悲鳴を上げた。慌てて彼から距離を取り、歯を食い縛りながら切られた箇所を見る。傷は……。


「……うわ、骨が見えてる」

「盛大にやられたね。利き手じゃなかったのが幸いか。取り敢えず止血しとく!」


 絢音の蔦が包帯のように僕の腕に巻き付いた。半神の再生力がある以上、出血はすぐに止まる。骨や歯といった硬組織と比べれば、皮や筋肉の治癒は早い。だが傷が深ければ話は別だ。

 少なくとも、しばらく左腕は使えない。片腕だけで勝てるのか? 本当にこいつに――。


「ほーら弱気にならない! 楓さんアタシに勝ったでしょ! 諦めたら試合終了って誰かが言ってたよ!」


 ブルーになりかけた僕を励ますように、絢音が声を張った。こいつに言われるまでもなく、諦めちゃ駄目だと僕だって分かっている。しかし結城が変化したことで、戦いの行く末に暗雲が漂ってきた。ただでさえ力では劣勢だったのに、その差が更に開いたとなれば。


「僕だって降参するつもりはないさ。だけど実際問題、一人で抑え込めるか怪しくないか?」

「一人ぃ? 失敬な、アタシがいるじゃないか! それに――」

「それに?」


 意味ありげな間を問い質せば、フフン、と不敵な笑い声が返ってくる。ウインクをする絢音のビジョンが、唐突に僕の脳内に浮かんだ。


もうすぐ嵐が来るよ(・・・・・・・・・)


 その瞬間。唸りを上げる結城の横から、黒い閃光が飛び出した。

 僕を守るように、結城の前へと割って入る長身の女性。はためく、腰まで伸びた髪。広げられた翼は、黒金のごとく美しく艶めいて……。


「待たせたな。助けに来たぞ」

「黒羽!」


 ヒーローみたいなタイミングで参上した彼女に、僕は何度目かも分からぬときめきを覚えた。

 当初の予定じゃ、結城を無力化してから救援に向かうつもりだったのに。良い意味で裏切られてしまった。まあ、それが黒羽らしいというか。本当に頼もしい女性だと思う。


「勝ったんだね……木崎に」

「当然だ。同じ相手に二度も負けるか。以前のお礼も含めて、懇切丁寧にぶちのめしておいたよ。宗像の気配が強くなったのを感じたから、急ぎ駆け付けてみたのだが、ひとまず汝は無事なようだな。……ちょっと待て、その左手はどうした? 何故ヤドリギが」


 絢音の存在を訝しむ黒羽。その背後から結城が襲いかかる。危ない! そう叫ぼうとしたが、僕の心配は杞憂に終わった。身体を素早く反転させた黒羽が、烏の足で冷静に鉤爪を受け流す。


「……ったく、無粋な男だ。蔦に関しては、後でじっくり訳を聞かせてもらうとしよう。まずは狐をどうにかするのが先だな」


 そう言うと彼女は顎をくいっと動かして。


「さあ行くぞ。一泡吹かせてやろうじゃないか」


 猛烈なまでにカッコよく、唇の端を持ち上げてみせるのだった。

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