第三十一幕 ルクレツィア包囲戦。
1
夜明けが訪れる。
まるで、敵のやり方を、そっくりそのまま返すように、その攻撃は行われた。
オーロラによって変形した生き物達の死体。
それらが歪に融合し、奇声を発しながら、翼を広げていた。
ルブルの縫合ゾンビだった。
非道極まりないルブルの性格上、死体を利用するのは至極当たり前の事だった。この戦によって死亡したドラゴン達の死体。ドラゴン達の炎によって焼かれた者達の死体。そして、オーロラによって変形した生物達の死体。それらが縫合され、融合し、一個の塊となって、サウルグロスのいる方角へと向かってくる。
暗黒のドラゴンは、両手から緑に輝く黒き炎を放り投げ、空を浮遊するアンデッドの群れを焼き滅ぼしていく。
「不愉快だ」
彼は思わず、そう呟いていた。
サウルグロスは、ふと、気付く。
オーロラによって、誕生した怪物達の大部分が倒されている事に。
そして、彼を崇拝していたドラゴン達も倒されてしまっている事に、だ。
だが、それでも、滅びのドラゴンは余裕の表情を崩さなかった。
自分一人のみいればそれでいい。
自分のみが頂点なのだ。
閃光が煌めいた。
空には、闇の天使シルスグリアの槍が翳されていた。
それが、サウルグロスの頭部へと闇色の虹を飛ばしてきた。
ドラゴンは、咄嗟に、魔力によってそれを防御する。闇色の虹は弾け飛び、周辺を浮遊し、はばたいていた、オーロラの怪物達を塵へと変えていく。
「愚かなっ!」
サウルグロスは、ただ叫んだ。
闇の天使は、次は弓を手にして、闇色に光る矢を解き放っていた。
サウルグロスは、防御魔法を詠唱する事により、事前にそれらを弾き落とそうと考える。
雷鳴のようなものが鳴り響いた。
サウルグロスは別の方角を見る。
すると、そこには翼を広げた、ドラゴンのように四肢を持つ、四つの頭を持つ蛇が魔法を紡いでいた。暴風が生まれる。雷が混ざる。空に亀裂が走っているかのようだった。
稲光と旋風の刃が、同時にサウルグロスに直撃する。
サウルグロスは防御魔法を唱え、その攻撃を弾き飛ばしていく。
「ゴミ共があああああああああああああああああああああああっ!」
滅びのドラゴンは、怒りに満ちた咆哮を上げた。
†
サウルグロスは思考する。
何故、この者達は絶望しないのか。
彼らが守ろうとしている“故郷”のようなものに、どれ程の価値があるのか。
……少しずつ、練り込んだ計画が崩されている。
サウルグロスは空を見た。
太陽……。
日の光……。
もはや、彼にとって、それは忌むべきものでしかなかった。
ダメージは確実に蓄積していた。
どうやら、配下としていたドラゴン達の何割かは、サウルグロスの下を去っていってしまったみたいだった。おそらく、ザルクファンドが何らかの小細工をしたのかもしれない。極めて気に入らない。グロスは、思い通りにいかない自身の戦略に、少しだけ焦燥感を抱き始めていた。
「おのれ…………」
覚悟しなければならないのか?
自分自身が、卑小な者達に倒されるのを……。
サウルグロスは、思考を巡らせる。
「ならば。この俺は、お前達から学ばせて貰う。……ある筈は無いが……、もし、この俺が朽ちるならば……」
彼は、おそらくは、この世界に生み落とされて、初めて敵から学んだ。
そして、そのアイデアは、絶大なまでに、敵を絶望させるものであろう事も知っていた。
そして、彼は時間稼ぎの為に、予め作っておいた、オーロラによって生み出された怪物達のストックを解放する。
主に、砂漠に住むサンド・ワームなどが変化を遂げた姿をしていた。
残ったオーロラの怪物達は、次々と、ルクレツィアの都市内へと進軍していく。
2
巨大な関節肢を有する、二足歩行の昆虫型巨人が都市を闊歩していく。
四足歩行の姿もあった。
サソリやバッタ、スカラベやカブトムシ。クワガタムシ、カマキリやムカデ、タランチュラなどをベースにしているが、それらは間違いなく、生体を素材とする兵器であった。
ミランダがロギスマと取り引きをして作り上げた、全身に国家憲法の魔方陣が記された化け物達。
それらの怪物達が、闊歩し、都市を歩き続ける。
スカラベの肉体を持ち、サソリの尾を持ち、大蜘蛛の頭部をしている生体兵器の背中に、ミランダは玉座を構えて進軍していた。
「焼け、薙ぎ払えっ!」
ミランダは怪物達に命令する。
すると、怪物達の口から、漆黒の炎の弾丸が解き放たれて、次々と、オーロラにより変容した怪物達を打ち倒していった。
そして、怪物達が撃ち込んだ弾丸が直撃した場所からは、巨大なキノコ雲が幾つも空へと登っていく。
玉座の背後にいた、ジャッカルの頭部をした獣人の一人が唸る。
「ミランダ様、これを撃ち込んだ場所は、草木さえ死に絶える死の都と化しますぞ!」
「だから?」
彼女はよく分からない、といった顔をする。
「ルクレツィアの都市が汚染されていきます……」
「だから? アレらを放置していた方が、ルクレツィアは滅びるでしょう? 何を言っているか分からないわ。草木が生えないのなら、人工物の草木でも植えればいいじゃない?」
「……国民達も住めない場所になりますぞ……」
「なら、スラムの奴隷達の居住区域を汚染区域に移せば? さっきから、貴方、何を言っているかよく分からないわ」
そう言いながら、ミランダは高揚として、両手を広げる。
そして、何度も、砲撃の命令を下す。
「いいじゃない。仮にあのオーロラの化け物共を仕留め損ねても。汚染によって、毒殺出来るんだからねえぇ! ほら、花火、花火、花火が上がっている。うふふふふふふっ! ドラゴンだって、私の国家憲法の軍団ならば、打ち倒せるわ。勝利の御旗を上げましょうっ! この帝都にっ!」
ミランダは、ミズガルマの軍団と合流を果たす。
巨大な黄金色のスライムが、ぷるぷると、震える。
<我はミズガルマなるぞ。そなたが国家最高武力を誇る、ミランダ殿か>
「あら、貴方がミズガルマなのですね。初めまして、わたくしが、ミランダですわ。この帝都ルクレツィアの事実上の影の女帝ですわ。わたくしこそが、この国家の権力基盤そのものですから」
彼女は、うっとりと自画自賛のメロディーを鼻歌で奏でる。
「処でミズガルマ様。あの黒い炎は何で生成されているんでしたっけ?」
悪魔の一体が、巨大な黄金のスライムに訊ねる。
<原子爆弾と、ロギスマは呼んでおる。放射能という半永久的に浄化されない致死の毒を撒き散らすが、まあ、致し方あるまい。我らがルクレツィアを守護する為の強大な魔力の産物なるぞ。核兵器とも呼んでおる>
そう言いながら、魔王ミズガルマは、全身から、金塊を撒き散らしていく。
おそらく、それは魔王にとっての汗のようなものなのだろう。
魔王が体液を流す度に、悪魔の何体かはそれに群がり歓喜の震え声を上げていた。
「じゃあ、その核兵器を。あの邪魔で不愉快なドラゴン達のボスに撃ち込みましょう。全身全霊でっ! たとえ、この帝都がどれ程の痛みを伴おうともっ! 我らの勝利はそれ程に尊いのですからっ!」
悪魔の一体が叫ぶ。
<ミランダ殿は始めからそのつもりなのだろう。しかるべき場所まで向かえば、昆虫型魔法生物達は、核の砲撃を取り行う。みておれ、これにより、周辺が死都となるであろう。だが、我らが悪魔族と、連盟を結んでいるパラダイス・フォールのメンバー達に大いなる恵みを授けてくれるであろうぞ!>
そう、小便のような色をした液体怪物は高らかに叫んだ。
ミランダは、ミズガルマの説明に呼応するかのように、怪物達に新たな指揮を下す。
ミランダは嬉々としていた。
彼女は、致死の毒によって、帝都の国民達が苦しむ事も、明らかに楽しむつもりでいた。国民の苦しみこそが、ミランダにとっての幸福でもあった。
「では、発射するぞっ!」
ミランダは叫ぶ。
国家憲法が書き綴られた怪物達は、口腔を開く。
瞬く間に、次々と、流星のごとき弾丸が彼方にいるドラゴンの王に向けて発射されていく。
キノコ雲が辺り一面に舞い上がっていった。
ミランダと共に作り上げた大量破壊兵器の威力を、ロギスマは、空高くから見て、満足そうに眺めていた。そして、心なしか、涙さえ湧き上がってくる。
いわく、破壊は美しい。
いわく、生命の終焉は美しい。
いわく、生命の根絶は美しい。
放射能の致死の毒は、半永久的にルクレツィアの各所を汚染し続けるだろうが。そんな事は知った事ではない。ミズガルマやロギスマにとっても、ミランダにとっても。
……なんなら、被曝者達の為の、医療ビジネスを生み出すチャンスに繋がる。
ロギスマが、秘かに、別世界の次元に行って、この世界に持ち込んだ技術だ。
それを、ミランダが完成させた。
努力と苦労の結晶そのものだ、これを喜ばずにして、何を喜ぶべきかっ!




