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第二十幕 漆黒の馬に踏み潰されるように、人々は死に翻弄される。 1

 炎の精霊である、ボルクリングは、ロギスマとミランダの命令によって巨大な怪物の操縦を行っていた。

 彼は自身の肉体を動力炉に浸透させる。


 これから、ガザディス達の住まう洞窟を襲撃するつもりでいた。

 ……けどなあ。

 ボルクは、あまり気乗りではなかった。


 盗賊達の背後には、強大な山の精霊がいる。

 盗賊達は、その精霊の加護の下で力を使っている。


 ミランダは、魔女とドラゴン、どちらかの下に向かうと告げていた。


 帝都貴族の武器商人達によって、大巨人は様々なカスタマイズが施されている。この怪物の力によって、村一つなら簡単に滅ぼす事が可能なのだ。



 祭壇の下に、とある冒険者ギルドの者達が集まる。


「よく集まったわ。貴方達」

 ミランダは、盗賊団を討伐する為に、集めたものだ。

 彼女はキセルで煙草を吸いながら、集まった者達の顔を眺める。


 所謂、アヌビス神のような姿をした、ジャッカルの頭部をした獣人達が、ミランダの両隣で得物を帯刀しながら、冒険者一人一人の名前を読み上げていく。


「来世にて、幸福になりたいでしょう? 功徳を積み上げるの」

 彼女は艶然と笑う。


 冒険者の一人が前に出る。

「ミランダ様。実は、わたくしめは、前世の記憶を有しております」

「ほう?」

 ミランダは面白そうに訊ねる。


「前世にて、平穏な人間をしていました」

 彼は柔和に微笑む。


「今や、わたしはA級冒険者として、みなから慕われています」

 彼は帯刀している剣の柄を、強く握り締める。


「そう」

 ミランダは笑う。


「じゃあ、貴方は盗賊じゃなくて、ドラゴン退治に向かってくれないかしら? 報酬はいくらでも出すわ。ああ、そうだ」


 アヌビス達は、祭壇の奥から、何名かのまだうら若き乙女達を呼び出す。


「あら。貴方は冒険者さん?」

 美しい少女だった。

 彼女は魔法使いなのだと言う。

「じゃあ、貴方はこの子を連れていきなさい。きっと、役に立つから」

 そう言うと、彼女は、冒険者ギルドの男の頭を撫でた。


 そして、ミランダは高らかに叫ぶ。


「帝都中に点在する、他の冒険者ギルドに連絡しろ。盗賊団を皆殺しにしろってねっ!」

 ミランダは配下達に告げる。


「魔女とドラゴンを討伐する為に、強力な冒険者ギルドのメンバーの連中を集めるのよっ! 懸賞金は幾ら積んでも構わないわ。彼らは成り上がり、地位と名声を求めているのよ。なんなら、男には、美女や美少女をあてがいなさいっ! 彼らを使い、盗賊団。魔女、ドラゴンと戦う為の先兵にするのよっ!」

 ミランダは高らかに、配下である、炎の魔獣達に告げる。

 魔獣達は、伝達として、各冒険者ギルドへと向かっていった。



「おい、なんだあれは?」

 ガザディスは、言葉を失っていた。


 巨大なバッタだろうか?

 手足には、関節肢がある。

 小さな山程もあった。

 そいつは、大木を口の中へと放り込んでいく。


「あれは…………、…………」

 ジェドは、その姿を見て、地面に崩れ落ちる。

「どうした?」

 ベルジバナは、そんなジェドの様子を見て、戸惑った。

「あれは、俺の故郷を滅ぼした怪物です…………」

「帝都はクレデンダ、と呼んでいるな。当初は、あれを倒す為に、国民達から志願兵を募っていた。…………」


 ジェドは、叫んだ。

 その時の記憶が、フラッシュバックしていく。


「この森へと……、俺達のアジトへと向かっているように見えるが…………」


 怪物は、森の木々を打ち倒していく。


 

 ミランダの権力によって、邪精霊の悪評は広がり続けていた。


 邪精霊の牙は邪悪な盗賊団だ。

 それは帝都中に広まっていた。

 そして、冒険者ギルドのメンバーにも彼らの噂は広まっていた。


 ガザディスがもっとも赦せなかったのは。

 邪精霊を尊敬する、スラムの者達も、冒険者ギルドの者達によって迫害された事だった。元々、冒険者ギルドの者達は美人の奴隷娘を飼う事を好んだ。奴隷女を好み、性的に奉仕させる事を好んでいた。スラムに住まう女達を、一部の冒険者ギルドの者達が、強姦しているという話が邪精霊の間では広まっていた。盗賊を支持する者達に人権など無い、と……。そして、冒険者ギルドの者達は、スラムに住まう者達を、平気で虐待しているみたいだった。

 ガザディスは、その事実に対しても、怒り狂っていた。



 キリストの復活を望んでいた者達の戦争を見た。

 彼女の見える世界は何もかもが、下らなかった。

 宗教や神話なんて、おとぎ話に過ぎない。


 彼女は記憶を掘り起こして、死のイメージを想い出す。

 宗教戦争が起こった跡地にて、膨れ上がった蛆が湧く死体の上を、馬が駆け抜ける。それは、死の馬だ。死体の上を踏み越える、血に塗れた、冥府からの馬……。

 あれは、もうどうしようもない程に美しかった。


 デス・ウィングは死を覗き込む。

 彼女は他人の死を俯瞰する。

 何かに縋り、何かによって人生を滅ぼしていく者達を冷笑する。


「私は思うんだ。キリストは多分、人類最古のアナーキストの一人だった。当時の権力に反抗したんだな。そして、マルキド・サドやニーチェはキリスト教を批判した。彼らもまた、権力に対して反逆したんだ。全ては同じものなんだ」

 デス・ウィングは、腕を組みながら話を続ける。

 

「まあ、つまり、何が言いたいかっていうと。ガザディス。そのなんだ、笑ってしまうかもしれないが…………」

 デス・ウィングは、意味ありげな事を言う。

「なんだ? こんな時に……」

「お前は、聖人になる素質があるなって思ってさ」

 彼女は、くっくっ、と笑い始める。


「ストーリーに干渉したくないんだが……」

 デス・ウィングは、腕を組みながら、やってくる怪物を見据えていた。


「どうにかならないものなのか?」

 ガザディスは、そんなデス・ウィングの頑なな態度に辟易していた。

「ああ、どうにもならない。お前の実力では、あれは無理だ。この森の精霊、ムスヘルドルムも動かないんだろう?」

「ああ。あの御方は、我々に御力を授けてくれるだけだ……」

「そうか」

 デス・ウィングは鼻を鳴らす。

「ガザディス。お前も、ジェドも、奴に勝てず、このまま死ぬか? それとも、このアジトから必死で逃げるか?」

「駄目だ。森の精霊様との誓いもある。それにあれは、おそらくは、この美しき山々を破壊するつもりでいる…………、逃げるわけにはいかない……」

 ガザディスは、固く拳を握りしめていた。

 大巨人クレデンダは、次々と、木々を、森そのものを、その腕によって、口の中へと放り込んでいく。


「私は、傍観者でいるつもりだったんだ。……けれどな」

 彼女は溜め息を吐いた。


 デス・ウィングは、腰から刀を引き抜く。

 彼女は、普段、帯刀していない。

 まるで、虚空から取り出したかのようだった。


「今の私は邪悪なドラゴン、サウルグロスに勝てない。気にいらない。私もいつの間にか、この舞台の役者に組み込まれているようで。ああ、そうだな。ジェドやミント、それから他の者達にも、正直、関わり過ぎた」


 彼女は、ジェドの横を通り過ぎる。

「あいつは、あいつは、俺の故郷を…………」

「ジェド。お前は弱い。お前に渡した反則武器(チート)である“他人の死”を使っても、あれは倒せないだろうな。だから、手助けしてやるよ」


 そう言うと、デス・ウィングは、盗賊団のアジトの崖から跳躍する。


 巨人はその両手により、木々を薙ぎ倒していく。

 山の岩が吹き飛び、集落も踏み潰されていく。


「終わらせるぞ」

 デス・ウィングは、怪物の眼の前に着地していた。

 彼女は、刀を宙に円でも描くように振るう。

 まるで、感触を確かめているみたいだった。

 巨人は、近付くものを手にして、次々と口の中に放り込んでいく。盗賊達が飼っているう家畜などが餌となった。


 デス・ウィングは、刃を天空へと向ける。

 彼女の腰には、いつの間にか鞘が取り付けられていた。

 彼女の全身から、疾風が吹き荒れる。

 彼女は、疾風に身を委ねていく。


 まるで、それは一つの竜巻のようだった。

 彼女は、全身を纏う風と共に、刀を振るっていた。

 それは、まるで幾筋もの稲光のようだった。


 ただ、穏やかな……、そよ風が過ぎ去ったようにも思えた。


 デス・ウィングは静かに大地に再び着地して、刀を鞘に戻す。

 そして、彼女の手にした刀は鞘ごと、いずこへと消える。


「手応え、無かったな」


 すると、大巨人クレデンダの全身が細切れに刻まれていく。

 細切れになった怪物は、残骸となって、大地にジグソー・パズルのように破片となって転がっていった。

 デス・ウィングは鼻を鳴らして、巨人の残骸を見ていた。

「ジェドの仇。私が始末してよかったのかなあ?」

 デス・ウィングは、静かに溜め息を吐いた。



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