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比翼の烏  作者: どくだみ
2-2:狂乱の蛇神
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作戦会議

 辿り着いた廃工場は、外からでもハッキリと分かる程にボロボロだった。

 人の手を離れて久しいのだろう。荒らされてはいないが、全体的に汚れが目立つ。外壁の半分は蔦と木で覆われ、昼だというのに建物内が薄暗かった。放置された機械は土と錆にまみれ、何を作っていたかは想像も付かない。割れた窓から絶えず風が吹き込み、天井にぶら下がる垂れ幕の残骸を、規則正しく左右に揺さぶっていた。

 入り口の看板を確かめる。どうやらここは『アマテラス』なる株式会社の持ち物であったらしい。マとスはペンキがほとんど消え、ラの字も微妙にくすんでいたため、遠目からだとアテナに見えた。ギリシャ神話の軍神である。


 ……実家の近くにも、こんな場所がよくあったっけ。


 会社が倒産して放置された廃倉庫とか。住人が死亡して持ち主不在になった空き家とか。都会だとそういうのは少なそうなものだが、ふるさと島根の片田舎では、探せば探すだけいくらでも見つかる。風雨に晒され朽ち果てた外観と、人気(ひとけ)の途絶えたおどろおどろしい沈黙が、独特の雰囲気を醸し出しているようで好きだった。秘密基地と称し、内部の探検を試みたのは一度や二度ではない。

 今になってみると、当時の自分はよく怪我をしなかったなと思う。黒羽が影ながら守ってくれていたからだろうか。

 ともあれ、工場の中は外からも見えにくい。身を隠すには絶好のポイントだが……一応、念には念を入れておくか。


「ねぇ木崎」

「何ですか」

「奴らが近くを通ってもバレないようにさ、結界を張ったりとかって出来る? この建物をすっぽりと覆う感じで」


 木崎は頷くと、僕に向かって手招きをした。


「簡単な物なら。わたしだけだと出力不足になるので、手伝ってくださいな」


 そのくらいならお安い御用だ。

 彼女に連れられ付いていこうとした僕の服を、横から黒羽がパッと手を伸ばして掴んだ。


「私にも何か出来ることはないか?」

「んー……そうだね、居心地の良い場所でも探しといて。戻ってきたとき、くつろぎたいからさ」

「それだけか」


 物足りなさげに唇を尖らせる。僕が仕事をする以上、自分も何かしたい。そんな心情だろう。義理堅くって健気なとこ、好きだな。


「十分役に立ってるよ」

「――っ、そうか! 良かった」


 ついでに分かりやすいとこも。


「私に任せろ、高級ホテルにも劣らない部屋を用意しといてやる」


 ※


 ……と、勇ましく宣言してくれたものの、朽ちかけの廃墟で快適な環境を整えるのは、さすがに不可能だったらしかった。

 黒羽たちが拠点を構えたのは、かつて休憩室として使われていたであろう部屋。窓はまだ割れておらず、扉もずっと閉め切られていたからか、工場の中でも比較的清潔さを保っていた。室内には薄汚れた机と、人数分の薄汚れた椅子。なんと薄汚れたカーテンまである。意外にまともでホッとした。


「ホテル」木崎がわざとらしく肩を竦める。「紛うことなき五つ星ですね」

「頑張ったがこれが限界だった。そっちこそ、結界とやらはちゃんと張れたんだろうな?」

「モチロンですとも。魔除け、人避け、警戒網。楓くんの霊力をお借りして、徹底的に防備を整えてきました」

「安全か」

「多分ね」

「多分ってなんだ、多分って」

「下手に言い切るとフラグが立っちゃいますから」


 顔の横でひらりと手を振って、木崎は結城の隣に座る。

 手伝いというから何をさせられるのかと思ったが、難しい部分は全て木崎がこなしてくれた。手を繋ぎ、集中した様子で空中に文字を書いていく彼女に付き添って、建物の外をグルリと一周。「恋人みたいですね」「廃墟デート廃墟デート」などという、反吐が出そうな発言をことごとく受け流しながら、霊力を彼女に分け与えてあげるだけでよかったのである。

 ただ、そのせいで随分と消耗してしまった。ちょっと休憩したいが……。


「で? 逃げたはいいけどこっからどーすんだよ」


 のんびりしてもいられない。そもそもここは敵地なのだ。休みたきゃ家のベッドに帰りなって話である。

 手近な場所に腰を降ろし、僕は結城に向かって言った。


「それを今から考えるのさ。ここにいるみんなでね」

「三人寄れば文殊の知恵ってか」

「五人もいれば何かしら思い付くだろ?」

「どうだか。向こうとこっちの戦力差を見る限りじゃ、勝ち目があるとは思えねぇけどな」


 それは僕も同感だ。現状、正面から立ち向かうのは愚策中の愚策。だからこそ搦め手が必要になるわけだが……。


「そういえば、あの男からは有益な情報が得られたのか?」


 窓際から黒羽が訊いてくる。僕は彼女に、男が蛇神に暗示をかけられ、その命令を聞くよう精神をコントロールされていたことを伝えた。


「……なるほど、要は操り人形だな。この村全体が敵に回った、と」


 悩ましげに黒羽は腕を組む。絢音が「ちょっと待って」と声を上げた。


「もしそうなら、なんでアタシは平気でいられるの? 運が良かったってこと?」

「あるいは他に理由があるか。仲の良い絢音ちゃんだけは、蛇神も操りたくなかったんじゃない?」

「でもアタシ襲われたよ?」

「ああ、そっか……」


 じゃあ違うな。そもそも僕たちを忘れてたのに、彼女だけ気にかけるのは不自然か。


「……絢音ちゃんが無事な理由は、分かりませんが」


 全員の視線が木崎に集まる。それを確認してから彼女は続けた。


「蛇神が力を取り戻した過程なら、これじゃないかという予想があります」

「マジかよ!? 俺はさっぱり分かんねぇんだけど」

「大丈夫ですよ結城くん、今から説明しますから」


 木崎がピッと指を立て、それから僕の顔を見た。


「突然ですがここで問題。神の力の源泉は何でしょう。はい楓くん早かった!」


 え、何だよいきなり。


「……っと、努力と鍛錬?」

「それもあるかもしれませんね。楓くんみたいな場合は特に。だけどわたしが言いたいのは、もう少し一般的な話です」

「一般的……もしかして信仰?」


 どうやら正解だったらしい。木崎が大きく手を叩いた。


「神様っていうのは、多くの人から崇め祀られるほどその神威を増していきますよね。蛇神はそれを利用したんです。村人に暗示をかけ、自らを崇拝させる。得た力を使い洗脳を維持しながら、更に多くの人を傀儡にしていく。この繰り返しで果てしなく力をつけ、巨大化していったんじゃないでしょうか」


 僕たちの間にどよめきが走った。

 木崎の仮説を一言で表わすなら――信仰の自給自足(・・・・・・・)。そのようになる。信仰と言えば聞こえはいいけど、実質的には霊力を用いた人心の支配だ。


「わたしたちを排除しようとするのも、自分の計画を邪魔される可能性があるから、と考えれば当然の反応ですよね」

「……いやいや、まさか。理屈では可能かもしれないけど、本当に出来るわけ」

「出来てるじゃないですか。それとも他に有力な説でも?」


 遮るように木崎が返す。そんな筈ないと否定したかったが、反論らしい反論が出てこない。内心では僕も、彼女の説明に納得していたのだ。

 代わりに思い浮かんできたのは、そこから推測によって導き出される、世にも恐ろしい蛇神の野望だった。


「じゃあ、このまま放っておくと、あいつはどんどん強くなっていく……?」

「”限りなく”ですね。だって理論上は可能でしょう? 未洗脳の人間さえいれば、同じやり方でどこまでも勢力を(ひろ)げていけるんですから」

「なっ、そんなの……!」


 ふざけんな。そう叫びたくなる。何だよその裏技みたいなやり方。あいつはそうまでして何がしたいんだ。昔の力を取り戻すことが目的なのか? 過去の栄光に浸るためなら、ちっぽけな人間の尊厳なんて、いくらでも踏みにじって構わないと?

 傲慢極まりない蛇神の所業に、僕は気付けば拳を握り締めていた。


「こう言っちゃ何だがよ。今の内に手を引くのもアリだと思うぜ」


 忌々しげに結城が呟く。僕に対してか。いや、これは全員に向けた言葉だろう。


「プライドやら何やらってのは、命あっての物種だかんな。蛇神があんな風になったトリックは分かっても、それで勝ち目が出てきたわけじゃない。下手すりゃお前らんとこの山犬より強いんじゃねえか? このままあいつと敵対してたら、俺たち、いつかひょっこり死んじまうかもしれねぇぞ」


 死、という重々しい単語が飛び出し、皆、水を打ったかのように黙りこくってしまう。

 結城の言ったことは正論だ。だからこそ僕の心は揺さぶられたし、同時に最悪の結末を考えてしまう。黒羽が、僕の大切な人が、見るも無惨な姿で横たわっている想像をして、僕は思わず身震いをした。

 ここに来てようやく、蛇神を止めようとする理由が、狐たちから頼まれた以外に何もなかったことを悟る。命の危険を前にして、それはあまりにも貧弱な動機だった。


 どうすればいいんだろう。


 苦悩する僕の視界に、ふと、絢音の姿が映り込む。

 僕たちの中で一人だけ人間の彼女は、結城のあけっぴろな発言を受け、辛そうな様子で目を伏せていた。

 その表情が僕の背を押した。


「……()めよう」


 口からポツリとこぼれ落ちた言葉は、(まご)う事なき僕の本心だった。


「止めなくちゃ。これ以上、あいつの好きにはさせられない」


 困難な道のりになることは、最初に蛇神と相対したときから分かっている。

 戦っても勝てない。話だって通じない。身の安全を最優先にするなら、何もなかったことにして、大人しく逃げ帰るのが得策だろう。

 だけどそれでも、かつては人だった者として、僕は蛇神のやり方が許せなかった。

 以前の蛇神を知っている者として、優しかった頃に戻って欲しかった。きっとこの部分は、みんなも同じ思いの筈だ。


「……危険だと思う。この村から立ち去りたいなら、立ち去っていいと思う。あいつらもさすがに、村の外までは追ってこないだろうからね。だけど……僕はここに残るよ」


 絢音ちゃんを一人には出来ないし。本人を見てそう言えば、絢音は「えっ」と驚いたような声を上げた。


「本当にいいの?」

「女の子を残していなくなるほど薄情じゃないよ。むしろ迷惑だったりする?」

「ううん、全然! すごく嬉しい。ありがとう!」


 絢音の瞳に光が宿る。頷いた僕に首を縦に振り返すと、彼女は花のような微笑みを浮かべて続けた。


「何が出来るか分からないけど、出来ることは何だってしてみせるよ。頑張ろうね、二人で――」

「三人だ」


 掠れ気味のアルトがそれを遮る。

 僕が黒羽に目をやると、窓際の彼女は応えるように、閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。


「私が汝を置いていくとでも思ったか? (そば)にいないと守れないだろうが」

「助かるよ。大口を叩いといて情けないけど、僕の力じゃ限界があるからさ。君と一緒なのは頼もしい」

「……礼を言われても困る。恋人として当然のことだ」


 それだけ言ってまた瞼を降ろす。素っ気ないように思えるけれど、これは彼女なりの照れ隠しだ。その証拠に、ほら。よく見れば頬が赤くなってる。

 ……正直なところ、黒羽には安全な場所にいて欲しい思いもある。だけど彼女のことだから、僕が何を言おうと付いてくるだろう。それに実際、黒羽が隣にいてくれれば、僕としても安心感が桁違いなのだ。

 これで三人。君たちはどうする? と狐組に視線を送れば、結城が呆れ顔でため息を吐いた。


「認めたくはねぇが、今ばかりは楓に同感だ。絢音は俺らを助けてくれた。利子をつけられる前に借りを返しておかねえとな」

「あら。結城くんったら、さっきは帰ろうなんて言ってたのに。楓くんのお人好しが感染(うつ)りました?」

「俺はあくまで選択肢の一つとして出しただけだぜ。そういうお前はどうすんだよ?」

「もちろん残りますよ。あの蛇神は、まがりなりにもわたしたちの(あるじ)なんです。主君の過ちを正すのも、良き従者としての務めってね」

「みんな……!」


 ありがとう。自然と感謝の言葉が漏れる。かつては殺し合った狐たち二人に、僕は久しぶりの親近感を覚えていた。


「ケッ、てめぇからお礼とか吐き気がするぜ」

「虫唾が走りますね」


 前言撤回。やっぱこいつらはこいつらだった。


「交友を育むのも結構ですけど、目下の課題は何一つ解決してないんですよ? 今のところ打開策もありませんし」

「分かってるよ。だから僕だって考えてる。だけど……」


 蛇神陣営の戦力は圧倒的。正面からぶつかっても勝ち目は薄い。となれば、操られた人間たちはこの際無視して、本命の蛇神に全力を以てあたるしかないだろう。

 が、しかし。その本命がこれまた強いのだ。四人の力を合わせても、勝利を掴める可能性は低い。策らしい策も無いし…………


 ――いや、ちょっと待てよ?


「……ある」

「はい?」


 木崎が素っ頓狂な声を上げる。何か言いかけた彼女を手で制して、芽生えた一つの可能性に、僕は思考を集中させた。

 脳内で、木崎の仮説を最初から辿っていく。蛇神は人間を洗脳し、かりそめの信仰を生み出した。そこから得た力で洗脳を維持しつつ、さらにその対象を増やしていった。合理的だし、納得もいく。僕がこれまでに見てきた状況証拠は、多少なりともこの説を裏付けるものだ。


 ……だとすれば。


「勝てるかもしれない」


 口にした瞬間、室内に二度目のどよめきが走る。期待に満ちた眼差しが一斉に僕へと注がれた。

 その事に少し気恥ずかしさを覚えながら、僕は皆に、まとまったばかりの考えを打ち明ける。


「今から説明するよ。あの蛇神を打ち倒すための、ちょっと強引な作戦をね」

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