第四十一幕 サウルグロスとの最終決戦 1
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宮殿には、次々と生き残ったドラゴン達が辿り着く。
彼らは何とか、特攻隊長をしていたヴァルドラの亡霊を討ち倒した後に、生き残った者達だった。その数は数十体程度だ。
宮殿には次々とルクレツィア中の生き残りの者達が集まってくる。
何体かのドラゴン達は、西の方へ飛んでいった筈だ。
手順は間違いない。
これで倒せなければ、もう負けだ。
ルクレツィアにいる者達が、一人残らず死ぬ。
ミントも、竜王イブリアも、死ぬ。
「本当に待たせたな」
ミノタウロスの戦士、ハルシャが宮殿へと辿り着く。
ミントが現れて、ハルシャに抱きつく。
「ルブルの急使によって作戦は聞いた。次がサウルグロスを倒せる、最後のチャンスだと」
「ええっ。貴方の力が必要なんです。私は竜王から教えて貰った、かつてルクレツィアを滅ぼした滅びの魔法を奴に使います。けれど、私の魔力では足りない。なので、貴方の力が絶対に必要なのです」
「分かった」
ハルシャは戦斧の柄の部分を地面に突き立てる。彼は魔法の詠唱に入る。
斧の先端に大量の魔力が集まっていく。
ハルシャの得意とする魔法は、魔力の増幅だった。これは、他人にも分け与える事が出来る。
「西には盗賊のガザディスが待機している。奴の得意な防御魔法で、ラジャル殿を守護するそうだ。まだ、森の精霊は生きているみたいだな」
彼は森の大精霊ムスヘルドルムの生存を告げる。
「これで、準備は整いましたね」
ミントは言う。
「上手くいくといいが」
「活かせるしかない。そうでしょう?」
ミントの言葉にハルシャは頷く。
空を見ると、太陽は陰り始めていた。
サウルグロスの動きは、まだ、無い。
「すみませんっ! この俺も、何かの役に立ててくださいっ!」
現れたのは、とてつもなく頼りげな顔をした少年ジェドだった。彼はヴァルドラの唱える隕石の魔法や、亡霊の猛攻などから、奇跡的に生還していたのだった。
集まっているメンバー達は、眼をまたたかせて少年の顔を見る。
「あら、生きていたの?」
メアリーは淡々と訊ねた。
「あ、その、生きていて、良かったわ。ジェド」
ミントは、少し取って付けたように告げる。
ジェドは、二人の前に小さな刃を差し出す。
「デス・ウィングさんから頂きました。『他人の死』という魔剣です。持ち主の生命を削って、対象に“死を与える”っていう結果を残す力だそうです」
「ふうん。そんな壊れた性能の剣があるのなら、何故、サウルグロスに試さなかったのかしら?」
メアリーは腕を組んで、馬鹿にするように言った。
「試しました」
「どうだったの?」
「攻撃が届く前に、俺の方が死に掛けました…………」
「…………。まるで使えないじゃない…………」
メアリーは呆れる。
「まあ。デス・ウィングから借りたのなら、不死の肉体を持つ彼女が使って、初めて強力な武器になるのでしょうね。生命エネルギーを無限に吸い取れるでしょうから」
「……これ、奴に立ちませんか」
ジェドはしょぼくれる。
「少し、借りるわね」
メアリーはその小さな剣を手にする。
そして、おもむろに、自らの左の掌へと突き刺した。貫かれた掌から、どくりどくりと、血が流れ続ける。
「何をっ!?」
ジェドは思わず、声が裏返る。
メアリーは掌を剣に突き刺したまま、柄の部分をジェドに持つように指示する。
「念じなさい。貴方の命を使う、と」
メアリーは、そうジェドに命ずる。
ジェドは言われた通りにした。
すると。
メアリーは、歓喜の顔に満ちていく。
ジェドは見る見るうちに、全身から力が抜けていくのが分かった。
「これ、使えるわね。ジェド、貴方、私の生命エネルギーになりなさい」
「え、ええっ!?」
ジェドはうわずった声を出す。
「アンデッドである私は、ミントやサレシアの治癒魔法や回復魔法の効果を受け付けない。でも、この小さな剣を通してなら、ジェド、貴方から命を吸収出来たわ。昨日、今日の戦いの疲労が完全に回復した。デス・ウィング、良い遺品を残してくれたわね」
メアリーはほくそ笑む。
そして、彼女は、一同を見渡した。
最後に、ミントに顔を向ける。
「ジェドが命を捨てて、私に尽くすらしいから。これで、万全よ。貴方は安心して、滅びの魔法とやらを唱えるといいわ」
メアリーはそう、ほくそ笑んだ。
もうすぐ、日没へと近付いていく。
砂粒が空に舞った。
この世界に生きとし生ける者達は、ただ、祈るばかりだった。数多くの者達は何も出来ない。この戦いに参戦出来るものは、極めて数少ないのだから。
この太陽と共に、ルクレツィアに生きる、人間かドラゴンかのどちらかの命は終わりを迎えようとしていた。命の鐘の音は、消えていく。
スフィンクスに乗ったミントが高らかに宣言する。
「サウルグロス。私はミント。受胎告知の娘。竜の血族の少女」
暗黒のドラゴンは、彼女に眼をやる。
「ドラゴンを滅ぼしなさい。貴方のオーロラでっ!」
ミントは両手を大きく広げた。
サウルグロスは喜び。
天空に隠してある、淡い色のオーロラをルクレツィア全体に広げたのだった。
ミントはスフィンクスから飛び降りると、背中の青いワンピースの露出部位からドラゴンの翼を生やす。そして、ただちに、宮殿へと飛翔していく。




