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第三十七幕 誰が為に鐘は鳴る。

 ラジャル・クォーザは困惑した顔で、共に戦っていた同志を見ていた。


 闇の天使、シルスグリア。

 彼女の全身の半分が消滅していたからだ。


「なん、だ?」

 シルスグリアは左顔半分が無くなっていた。

 背中にあった黒い方の翼は消えている。

 身体中が孔だらけになっている。

 右脚が無くなっている。

 

「……? 何が起こった?」

 ラジャルは四つの頭とも、困った顔をしていた。


「ヒドラよ、すまない」

 そう言うと、彼女は大地へと落下していく。


 そのまま、シルスグリアは地面に墜落した後、動かなくなる。


「……………!? 何が、起こった……?」

 ヒドラは思考を巡らせる。

 突然、皆既日食が起き、そして淡いオーロラが世界全体に広がった。何かの攻撃が来るであろう事は予測出来た。

 サウルグロスが何か攻撃を行ったのは間違いない。

 ただ、分かった事は。

 先程まで、共に戦っていた同胞(シルスグリア)が、息を引き取ってしまったという事だった。



 ルブルとメアリーの二人は、スフィンクス型にデザインした縫合ゾンビの上に跨りながら、ミントとイブリアと合流を果たした。


「何か起こったわよ」

 メアリーは、ミントと初めて対面する事になる竜王イブリアに告げる。


「何か、空にオーロラが広がって。その後、私達には何事も無かったけれど」

 ルブルが言う。


 竜王イブリアは、二人へと近寄る。


「対面するのは初めてだな。お前達がルブルとメアリーだろう? 砂漠にお前が我が居住地に侵入してきた時、お前達は私に声を掛けたな」

「ん、ええっと、貴方は……?」

 ルブルは、うーん、と額に指先を置く。


「ルブル。彼が竜王イブリアよ。そうよね?」

 メアリーが訊ねる。

 イブリアは頷く。


「今は人間の姿をしているのかしら? 先程、一度、サウルグロスを焼いた魔法、あれを放ったのは貴方かしら? 私はてっきり、ミントだと思っていたけれども……」

「そうだ。ミントが放った太陽の魔法に加算して、私がかつてルクレツィアを凍土の砂漠へと変えた魔法を奴に撃ち込んだ。メアリー、貴殿のお陰だ。あの攻撃を成功させたのは。それにしても、お前の幻影の力は本当に素晴らしかった」

 イブリアは素直に感謝と賛辞の言葉を言う。


 二人は今回、初めて顔合わせをしたのだ。

 何の打ち合わせも無しに、滅びの太陽『ヒューペリオン』の幻を作って、一度はサウルグロスを倒したのは、メアリーの咄嗟の機転に他ならなかった。


「でも倒し切れなかった。だから、今、私達は窮地に陥っているわね」

「終わった事は仕方が無い。とにかく、一刻も早く、次の手を考えねばなるまい」

 イブリアは言う。

 メアリーは頷く。


「先程、何が起こったのかしら? オーロラが世界全体に広がった後に、消えた」

 メアリーは訊ねた。


「私はこの世界のあらゆる場所に“眼”を張り巡らせる事が出来る。遠隔視認の魔法が使える。なので“視ていた”。説明する。ミズガルマの軍団が全滅した。更にこのルクレツィア全てに存在するデーモン族全ても絶滅したみたいだ。加えて、半分、悪魔の肉体を持つ闇の天使シルスグリアも巻き添えを喰らって死亡した」

 イブリアは、淡々と先程、起こった事を説明する。


「なるほど…………」

 メアリーは唇に指先を置く。


「どういう力なのかしら? 概要を教えて欲しいわね」

「現象だけで分析するならば、あのオーロラの完成系の力は、生物をグロテスクな怪物への進化を施すものではなく。逆に、進化を終わらせる。つまり、一つの種族を“絶滅”させる力だったみたいだ。どうやら、サウルグロスはそれを理解した」

「成る程、ね…………。となると、極めてやっかいね。私には分かるわ。奴が次は、一体、どのような思考を練っているかをね」

 メアリーは極めて不愉快そうに言った。


「二人共乗って」

 ルブルはスフィンクス型のアンデッドの上に跨るように、ミントとイブリアに告げる。

 ミントは露骨に嫌そうな顔をするが、イブリアがゾンビの背に跨ると、彼女も後を続く。


 そして、四人を乗せてスフィンクス型のゾンビは空へとはばたいていく。


「処でメアリー。もし、貴方なら、次は何をするつもり?」

 ミントは訊ねる。


「そうね。よく分かるわ。まず、すぐには楽しみを終わらせない。存分に、私達を嬲るでしょうね。…………急いだ方がいいわ」


 四名は太陽の光が降り注ぐ中、空を進んでいく。



 サウルグロスは闇の魔法をルクレツィア全土に撒き散らしていく。


「この世界に生きとし生ける者全てを皆殺しにしてやろうぞ。草木さえも残さぬ。全てを根絶やしにしてやる」

 彼は帝都上空で制止しながら、暗黒の球体を撒いていた。その球体に吸い込まれていく生命達は次々と死に絶えていく。あるいは、サウルグロスの力の糧へと変わっていく。


 もはや、彼を倒す術は無かった。


 生命の終焉。


 ルクレツィアは、今日、終わりを告げようとしていた。


 彼は四方を地平線の先まで見渡す。

 都市は廃墟と化しているが、生き残った者達は静かに身を潜めている筈だ。


 サウルグロスは空中で静止しながら、ルクレツィアに生きる者全てに呼び掛ける。彼はテレパシーの魔法を使って、この世界に生きる者達全てに彼の声を送り届けた。彼の声は魔法を詠唱している時のような、特殊な音質へと変化する。


<聞こえるか? ルクレツィアの者共よ>

 彼は高らかに叫んだ。


<我の名はサウルグロス。滅びのドラゴンだ。さて、簡潔に問う>

 その声は、ルクレツィアに生きる全ての者達に聞こえていた。


<エルフかオーク。俺はどちらかを絶滅させる。一人残らず殺す。お前達で選べ。もう片方の種族は生かしてやる>

 彼は何処までも邪悪な提案を行うのだった。



 宮殿の中に戻っていた、ザルクファンドは戦慄していた。


<あ、あいつ。あのクソ野郎ッ! 何処まで悪の底が無いんだ!? イカれてやがる。どうせ、どちらも皆殺しにするつもりだろう!? 何故、我々に選ばせようとする!?>


「私達に選ばせる、という事ね」

 クレリックの長である老婦人、サレシアは険しい顔をしていた。


<先程、ミズガルマの軍団が全滅した。おそらく、あのオーロラの本来の使い方は、生物を異形のものへ変える性質ではなくて、生物を、一つの種族を、一人残らず根絶やしにする力、絶滅させる力だ……。イカれてやがる。…………>

 ザルクファンドは、その巨体の鉤爪で壁を引き裂き、やり場の無い怒りをぶつける。


「亡霊達の猛攻も続いていますわ。ザルク、先程、ルクレツィア国王バザーリアンが死亡したという訃報が入りました」

<そうか……>

「ええ、それだけでなく、この宮殿中から私達は生き残った者達を担いで脱出した方がいいですわね。傷が深く死んだ者達が次々と亡霊化して彷徨っています。そして、生き残った者達は、亡霊達を倒している。余りにもやりきれません…………」

 サレシアはとてもやりきれないといった顔をしていた。


<殺し合わせるつもりだ。エルフとオークと言ったな。その二つの種族を殺し合わせて、殺し合いに勝利した方が生き残る権利が得られると思わせるつもりだっ!>

 ザルクファンドは悲痛の声を上げていた。


「でしょうね……。次は、人間とミノタウロス。その次は、トロールと鳥人。そういったように、仕向けるつもりでしょう。我々の間で憎しみが巻き起こります。亡霊による襲撃もそうです。愛する者達の亡霊に苦しんで殺された者達も多いと聞きます」

 サレシアは何とか気丈に、現在の状況を分析しようとしていた。


 二人は、サウルグロスのドス黒い暗黒の精神に吐き気を抱いていた。

 否、ザルクファンドは一度は彼に従い、ルクレツィアを襲撃した。田舎街であるプラン・ドランを……、それを考えると、ザルクファンドは、その意味の罪の重さに心を焼かれる気分になる。決して従ってはいけない相手だった。


<サレシア>

 ドラゴン魔道士は言った。

「なんでしょうか、ザルク」

<もし、我らが再び対立するような事があれば…………>

「狙いはそうでしょうね。ですから、どうすれば、共に立ち上がれるか。結束を壊されないように考えましょう。これは奴が私達の心を削り取る為の攻撃でもあるのです」

 サレシアは手にしたクレリックの杖を頑なに握り締めていた。


 二人の周辺には、襲撃してきた亡霊達の精神の残滓が亡骸のように漂っていた。

 嫌な予感を感じ取って戻ったザルクファンドが、サレシア達を守る為に、重力魔法によって消滅させたのだった。

 やがて、亡霊達の亡骸は、静かに無へと消えていった…………。


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