第二十三幕 宮殿から見える世界。2
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ギルドの者達が立場を超えて、共に、迫りくる邪悪なドラゴンの群れと戦おうとしている最中の事だった。
空は曇りだ。
帝都の街中の事だった。
デス・ウィングは商店街や繁華街の通りを歩いていく。
人々は平和そうな顔をしていた。
これから、自分達の運命がどうなるのか、知るよしもない、といった顔だった。
デス・ウィングはある場所へ向かい、ある人物の下へと会おうと考えていた処だった。
彼女は背中に、ズックを背負っていた。
しばらくの間、適当な場所に隠していたものだ。
ミントと共に、この世界の宗教の秘密を知った時に手に入れたものだ。
『パラダイス・フォール』。
腐敗した帝都の貴族達。
ジャレスや悪魔の将軍ロギスマなどが取り仕切っているが、未だ、その全貌は分からない。
人々の喧騒が聞こえる。
魔法によって作られた、映画の物語を見ていた。
路上には、風俗街が立ち並ぶ。
そして、デス・ウィングは繁華街から少し離れた華やかな宮殿へと向かった。
そこは、帝都の王宮にも負けない程に、豪奢な宮殿だった。
見張り兵である、ジャッカルの頭をした獣人達がいた。
デス・ウィングは、彼らに一切、気付かれずに、この宮殿の主達の下へと向かった。
†
どうやら、此処でも、会合が開かれているみたいだった。
醜悪な顔の老人がいた。
豪奢な緋色のドレスの女がいた。
そして、コンドルのような翼の歯茎を剥き出しにした、鬼のような面相の灰色の肌の悪魔がいた。
その他にも、何名かの貴族や利権屋、軍事ビジネスを行っている武器商人達がいた。
彼らは豪奢なテーブルと椅子に座りながら、今後の事に関して話し合っているみたいだった。
「何用?」
現れた無礼者の訪問者に対して、ドレスの女は訊ねる。
「私の名は、デス・ウィング……。そこのデーモン。久しいな」
死の翼は、悪魔の将軍、ロギスマに告げる。
「おい、てめぇえ。何しに、このパラダイス・フォールの談合に来やがったんだ?」
ロギスマは訊ねる。
「うんと、まあ」
デス・ウィングは、ズックの中に入っていたものを投げ捨てる。
ごろり、と。
死後に国王の永遠の従者として仕える者となった、ミイラ化したクレリック、ルディアーンの生首が転がる。彼は今だ生きていた。いや、生きていたというよりも、アンデッド処置によって生かされる状態と化していた。デス・ウィングは、彼をずっと、いつか使える日の為に、頭を潰さずに、隠し持っていた。
「つい先日、こいつが色々とお前らパラダイス・フォールの事に関して話してくれた。彼が私に話してくれた事だが、元護衛軍のハルシャとも、魔女ルブルやメアリーとも、受胎告知の娘ミントとも、情報を共有していない。国王の子息を殺してやろうか? と訊ねたら、話してくれたよ、お前らの事をな」
デス・ウィングは楽しそうだった。
「何かしら? 私はこのパーティーの主催者としての責任がありますの。曲者が出ていってくれないかしら?」
赤いドレスの女、ミランダが椅子から立ち上がる。
そして、両手には、何かしらのエネルギーを集約させているみたいだった。いつでも、彼女はデス・ウィングを攻撃する準備でいるみたいだった。
「お前らは何を考えている?」
死の翼は淡々と訊ねた。
「それを知って、どうなるんだ?」
口髭だらけの初老の男が口を挟む。
「興味があるからだ。お前らの“悪意”にだよ」
彼女はそれだけ返す。
「わしの名はザシャーニアン。工業を取り締まっておる。帝都の武器開発、兵士育成にも携わっている。資産家でもあるぞ。このわしに逆らうのか?」
「ああ、お前、あれか。盗賊の頭が言っていた、利権屋とか言う奴か。此処にいる全員もそうだったっけ? お前らがルクレツィアで言う処の、所謂、経済団体連合? 軍産複合体?」
「今、帝都は危機にあるのよ。儲かるチャンスじゃない? 人民達にはドラゴンの脅威を知らせていない。ドラゴンを倒した後、彼らの命を使って、儲けさせて貰うわ」
「惨事便乗型経済を引き起こすんだな? つまり、貧困者が増えて、もっとスラムは増えるな」
デス・ウィングは関心したように言う。
ミランダの顔には、何一つとして躊躇が無かったからだ。
その顔には、自分達以外の命の価値を見出していない、貪欲なまでの傲慢さがあった。
「そういう事。人民は生かさず殺さず。私達は、今、大切なお金の話をしているの。利益をどう配分するか」
ミランダは淡々と告げた。
「受胎告知の娘、ミントがお前らを随分と憎悪していたなあ。人でなし、と」
デス・ウィングは楽しそうに笑う。
「何が言いたいのかしらぁ? 下層民」
ミランダは傲慢そのものに言い放つ。
「デス・ウィング。なあぁ、俺達は、ビジネスの話をしているだけだぜぇ。ドラゴンを倒した後の事まで考えなければならねぇーんだ。経済を復興させなければ、国家がボロボロになる。家を失った者達や財産を失った者達に住む家や職を与えなければならねぇーんだ」
ロギスマは言う。
「そこの生首が吐いたぞ。お前ら、定期的に、大悪魔ミズガルマとルクレツィア帝都は、戦争を続けているって嘘を国民に撒き散らして、大悪魔の配下達と戦った者達には、報奨金が大量に手に入るってな。で、定期的に、ルクレツィアに脅威を送り込んでいっただろ? アレンタっていう辺境の村を滅ぼした後に、大量に貧困層の中から、兵士を作り上げたんだっけ?」
デス・ウィングは、淡々と、糾弾するだけでもなく、事実確認を訊ねる。
「そうね。何が悪いのかしら? 彼らは仕事を欲しがっている。だから、経済的徴兵制を敷いて何が悪かったかしら?」
ミランダは、何も悪びれずに言う。
「良いとか悪いとか、この私には興味が無いんだ。興味があるのは、お前らの“悪意”や残虐性や無慈悲さなんだよ。だからその、好奇心で、私は此処に来た。お前達が、此処で談合をしている間、ギルドの代表者達は、ルクレツィア全体を滅ぼしかねないドラゴン達との戦いを考えている。その裏で、お前らは利権の事ばかり話している。いや、その、凄まじい神経だな、って思ってさ」
デス・ウィングは、本当に楽しそうに笑った。
この場にいた者達全員が、訪問者に対して、強い殺意を向ける。
「ロギスマ」
デス・ウィングは、デーモンの男を見る。
「大悪魔ミズガルマなんて存在、本当にいるのか? お前らが戦争ビジネスやる為に作り上げた、捏造上の存在なんじゃないのか? 後、冒険者ギルドって、アレだろ。お前ら貴族が上手い具合に搾取する為に作らせた、無知な人民を祀り上げる為の、ブラックな派遣会社だろ?」
彼女は、なおも淡々と訊ねていく。
ロギスマは腹を抱えて、笑い転げた。
「大体、合っているなああああああああぁっ! だが、そこに転がっている生首は知らねぇだろぉが、我らデーモン種族の王である大魔王様は実在する。あの方もまた、ルクレツィアの覇権を求めておられる。俺は国王とパラダイス・フォールのメンバーと共に、俺の側の王様にも忠誠を誓っているってだけだぁああああぁ!」
悪魔の将軍は、ゲラゲラと笑った。
「そうか。大体、分かった。私の好奇心を満たせたから、そろそろ帰るとするよ。そこの生首は置いていく」
そう言うと、デス・ウィングは、宮殿を出ていった。
何処までも傍若無人な態度に対して、貴族及び利権屋達は、怒り狂っていた。
だが、ミランダとロギスマの二人だけは、妙に落ち着き払った態度で、デス・ウィングを見ていた。
「彼女は利用出来るわね」
ミランダがロギスマに言う。
「ひひっ、だろ。すげぇ、怖ぇ女だが、あいつの性格は分かったよ。あいつには、正義感や倫理観なんてねぇんだ。本当に、ただ単に、他人の悪意を覗き見たいが為に、此処に来ただけだ。何か利用出来るかもしれねぇ」
ミランダとロギスマは、前線に立つ戦士でもある。
二人は、ある程度、肝が座っていた。
「私は、権力統治装置。私は政治権力そのもの。敵が強大ならば、それを利用しましょうっ! あの女も、ドラゴン達も、全て我らの富の栄光の為に使うのよっ!」
この帝都の権力の基盤を国王よりも、遥かに操っている女は嬉々として、そう述べたのだった。
†
「ドラゴン達が住む火山の主とされる、『黒き鱗の王』である、副官サウルグロスが全面的に指揮を取っているが。本当に、黒き鱗なるものが存在するのか、サウルグロスを裏切った、ザルクファンドは言っていたぜ。どうも、グロスの捏造した架空の存在なんじゃないかってな」
シトリーは、サレシアに言う。
二人共、険悪な空気は出していたが、ハルシャの支持により、共に行動する事になった。二人共、前線に立つ者達の後方支援をする、という役割だった。
「あら、そうですの?」
貴婦人は、興味深そうに訊ねた。
「俺達のギルドに入った、奴らを裏切った、ドラゴン魔道士のザルクファンドの話によると、サウルグロスが崇拝している黒き鱗なる火山の王を見た者はいないそうだ。だから、存在しない可能性がある。存在しないものに対して、サウルグロスはそれを崇拝するように、配下のドラゴン達に支持していたわけだ」
シトリーは、神妙な顔で言った。
「だとするならば、偶像崇拝そのものですわね」
サレシアはそう返す。
「ああ。サウルグロスもまた、宗教を利用している。彼自身にはカリスマ性が無かったのかもしれない。だからこそ、存在しない強大なものを作る必要があったのかもな。俺には分からない事だが」
そう言いながら、シトリーは何かを考えてみた。
†
デス・ウィングは、帝都の住民達と何気ない会話をしていた。
道を聞いてみたり、露店で買い物をしてみたり。
すると、意外な話が聞けた。
「ドラゴン……? 我らが竜王さまの血を引く、国王様がなんとかしてくれるんじゃねぇの?」
ある青年は淡々とフルーツを齧りながら、そう言う。
彼らは、西でのドラゴン達によるエルフの虐殺の話さえも知らなかったのだ。
他の若者達も、口々に言う。
「まあ、冒険者ギルドの奴ら、沢山、死んだらしいが、あいつらって強い奴ら多いんだろ? だから、冒険者ギルドの奴らが何とかしてくれるんじゃねぇの?」
「いや、戦士ギルドの奴らだよ。やっぱ強ぇーし、俺憧れるんだよな。スラムに住まうおそろしい盗賊達を退けたらしいぜ」
「冒険者ギルドには、異世界から転生した英雄がいるらしいぜ。そいつはムチャクチャ強い力を手にしていて、大悪魔ミズガルマの部下達を大量に屠ったんだとさ。有名な話だろ? そいつが何とかしてくれるって」
彼らは口々にそんな事を言いながら、昼間から酒を飲んで平和ボケをしていた。
「まあ、お姉さんも、いっそ冒険者ギルドに入ってみるのもいいんじゃないかなあ? 英雄様と会えるかもしれないぜ。俺は会った事ないけどな」
「ああ、そうだな。興味が湧いたら、そうする事にするよ」
デス・ウィングは適当に調子を合わせて、その場から去る事にした。
一応、帝都から避難命令が出ている筈だが、彼らはまるで危機意識が無かった。
彼らは、……ミランダの手によって、ゴミのように使われて、挙句にオーロラによって無残に怪物へと変貌させられた冒険者ギルドのメンバー達の実情をまるで知らないみたいだった。
自分達がもうすぐドラゴン達によって殺される可能性が高いにも関わらず、まるで無関心といった感じだった。
街を歩いている者達も、特にデスクワークを行っている者達や、商人達は、無関心といった感じだった。嵐でも地震でも、直接的なものがやってこない限り、彼らは自分達の王である国王達が、どうにかして守ってくれると思っているみたいだった。
ミランダなどの力によって、帝都の者達は骨抜きにされている。
歪んだ世界認識を、現実認識を持って、日々を生きているのだ。
巨大な洗脳によって、この全体主義下の国民達は、国王達や冒険者ギルドの英雄達が、絶対的に、この国を守ってくれるものなのだと信じ込んでいるみたいだった。
デス・ウィングは、以前から彼らの会話を聞いていたが、どうやら処刑場である“果樹園”に関しても、犯罪者達には当然の処罰、と言っているものや、そんな残酷すぎるものは見たくもないし聞きたくもない、といった風情の者達が大半だった。
彼らは、平穏な日常が続く事を願っているのだ。
そして、それが当然のものとして、いつまでも約束されていると思い込んでいる。先程の宮殿の中には、帝都の仮想敵である、ミズガルマ勢力の悪魔の将軍ロギスマが、堂々と武器商人や金融業者、そしてミランダに囲まれて、談合を行っていたわけだが。帝都の者達は、ミズガルマこそが最悪の脅威であり、国王バザーリアンはミズガルマやその配下達と戦い続けている、という虚構を信じているのだ。
デス・ウィングは、そんな彼らを眺めて、心の底からほくそ笑んでいた。
本当に、何処までも、愚かだ。




