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第四十七幕 この最悪なる世界 1


 ジャレスを倒した帰り道、ミントは路地裏の辺りである者達を見た。


 配給食の奪い合いだった。

 弱い者達に、何名かの強い者達が集まって食糧を奪う為に、私刑まがいの事を行っていた。


「ちょっと、嗜めてくる」

 ハルシャはそれを見て向かおうとするが。


 ミントは率先して、彼らの方へと向かっていった。

 そして、手にしていたクレリックの杖を手にして。


 問答無用で、略奪を行っていた者達の頭にクレリックの杖を叩き付けて回った。彼女の杖が血に塗れていた。


 ハルシャはそれを見て、ミントを必死で止めに入る。


「止めろ。殺してしまうぞっ!」

 ミノタウロスはミントを羽交い締めにした。


 少しして、ミントは我に返る。


「え……。私、やってしまいました?」

「ああ…………」

 

 何名かの男達が血塗れで地面に倒れていた。


「私、この人達、殺そうとしてました?」

「ああ…………」

 ハルシャは苦渋に満ちた顔をする。


「そうですか……」

 ミントは大きく溜め息を吐く。


「帰るわよ。二人共、ジャレスとの戦いを終えたのよ。気分が高揚していたんだわ、次から気を付ける事ね。ミント」

 メアリーはそう言った。



 帰り道でも、メアリーはさりげなくジェドに囁く。


「やっぱり、ミントは危険よ」

「……確かに、ちょっと、ミントさん尋常じゃなかったです……」

「尋常じゃない? あれもミントなの。貴方はミントの表側しか見てこなかったんでしょう? 仮面を被って人格を殺し続けていた彼女のね」

 メアリーは指先が震える。


「もう一度言うわ。ジェド。もし、ミントが道を違えるなら、貴方があの子を殺しなさい。私は……、あの子を殺す資格が無い……」


「資格……?」


「ジェド。貴方はどうしようもないクズで無能だけど。私のように、闇に落ちてはいない。貴方は綺麗なの。ハルシャも駄目でしょうね。もし、ミントが私やジャレスの側に来たのなら、貴方が殺すの……」



 ルクレツィア全体には、新たに結成された盗賊達が増えている……。


 ガザディスは頭を抱えていた。

 盗賊達は、略奪や強姦を厭っていない。とにかく、今は大きな戦争の爪痕として荒んでいる。帝都の暴政から解放されてもなお、この国は清らかにはならない。


 一体、どうすればいいのか?



「俺だけの時間。俺だけの世界だ」

 ジャレスは勝ち誇ったように笑う。


 ミント達に殺されてから、今、どれくらいの時間が経過したのだろう?

 彼は見事、復活を遂げていた。


 自分自身の右手を見る。

 力がどうしようもない程に、漲ってくる。溢れ出してくる。


 辺り一面には、大草原が広がっている。

 空気も美味しい。

 岩山が生えていて、薄らと、美しい木々が生えている。

 きっと、此処は、天の国なのだろう。


「なあ。この俺に、何故、こんなに味方してくれるんだい?」

 彼は背後にいる者に訊ねる。

 そいつは、純白の翼を広げて、笑みを浮かべていた。

 純白のドレスに、金色の髪を靡かせている。

 そいつの顔は、骸骨だった。


 ジャレスは、微笑む。


 また、戻らなければならない、ルクレツィアに。


「確かに、またプレゼントを貰いました。では。また、この俺を元の世界に戻してください。女神さま」

 彼は訊ねる。

 彼の背中にいる何者かは頷く。


 この彼だけの世界にいるのも悪くない。



 ガザディスは闇夜の中から、現れた者達を追っていた。

 彼らは手に手に、剣や槍、弓矢などを手にしている。しかし、動きがぎこちない。何とか形だけ統制が取れているといったようなものだ。


 この辺りの地区では金銭や物資の略奪、暴行、強姦、それに殺人まで発生している。


 ガザディスは敵を殺さないように、いつものような大剣ではなくて、棍棒を手にして、現れた者達を相手にしていた。


 ガザディスが棍棒を振るう。

 そして、闇夜の中にいる男の一人の背中が強打されて、男は地面に倒れる。浅黒い肌のオークの男だった。


「何をやっている」

「うるせぇ。てめぇ、この辺りにある金品と食糧を奪おうってんだよ。見て分かるだろ?」

「そうか。お前達の(アタマ)は?」


 暗闇から一人の影が現れる。

 山刀を手にしたリザードマンの男二人と、そして、おそらくはこの集団の頭と思わしき無精ヒゲを生やした人間の男だった。


「おい。俺達は金品と食糧が欲しいんだ。この工場地帯のな。たんまりあるだろ?」

「そうか」


 ガザディスは眼にも止まらない早さで、夜盗の頭と思われる男の頭蓋に棍棒を投擲した。男はそのまま昏倒して倒れる。


「他に俺とやる奴は? 何なら素手でお前達全員を相手にしてもいい」

 そう言いながら、ガザディスは自らの拳に強化魔法を掛けていく。


「こ、降参だ」

 リザードマン二人は各々、手に持っていた山刀を落とした。



「女房は死んだが、ガキがいるんだ。まだ五歳になったばかりだ」

 夜盗の頭をしていた男は大きく溜め息を吐いた。


「以前は露天商をしていて、それなりに儲かっていた。フルーツを売っていた。だが、店は破壊され、商売道具も粉々だ。先の戦争で女房は死んだよ。他の奴らも似た者同士なんじゃないのか?」

 そう言いながら、男はガザディスから貰ったパンとリンゴを、牛乳で飲み下していた。


「肉は無いか?」

「干し肉ならあるが」

「ありがたい。……四日ぶりの肉だ」

 男は干し肉を口にしながら、涙を流していた。


「俺達だって、本当はこんな事したくねぇんだ」

「分かってる」

「職をくれよ。全身全霊で働くぜ」

「なら、宮殿に来い。職業斡旋所が作られ始めている。宮殿内でさえ人が足りていない。王族護衛軍も再結成しなければならないし、使用人、他にも大工が沢山いる」


 夜盗達は食糧を貰い、泣きながら感謝していた。


「これで酒があったらなあ」

 先程、どつかれたオークはとても嬉しそうな顔をしていた。


「流石に酒は不足している。密造酒は出回っているらしいが。王妃は今の処、それを禁止していない。ただ、アルコールは医療の際に、患者の痛み止めにも使われている。……そうだな、戦争の傷跡は深い。病院は本当に酷い状態になっているよ」


 ガザディスは、ふと、何者かが建物の上から、此方を見下ろしている事に気付く。

 ……なんだ、まだ、いるのか? 他の夜盗かな?

 彼は溜め息を吐いた。


「俺の名はオンドゥー。ガザ兄、ありがとう」

 そう言うと、夜盗の頭をしていたオンドゥーはイビキをかいて寝始める。

 これで、この夜盗団は解散し、明日からは彼らはまっとうな生き方を始めるだろう。


「すまん。何者かが、此方を見張っている。それ、貸してくれないか?」

 ガザディスは彼らの一人から、大型の剣を借りる。

 そして、剣に攻撃強化の魔法を込めた。


 建物にいる者はまるで、豹か何かのように跳躍を続けている。

 ガザディスは正体を見極めようとした。


 ガザディスは眼を見開く。

 そいつは、何かを飛ばしてきた。

 ガザディスは手にした剣で、攻撃を弾き飛ばしていく。


 ……水の刃?


 彼はすぐに気付く。

 この攻撃は、以前、受けた事がある。


 建物の上にいる影は移動しながら。

 ガザディスが説得した夜盗達を、次々と、切り刻んでいく。闇の中、辺りが血に染まっていった。


 ごぶっ、と。

 オンドゥーは、口から血を流していた。

 腹と、喉を裂かれている。


「ち、畜生っぉおぉおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」

 ガザディスは叫び。

 手にした剣を影へ向けて、投げ飛ばした。

 投擲した剣が命中した場所は、爆裂していった。


 そいつは、ガザディスの近くの建物の上に登っていた。

 月夜だった。

 そいつの姿が、まざまざと映し出される。


 ミランダ。

 彼女は以前のように、貴族の衣装を纏いながら、首や胸元、腕といったものを露出させている。露出箇所は、かなり酷い火傷の痕を追っていた。彼女の顔半分も火傷で爛れていた。


「あら。いつかの」

 彼女は笑った。


「生きていたのか!?」

「お陰様で。でも、身体の内部が放射能で癌化していったから、再生出来ないのよ。以前、貴方のお仲間の攻撃を喰らって、バラバラにされた時とは違うみたいねぇ」

 ミランダはそう言うと、水の刃を飛ばしていって、生き残った夜盗達を殺し続ける。


「止めろっ! この俺が相手だっ!」

「相手? 今日は宣戦布告に来ただけよ。私はパラダイス・フォールを再建するわ。ロギスマだって生きている。彼と共に、私はお前達を始末していく。ただ、もうすぐ私の寿命が近い。その前に、そうね。貴方は殺しておかないとねぇ。そして、王妃に戴冠した女、あいつも殺す」


 そう言うと、ミランダは跳躍しながら、夜の闇の中へと溶け込んでいった。


 ガザディスは致命傷を負ったオンドゥーへと近寄る。

 オンドゥーは何かを呟いていた。


「なあ。ガザ兄、俺、子供がいるんだ。五歳の少年だ。立派な大人の男に育ててやってくれよ。このままじゃ餓死しちまうよ。なあ、ガザ兄…………」

 オンドゥーは泣いていた。


 ガザディスも、涙を流していた。


「クソッ、あああああああああああっ!」

 元盗賊団邪精霊の牙の頭は、夜の闇の中、慟哭を続ける。


 何故、こんなにも弱い者が虐げられるのか。


「オンドゥー、言えっ! お前のガキの場所を言えっ!」

 ガザディスは叫び続ける。

 オンドゥーは懐から紙キレを出して、ペンで地図を描く。

 そして、彼はそのまま、息絶えた…………。

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