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第八幕 ギルドの争い、邪精霊と呪性王。 5

「デス・ウィングッ!」

 ガザディスは叫んでいた。

「そこにいるのか? すまぬ。客人のお前には申し訳無いが、この俺に力を貸してくれないかっ!?」


 ガザディスの全身が、地面から這い出してきた腕達によって盛り上げられていた。彼は首をつかまれて、宙吊りにされている。


「いいよ。食事は終わった」

 デス・ウィングは、三名が戦っていた入口の間へと入る。

「すまないな、曲者の力が分からない為に、加勢出来なかったんだ。駆け付けたかったんだが、敵の力量がまるで分からなくてな。私がすぐに出ても、足手まといになると思ってな」

 彼女は、平気で嘘を吐く。

 彼女はナプキンで、口元を拭う。

 そして、人喰い甲虫を新たに生み、更に、邪悪な精霊の召喚を続ける暗黒魔道士に向かって、会釈する。

「はじめまして、だな。私の名はデス・ウィング。お前は?」

「なんだ? お前は盗賊共の助っ人か? 俺は女を残虐に殺すのは大好きだぞ?」

 シトリーは楽しそうに笑う。


「そうか。お前は残酷な性格をしているんだな。この私と気が合いそうだ」

 シトリーは、人喰い甲虫の帯を、デス・ウィングへと向ける。

「女はいいなっ! 顔の部品を削いだり、胸を食い破ったりするのを見るのが面白いからなっ!」

 デス・ウィングは笑いながら。

 左手で、黒い帯を受け止める。

 甲虫達は、彼女の左腕を喰らおうとする。

 だが、何故か、上手く肉に牙を突き立てる事が出来ないみたいだった。

「おい、男の娘。お前、この私が人間だとでも思ったのか?」

 デス・ウィングは、右手の人差し指をシトリーへと向ける。


「私は女顔の男は好きだよ。首だけ保存するのが最高だからな。だから、お前の首から上は残してやるよ」

 デス・ウィングが、指先から放った何かによって、シトリーの肩の肉がえぐられた。

 彼女は、人指し指から、何度も何かを放ち続ける。

 シトリーの全身が、孔だらけになっていく。

 彼は口から血を吐きながら、崩れ落ちる。


「そうか……。風の弾丸だな。空気を固めて飛ばしているんだな…………。そして、お前、肉体自体が、大気か何かで構成されているのか……?」

 暗黒魔道士は、苦しそうな声で、呻きながら告げる。

「本物のミントの方は、私の力の概要が分からなかったが。お前、本物よりも優秀だな」

 デス・ウィングは、素直に感心する。

 この敵は、彼女の力の正体だけでなく、自身の肉体の構造も見破ったからだ。


 暗黒魔道士は、地面に膝を付き、口から血を吐き続ける。


「内臓に孔を開けやがって…………、すみません、シルスグリア様……」

 彼は、口から何かを詠唱していた。

 デス・ウィングは、このままトドメを刺す事も出来たが、彼の次の手を待つ事にした。それが、絶対的な強者故の慈悲だった。


 空間全体が歪んでいく。


 巨大な骸骨の獣の頭部が現れて、デス・ウィングと、ガザディス、そしてベルジバナを飲み込もうとしていた。

 デス・ウィングは、全身に風の刃の障壁を纏って、獣の牙を防ぐ。

 ついでに。ガザディスをつかんでいる腕達を切り裂き、彼に突き刺さろうとする獣の牙を風の刃でへし折っていく。


 シトリーの姿は無かった。

 デス・ウィングは、洞窟の外へと歩いていく。

 黒い、稲光を放つ雲が空に生まれていた。


「くくっ、この俺にはアルナヴァルザという名の悪魔族の友人がいてな。俺の窮地には、いつも助けに来る……」

 シトリーは、翼を持った四足の黒い獣の上に乗っていた。

 どうやら、彼の言う友人というのは、彼が跨っている、黒い怪物の事みたいだった。

「じゃあな、俺はギルドの本拠地に戻る。敗走である為に、シルスグリア様から罰を受けるかもしれないが。……貴様に殺されるよりはマシだな。じゃあな、俺が処刑されなければ、いつか報復に向かってやるよっ!」

 デス・ウィングは、指先からシトリーが乗る獣の頭めがけて風の弾丸を発射する。だが、弾丸はすり抜けていく。

 彼は憎しみの篭もった瞳で、デス・ウィングを見据える。彼を載せた獣は羽ばたいて、黒い雲の中へと吸い込まれていく。雲は霧散して、シトリーの姿は影も形も無くなっていた。


「……残像を残して喋らせていたのか。……私が洞窟の外に出る頃には、すでに逃げのびていたか」

 デス・ウィングは、踵を返す。


「おい、ガザディス。返り討ちにしてやったぞ。生き残った者達の手当てをしてやれ」

 彼女は明るい声で言う。


「面目ない……」

 ガザディスは立ち上がる。

「お前は帝都と戦うと私に言っていたな。先が思いやられるぞ。あの魔道士程度を倒せないならば、帝都に復讐するのは難しいだろうな」

「……その通りだ。この俺は強くなる必要がある……」

「まあ、いい。とにかく、手当をしてやれ、生き残った部下達が腐乱死体にならないようにな。もっとも、私は死体が増えるのは好ましいから、お前が私を喜ばせたいなら、別だがな」



「もう行くのか?」

 ガザディスは、生き残っている部下達に包帯を巻いていた。

 これから、ムスヘルドルムの下へと連れていき、傷を癒やすのだと言う。

 自然の力によって、治癒が得られるのだと。

 だが、呪性王のシトリーから受けた被害は甚大で、この山に住む邪精霊のメンバー達の半数以上が殺害され、生き残った多くの者達が瀕死の重傷を負っていた。明日を迎える事無く死ぬ者達も、何割かいるかもしれない……。

 そして、おそらくは、デス・ウィングが早く動いていれば、犠牲者の数はとても少なかったのだろう…………。

 それでも、ガザディスは、デス・ウィングに強い敬意を示していた。

「本当にありがとう。何と礼を言えばいいか分からない。商人達から“取り戻した”財宝を仕舞ってある倉庫があるが、何か持っていくか?」

「いや、遠慮しておく。おそらく、私好みのアイテムは無さそうだからな」

 それを聞いて、ガザディスは苦笑する。

「せめて、もう少しいて欲しいのだが」

「私は旅人だからな。もう出るとするよ。ギルド巡りをしているんだ。先程、言ったようにクレリックのギルドに向かう途中だ」

 デス・ウィングは、不敵に笑った。


「連れはどうする? 全身に重傷を負っているぞ」

「ジェドか。私は奴に興味を無くした。連れていくと何かと邪魔になるのが分かったからな。傷を治した後に、せいぜい鍛えてやれ。……ガザディス、お前もだ。帝都と戦うのなら、剣の腕も、魔法の腕も磨いておく事だな。少なくとも、今度は私の助けは無い。ベルジバナが死の淵から生還したなら、彼にもそう告げてくれ」

 デス・ウィングは、ほどけそうなマフラーを首に巻き直すと、山脈を降りていく。


「道を教えなくていいのか? 此処からは険しいぞ」

「なんとでもなるさ」

 そう言うと、デス・ウィングは谷間に降りていく。



「大丈夫か?」

 ジェドは、寝台の上で眼を覚ます。

 ルゴが、傷だらけのジェドに、包帯を巻いていた。

 そう言えば、人喰い虫によって全身の肉を喰い千切られたのだった。幸い、欠損部位は無い。

「ああルゴ……か、あの、ボージョンは…………」

「死んでいた。死因は激痛によるショック死だと思う。なにせ、両手が骨と化していたからな……、ジェド、お前、運が良かったな。俺も運が良かった、奥にいたからな。それに俺は治癒師で、普段は非戦闘要員だしな」

 ルゴは、ジェドの傷に薬を塗っていく。

「あ、悪いな……」

「ベルジバナさんも、深い傷を負っている。今夜は峠かもしれない。俺はあの方に大恩がある。お前を見た後に、またあの方の腹の傷もみないとな。……そうだ、ジェド。ガザディス様が、お前を邪精霊のメンバーに入れてもいいってよ。剣と魔法を教えてやるって言っていた。鍵開けから、山での生活など、色々、鍛えてやるって。盗賊の仕事も、山賊の仕事も全部さ。良かったな」

 ジェドは、ひとまず喜ぶ。

「ああ、そうか。しかし、ホント、みんな良い人ばかりで……。処で、デス・ウィングさんは……?」

「行ったよ。お前を邪精霊に預けるってさ」

「そかあ」

 彼は大きく溜め息を吐く。

「金髪美人との旅だったんだけどなあ」

 彼は呟く。

「寂しくなるなあ……、エルフの少女とかいないかなあ。さらっちゃマズイかなあ……」

「ははっ、死んだボージョンもそんな奴だったよ。でも、大丈夫、ジェド。寂しくはないさ」


 ルゴは、ジェドの頬にキスをする。

 そして、伸びて逆立てた髪を下ろしていく。

「なあ、ジェド。しばらく、この俺が看病してやるよ。なあ、ジェド、俺、実は……言いにくいが、同性愛者なんだ。お前に少し、気を持っちまった。俺の方は、受けでも攻めでも、どっちでもいいぜ……」

 ルゴは、再び、ジェドの頬にキスをした。

 ジェドは顔を引き攣らせながら、うるむ眼差しを向けてくるルゴの童顔を見ているのだった。……今度は、貞操の危機かもしれなかった。


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