第二十四幕 滅びのドラゴン達。4
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自らの同胞達が待つ、黄金の宮殿へと、ロギスマは降り立つ。
見る処によれば、帝都の集めた兵隊達や、ギルドの者達も、そしてジャレスも、みな苦戦している。
ドラゴン達の軍団は、いずれ、パラダイス・フォールをも壊滅させるだろう。
それは防がなければならない。
外には、ヤシの実がなる宮殿の中で、ロギスマは、自らの君主である悪魔の王の住まう場所へと向かった。彼は、宮殿の奥へと向かっていく。
豪奢な金銀や宝石によって、彩られた扉に辿り着く。
「魔王様。帝都の者達は、このままでは敗北します。どうか、御力を頂けませんでしょうか?」
ロギスマは、握り拳を地面に付け、かしずきながら、自らの主に願った。
「そして、我々もまた、危うい。兵団を結成し、我らの力により、ドラゴン達を撃退しましょうぞ」
ロギスマは、少しだけ、胸を躍らせていた。
退屈なこの世界が、破壊されていく。
デーモンであるロギスマにとって、たとえ、それが同種がもたらしたものでなくとも、実に楽しくて仕方が無い事態でもあった。
<ロギスマよ>
魔王のいる部屋の奥から、声が鳴り響く。
<我、自らが出向く。お主らには、手に余る敵であろう>
ロギスマは、少し耳を疑った。
「ミズガルマ様、自らが赴くのですか?」
彼は、顔を上げ、息を飲む。
ドアが開かれる。
そして、ミズガルマはその正体を現す。
黄金色をした、液体だった。
金の粉のようでもあり、小便の濁流のようでもあった。どちらにせよ、下品極まりない姿だった。
ミズガルマの正体は、金色の色をした不定形の液体。
つまり、巨大なスライムであった。
「おお、魔王様。なんと、その麗しいお雄姿。おお、このわたくしめも、兵団を率いて、後に続きますぞっ!」
ロギスマは、その姿を見ながら、神々しさを感じて、しばし喜びに打ちひしがれる。
そして、ロギスマは、宮殿内のミズガルマの部下達を呼び寄せて、ドラゴン達と戦争する為の兵隊を募る。腕が六つある鬼。頭が二つある巨人。バッタの下半身を持った女戦士、無数のコブラの頭を持った魔法使い、イソギンチャクのような頭をした苔の怪物など、様々な姿をした、悪魔族の者達が集まってくる。彼らは手に手に、弓や剣、槍や杖といった、各々の得物を手にしていた。
その数は、実に、数百体にも及ぶ。
そして、悪魔族達の、下の兵士として、巨大なサソリやスカラベといった、虫族の戦士達も集まってくる。
「将軍殿っ! 我ら、デーモン族こそが、ルクレツィアの所有者である。我ら力を、今こそ、ルクレツィア帝都に住まう者達に示しましょうぞっ!」
腕が六つある鬼が叫ぶ。
ロギスマは、嬉しそうに呼応する。
巨大な不定形のスライムが砂漠の大地を徘徊し、その後を、無数の悪魔の兵隊達が、付き従う。ミズガルマは、時折、ぷるぷる、と全身を震わせながら、何かしらの意志表示を示していた。様々な邪悪な姿をした悪魔達は、ミズガルマのそのような呼吸に合わせて、時折、感涙したり、高揚したり、ときの声を上げ始める。
時折、砂漠の怪物であるサンド・ワームに一団が襲撃されるが、ミズガルマは、自らの力を示すかのように、その弾力性のある肉体で、サンド・ワームに張り付き、全身を締め上げて、打ち倒していく。
それを見て、悪魔達の間では、盛大な喝采が巻き起こり始めた。
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「計画を決めるわ。おそらく、これまでの秩序は崩壊する。帝都は破壊され尽くされている。国民達の多くがドラゴンの餌食にされている。だが、この私とパラダイス・フォールが、帝都を立て直すっ!」
貴族達の宮殿の中で、ミランダは、武器商人や兵器開発担当者達に指揮を取っていた。
「竜王イブリアなんて存在は、私はいないと思っている。何が数百年前の取り決め? ギルドやギルド・マスター達は、邪魔でしかなかった。そして、これは、チャンスなの。ドラゴン達を使って、ギルドを破壊させましょう。そして、最後に勝つのは、我らパラダイス・フォールよっ!」
ミランダは、哄笑する。
大富豪や奴隷商人達は、彼女の狂気的な笑みに、戦慄を覚えていた。
この女も、ジャレス同様に、壊れていた。
自らの命さえも脅かされる状況下において、自らの富や利潤の事ばかりを考え続けている。彼女の権力志向と支配欲、そして、何処までも傲慢そのものの漲る自信は、他の貴族や利権屋達には、追随を許さないものがあった。
「ミランダ様、勝機はあるのですか?」
富豪の一人が、訊ねる。
「ロギスマが、大魔王から力を借りるそうよ。悪魔達も、総力戦を行う筈ねえ。そして、私も、奥の手を使うつもりでいる。この私の富と力によって作り上げた、強大な怪物達を、この帝都に解き放つ!」
ミランダは叫ぶ。
「我らが、権力の象徴、国家憲法の軍団を解放するっ!」
強欲にして、傲慢な女貴族は、楽しげに笑った。
武器商人の一人が、ミランダに支持されて、宮殿地下の兵器格納庫へと向かう。
そこには、全身を、強迫的で、妄執的なまでに、ルクレツィア国家の法典と国家憲法が記された怪物達の姿があった。昆虫を思わせる身体に書かれた法典と国家憲法の文書は、そのまま魔術方陣となっているみたいだった。
その武器商人は、兵器達を見て、改めて、これらのものを作り上げてきた、ミランダという女に対して、戦慄する。




