第六十七幕 ダンジョンの出現。罠。
アリゼからの宣戦布告があってから、数日後の事だ。
テロリストのアジトらしき場所を見つけたとの報告がルクレツィア王宮に伝達された。
どうもアジトはダンジョンのような形状になっていると聞く。
そして。
まるで見せつけるように、人間の子供の死体がダンジョンの入り口には転がっているのだという。ミントはそれを聞いて、明らかに怒りに満ちた顔をしていた。
「さて。誰が向かう?」
ミントは周りの者達に訊ねる。
「俺はガザディスと王宮の護衛をしたい。陽動の可能性も考えている」
ハルシャは戦斧の刃を磨きながら、ミントに告げる。
西はザルクファンドが、南は他のドラゴン達が守っている。
「じゃあ、私が向かうわ」
ミントは背中の、ワンピースの露出部位から伸びる翼を広げる。
「私も同行するわよ。明らかに罠でしょ?」
闇の天使イルムが近付いてくる。
「貴方の動きは怪しいわ。私一人で向かえる」
「そう? どの道、貴方一人だと心許ないんじゃない?」
イルムは煽るように言った。
「あの……。俺もミントさん達のお供に来ていいですか?」
ジェドが割って入って、挙手する。
「足手まといにならないようにね」
イルムがミントが言いにくそうな事を代わりに代弁してジェドに言った。
「俺っ! 役に立ちますっ!」
「なら、いいよ。ジェド、一緒に来て」
ミントはジェドの傍に寄ると、自身の背中に乗るように言う。
「変な処、触らないでよね?」
ジェドはドギマギする。
「陽動の可能性が高い。どう考えても罠に思える。三人共、警戒を怠るなよ?」
ハルシャは三名に念を押すように言う。
「分かっているわよ。油断しないっ!」
ミントはジェドを自らの背に乗せる。
「鉄工所。工業地帯に不穏な動きがあると、ガザディスからの情報が入った。俺達の戦力を分散させるつもりだろうな。だが、…………」
ハルシャは何かを考えているみたいだった。
ルブルとメアリーの二人は今、不在だ。
デス・ウィングは極めて気まぐれで、姿をくらまし、いつ敵側に加担してもおかしくない。彼女は状況を考えると、ジャレスや……おそらくは、サウルグロスに何らかの加担をしていた可能性が高い。
「とにかく、私は前線に向かうわ。ジェド、イルム。私の後ろ、両隣を宜しくねっ!」
そう言うと、ミントはジェドを背に乗せて翼を広げた。
イルムも翼を広げ、口の中でほくそ笑んでいた。
†
ダンジョンの出現は、北の辺り。ギデリアのもっと北の辺りだ。
森に囲まれている場所だった。
地下奥深くへと続く迷宮のようになっているのだと聞かされている。
ミントとイルムはダンジョンの入り口に着地する。
「ジェド、私の胸付近まで触ろうとしてたでしょ?」
ミントは剣呑にジェドに言う。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ! わざとじゃないんですっ!」
ジェドは平伏さんばかりに頭を下げて、ミントに謝る。
「ごめんなさいが言えたらいいわよ。次から気を付けてね」
ミントはジェドに怒りながら、イルムの不審げに眺めていた。
そして、ミントはダンジョンの入り口付近を眺めていた。
「私達。見られているわね」
ミントは露骨に嫌悪感を示す。
イルムは腕組みしながら、うなづく。
「ダンジョンの入り口付近に人影のようなものがいるわ。蹲っている。どうする?」
「取り合えず、中へと入って、先に進みましょう?」
「分かったわ」
二人はダンジョンの地下へと続く階段を降りていく。
出入口付近は木の根によって覆われていた。
所々に、地下であるにも関わらず樹木が生い茂っている。
人影は、どうやら人間の姿をしているみたいだった。
十代後半くらいの少女だ。可愛らしい。
人間と思いきや、両耳が尖っている。
エルフの数少ない生き残りだろうか……?
「あの。お嬢さんっ!」
ジェドが思わず、近寄る。
「大丈夫ですか?」
ジェドは鼻の下を伸ばしていた。
「うう、助けてください…………。魔物に襲われて…………」
耳が尖っている美少女は半泣きになっていた。
見ると、服装はルクレツィアの平均的な魔法使いのような格好をしている。
ミントとイルムは露骨に警戒心を露わにしながら、互いの顔を確認していた。
「このパターンは…………」
「間違いないわね」
二人はジェドに近付くと、背後から頭を殴り付ける。
「い、痛いっ! 二人共、何するんですか……」
「明らかに怪しいでしょ?」
ミントは不機嫌そうな顔をしていた。
「そ、そんな事、言ったって、可哀想じゃないですかっ! エルフの美少女がこんなモンスターがいかにも出そうなダンジョンの入り口にいて……、何かから逃げてきたかもっ!」
ミントはジェドを突き飛ばす。
ジェドのいた辺りに、洞窟の奥から巨大な槍のようなものが伸びていた。
それが、巨大な昆虫の脚である事に気付くのに、たっぷり十秒以上、経過する。イルムは攻撃を避け、奥にいるのが何なのかを理解する事に勤めていた。
「その、エルフの女の子みたいなのが、モンスターなのよっ!」
ミントは攻撃魔法の詠唱に入っていた。
ミントの両腕から、稲妻と炎の融合した魔法が生まれていく。
「背後にいるのは巨大蜘蛛か。貴方は何者?」
イルムは少女を睨み付ける。
少女は笑いながら、背後へと飛んだ。
洞窟の奥からは、巨大な大蜘蛛が現れて、三名へと粘液を吐き出してくる。ミントとイルムは避ける。ジェドは飛び跳ねた。どうやら粘液は強烈な酸みたいだった。地面を焼いている。
ミントの攻撃魔法と、イルムが指先から飛ばした風の弾丸のようなものが大蜘蛛へと命中する。大蜘蛛の全身は炎と稲妻によって焼き払われていく。蜘蛛の口の中から耳の尖った少女が、這い出してきた。少女の全身は見る見るうちに節足を持つ人間と昆虫の中間のような怪物へと変わっていき、焼かれながら呻き声を上げていた。ミントは追撃として稲妻の魔法を撃ち込み続ける。その後、大蜘蛛は全身をイルムの攻撃によって串刺しにされていく。
ジェドは息を飲んでいた。
「ジェド。なんで、いつも可愛い女の子や美女を眼の前にすると、そうなるのっ!」
ミントは少し呆れた顔になる。
「す、すみません。思わず」
「まあいいわ。此処、もう少し奥まで探索してみましょう? 奥に何か潜んでいるかも。危険を感じたら引き返しましょう?」
「そうね。後、王女の特権として、このダンジョンの入り口。閉鎖して、ルクレツィア住民が入れないようにさせないと」
ミントがそう口にすると……。
背後で大きな落石によって、ダンジョンの入り口が塞がれていく。
その後、地面がまるで泥のように崩れていく。
「これは…………。やっぱり、私達を嵌める為に…………」
ミントは周辺を見渡す。
翼を広げ、崩壊する地面から飛び立つ。イルムも翼を広げていた。
地面には、大穴が開いていた。
「ん。あれ。ジェドは?」
「……しっかり、足手まといになっているわね……」
イルムが真っ黒な穴の底を見下ろしていた。
「はあ……」
ミントは溜め息を吐く。
「どの道、入り口が塞がれたし、別の入り口を探しましょう。それとも、貴方の攻撃魔法で入り口を破壊出来る?」
「……仕方無いわ。ジェドを探しに行きましょうか」
二人は真っ暗なダンジョンの底へと下降していった。
「ミント。やっぱり、思ったんだけど」
「何?」
「これ、ハルシャが言っていたように、私達の戦力の分断じゃないかしら? 今頃、王宮か、街の弱い部分、重要な部分が狙われているとしか思えないわ」
ミントは曇った表情をする。
†
ルクレツィア東にある鉄工所。工業地帯。
そこに、白いオークであるヴィラガが、ゴブリンの軍団とオーガの軍団を引き攣れて乗り込んでいた。この辺りを破壊すれば、街の蒸気機関の整備と、武器、防具、その他の金属の流通を止める事が出来る。アリゼの命令によれば、都市の農業地帯、工業地帯、水道、電気、魔法エネルギー、牧畜産業などを破壊すれば、必然的に国家は潰していけるとの事だった。
「さて。この辺りはドラゴンが守っていると聞くが、どれ程の実力なのか……」
ヴィラガは大剣を振り回しながら、敵の力量を図っていた。




