第二十五幕 オーロラとドラゴン。3
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巨大な四足歩行をした、翼の生えた獣がメアリーを見ていた。
その獣に従うように、腐肉を垂らしているオーロラの獣達が集まってきた。おそらくは、元々はルブルの城の一部にされていたアンデッド達だ。
「何よ? これ?」
ルブルが、極めて不快そうな顔で、彼らを見ていた。
「何? この私に復讐にでも来たわけ? 笑わせないでよっ!」
魔女はせせら笑う。
だが、その声の裏側には、明らかに焦りのようなものがあった。
消耗が激しい。
この怪物達、全てを相手にしていられる余裕があるかどうかは分からない。
メアリーは、先のヴァルドラ戦において、かなりの消耗をしていた。気絶から回復したが、今にも、再び、昏倒してしまいそうな状態だった。
それでも、彼女は、両手に、幻影により実体化した鉈を生み出す。
「いつでも、来なさい。今度こそ、頭蓋を叩き潰してあげるわ」
彼女は、それだけ、精一杯に言う。
怪物化したリコットは、一本一本が馬上槍のような形状の鉤爪によって、メアリーへと襲い掛かる。メアリーは、鉤爪の一本一本を、鉈で弾いていく。だが……。
メアリーは防戦を一方的に強いられていた。
鉈の一本が、宙に飛んでいく。そして、地面に突き刺さる。
メアリーは、舌打ちしながら、背後へと跳躍する。
リコットは口から涎を吐き散らしながら、メアリーを頭から丸齧りしようと迫ってくる。背中から、何本もの奇形の腕が生え出してくる。
それは、一瞬の事だった。
空中に稲光のような線が引かれる。
怪物化したリコットの首がズレ落ち、地面へと転がっていく。
後には、頭の無い巨大な獣がそのまま地面へと転がっていた。
ミントだった。
ミントが、メアリーの鉈を拾って、リコットの首を落としたのだった。
「やるじゃない」
メアリーは言う。
ミントも、またかなりの体力を使い果たしていた。
「……まだ、みたいよ……」
彼女は言う。
リコットは頭の無いまま、ミントとメアリーの方へと向き直る。
傷口の断面図からは、大量のミミズのようなものが這い出して、顔のようなものが無数に浮かんでくる。それは、かつてのリコットの面影を残した大量の顔だった。それらは笑い、啜り泣き、怒り、悲鳴を上げ続け、苦悶の表情を浮かべている。
「化け物がっ!」
ミントは叫ぶ。
そして、更にグロテスクに変容した襲い来るリコットへと、何度も、何度も、鉈を振るい続ける。リコットの両手両足が、ミントの手によって、切断されていく。ミントは、更に追撃として、胴体だけになって仰向けに倒れる怪物の腹を、鉈で裂いていく。のたうち動き回る、腸が、心臓が、飛び散っていく。
「どいてっ!」
メアリーが叫ぶ。言われて、ミントは、解体したリコットから距離を取る。
リコットの肉塊がメアリーの生み出した幻影の炎によって発火し、火だるまになり、そのまま炭化していく。
何も、何も、報われないまま、ロギスマに利用され、メアリーに凌辱され、オーロラにより変貌を遂げた、一人の少女の命は、脆く、崩れ去っていった…………。
「しぶとかったわね」
クレリックの少女は言う。
「元々、悪魔種族の少女がオーロラによって変容した化け物だから。強大な生物へと変貌したのかもしれない。となると、悪魔種族がオーロラを浴びた場合、極めて危険な生物が誕生するわね」
そう、魔女の召使いは言う。
そして。
周りを取り囲んでいた、アンデッドであった腐敗臭を放ち続ける、崩れた肉体の四足歩行の怪物達へと、二人は、各々の生み出す炎を撒き散らしていく。
…………、既に、空は夜の時間をとうに過ぎていた。
不死の怪物達は、夜闇に浮かぶ焔によって、塵へと帰っていく。
†
半獣人のグリーシャは、三人の戦いを眺めながら、漁夫の利を得ようとしていた。
今ならば、メアリー、魔女ルブル、そして受胎告知の娘ミント全員を殺害する事が出来る。彼女は心の中で、ほくそ笑んでいた。




