表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/151

第三十八幕 一つの種の終わり。

 ルクレツィア中に住んでいる者達に、サウルグロスの声は響き渡っていた。


 廃墟の中や塹壕の中で、エルフ達とオーク達が互いの顔を見合わせていた。


 ある塹壕の中だった。

 この塹壕は特に広く、百名近くの者達がこの中に避難していた。


「おい。奴は何を言っているんだ?」

 ヒヒのような顔をしたオークの青年は、端正な顔のエルフの少女に訊ねた。

「聞きました? 私達、エルフの種族か、貴方達、オークの種族を皆殺しにすると……」

 エルフの少女は困った顔をしていた。


 二人は顔を見合わせていた。

 この塹壕の中には、様々な種族が避難している。

 みな、不安と恐怖に押し潰されそうな表情をしていた。


「ドラゴン達の砲撃が止まりましたね。我々はルクレツィアを代表する戦士達がドラゴンの軍団と戦っていると聞きましたが…………」

 塹壕の中にいたリーダー格であるエルフの青年が、他の者達に告げる。


「そういえば、幽霊の軍団による襲撃も始まったとも聞きました」

 エルフの青年はそう述べる。


 ふと。

 塹壕にいた者達全員に、新たな声が聞こえた。


<一時間待つ。誰か代表の者が現れて、エルフかオークか決めろ。もう片方の種族は生かしてやる。お前達が決めるんだ。一時間で決めろ。一時間待って、決めなければ、どちらも滅ぼす。一人残らず皆殺しにする>


 声は塹壕にいる、皆の頭の中に響き渡っていた。



 サウルグロスは残忍極まり無かったが、彼はその選択の本質を見誤っていた。

 たとえば、一日、一週間と猶予を与えれば、もっと悲惨な状況を与えられたであろう。一ヶ月ならば、更に、状況は悲惨に満ち溢れていたであろう。

 種族同士が殺し合い、一方がもう一方を虐待し、生贄へと奉げる。その際の私刑、集団的蛮行、仲間同士の殺し合い、不信感の高まり、裏切り合い、そして種の弱い者達への凌辱。強奪。それらのものが爆発的に広まったに違いない。

 サウルグロスは、それらの経過まで悠長に眺める程に、気が長くは無かった。

 それは、サウルグロスが元々の強者であった為に、弱き者が弱き者としての最悪の状況に置かれた時の最悪の行動や、弱さ故の醜き欲望の発露まで想像が及ばなかった事にあった。


 一時間。

 それは、彼らに充分な思索と…………、そして発狂を起こさせるには、充分な時間では無く、余りにも“短すぎた”。


 その構造を真っ先に見抜いた者が現れた。


 ……たとえば、オーク側の大男達は集団でエルフの少女達を強姦し、エルフ側の戦士達は暗闇からオークの少年達を弓矢などで時間を掛けて殺害する。逆もあり得る。そして死刑宣告は長引く程に、瓦解的にお互いの種族同士への憎悪が膨れ上がる。また、ヤケになってもう片方の種族ではなく同種族の相手に憎悪や欲望が向く可能性も高い。このドラゴンは、そこまでの予測が出来ていない。だから、奴が、そのアイデアに思い至る前に……。事態を一番、最小限に留める。


 ドラゴンへと忍び寄る影は、頭の中でその構造を思考していた。

 再び、頭の中に言葉が響き渡ってくる。


<だが、お前達が思考を停止するのも、つまらない。提案があるが、どうだろう? 俺はオークの方を差し出すべきだと思うがな。奴らは浅黒い肌の豚やサルみたいで不快だと思わないのか? 対してエルフはどうだ? 美しい白い肌に、金色の髪をしている。どうだ? 俺はどちらでも構わない。だが、お前達はどうせ、見た目の美しさで、優劣を決めるだろう? 人種の優劣なんて、どうせ、貴様らは見た目が全てだろう? ならば、素直にその欲望に従ったらどうだ? お前達自らがオークを生贄に差し出すと宣言しろ。ならば、エルフは見逃してやる>


 そのような外道な言葉が、頭の中で囁かれた。

 サウルグロスは揺さぶりを掛けてきた。

 その言葉で、ルクレツィア全土にいる二つの種族達はざわめいた、が……。


 ……やはり、このドラゴンは、少し気が短い。ならば、それに付け入れさせて貰う。

 彼に忍び寄る者は唇を緩めた。


 その者は、サウルグロスの周辺にあるガレキというガレキを飛び越えて、跳躍を続けていた。

 そして、誰よりも早く、誰よりも迷いなく、サウルグロスに向かって宣言した。


「エルフだ。エルフ全員を滅ぼせ」

 天空樹の戦士である、ヒドラに忠誠を誓うダーク・エルフの女、ハルピュイアは迷う事無くそう告げた。


「どの道、貴様はどちらも最後には皆殺しにするつもりだろう? その前に、我々を嬲るつもりだ。だから、あたしが貴様を今、殺す。この刃で毒殺してやる」

 そう彼女は高らかに宣言した。


 サウルグロスは、真下を見下ろし、ハルピュイアと視線を合わせた。

 露出度の高い服を着た女戦士は、両手に短い刃を手にしていた。

 彼女の露出した肌から、何やら文様のものが光り輝いている。


「ほう? 俺を倒すのか? お前一人でか? ならば、望み通り、そうしてやろう」

 サウルグロスは、彼女の意に応え、太陽にあるオーロラに自らの意思を送る。


「ではオーロラよ。ルクレツィア全土に存在する、全てのエルフを、皆殺しにしろっ!」

 暗黒のドラゴンは、オーロラを広げていく。


 ハルピュイアは跳躍していた。


「今のあんたは、隙だらけだっ!」

 彼女は単身玉砕するつもりでいた。

 このドラゴンを倒せれば、オーロラを止められる。

 だが、敗北する確率の方が高いであろう。事前に、ハルピュイアは何名かの同胞のエルフ達に伝言を渡していた。

 どうせ、みな殺されるならば、試すだけの価値はある、と。


 ハルピュイアは口から毒の霧を、空のドラゴン目掛けて吹き掛ける。

 彼女は身体中に、毒物を仕込んでいた。

 そして、使える魔法も、毒や酸といったものに特化したものだった。


 サウルグロスは。

 毒の霧が胴体の部分に触れて、自身の身体の一部が腐食していく事に気付く。


「ほう? これは?」

 彼は少しだけ面白そうに訊ねた。

 受けたダメージの質は、強酸のようにも思えるが。

 どうやら、徐々に身体を蝕んでいくものみたいだ。

 おそらく、放置しておけば、全身が腐り落ちる攻撃なのだろう。


 ハルピュイアはブーメランのようなものを手にして、サウルグロスへと投げ付ける。サウルグロスは、その攻撃を叩き落とした。

 指先の辺りに小さな傷が出来る。

 そこが化膿して、徐々に皮膚が壊死していく。


 サウルグロスは指先を揺らす。


 途端に。

 ハルピュイアは黒い球体に包まれていく。

 そして、彼女の全身は、皮膚が溶け、肉も骨も、全て塵へと変わっていく。

 後には、砂粒のように崩れ去っていった。


「中々よかったぞ。この俺を毒殺しようとしたのか。だが、無駄だ」

 彼は腐食していく胴体の皮膚を、翼で引き剥がし、爛れている指先の皮膚を、もう片方の手で引き裂いた。その後、彼は回復魔法を詠唱して、瞬く間に傷を塞いでいく。


「さて。望み通り、エルフの方を皆殺しにする。一人残らずなっ!」

 彼は高らかに叫んだ。

 そして、テレパシーの魔法によって、ルクレツィアに住まう全ての者達に、その事を伝える。


 その後、すぐにルクレツィア全土に、オーロラの緑の光が太陽を使って解き放たれていく。オーロラは光の速さに達していた。




 塹壕の中だった。


 塹壕のリーダー格をしていたエルフの青年は辺りを見渡す。


「おそらく、俺達が滅ぼされたら、亡霊になってお前達に襲い掛かる。我々はヒドラを崇める誇り高き森の眷属だ。オークのみんな、最期に、試しておきたい事がある。やってくれないか?」


 塹壕の中にいたオークの一人が立ち上がる。


「俺の職業は武人だ。討伐隊には選ばれなかったが……。エルフの友よ、お前の考えている事は分かった。俺がやってみる」

 オークの戦士は、エルフの青年と手を合わせる。


「変身魔法」

 エルフの青年は言った。

「……だが、悪魔の眷属であった、闇の天使は死亡した聞くが」

 オークの戦士は不安そうに訊ねた。


「悪魔と天使は構成している肉体が人々の精神エネルギーのようなものだ。あれらは特殊な生命体だ。特に悪魔族は姿形がバラバラだった。オーロラの性質を知る必要がある。もし、遺伝子に反応するのだとすれば、それ自体を変える変身魔法を使えば、あるいは……」

 やるだけやってみよう。

 オークの戦士は、塹壕内にいた、数十名程のエルフ達の顔を凝視していた。



「次は、別の種族同士を試すわね。なら、その前にやってみる事があるわ」


 メアリーは即座に思い付いた。

 サウルグロスがオーロラを解き放つ直前に、彼女は行動に出る事にした。


 ミントとイブリア、そして前列でアンデッドを動かしているルブルの三名は、メアリーの言葉に耳を傾ける。


 彼女は幻影能力によって、人型のものを作成した。

 何体かのエルフの少女の幻影を大地に作成する。

 まるで、それらは生きた生命の灯るエルフのように動き出す。


「エルフの姿に反応するのか。エルフという肉体構造に反応するのか。もし、前者なら、……っ!」

 メアリーは顎に手を置いて思索していた。



 帝都から、遥か遠くの農園で牧畜を営んでいたエルフがオーロラに触れて、消滅した。

 廃墟の街に隠れて、森や大地に祈りを奉げているエルフの青年達が消滅していった。

 天空樹にて、主であるラジャル・クォーザの帰りを待つ、自然を崇拝するエルフ達の命が全て絶えていった。

 山々の中で、ひっそりと、家畜を飼いながら、滅びの景色から逃れていたエルフの家族達が全て緑のオーロラへと溶けて消えていった。

 暗い渓谷の奥に住む、毒の刃を武器とする誇り高きダーク・エルフ達も全て骨まで溶かされ消えていった。

 美しき容姿を誇りにし、吟遊詩人や踊り子などの職業を営みながら街の中で暮らしていたエルフの美女達が粉微塵の素粒子へと分解されていく。

 人間などの他種族との混成によって生まれたハーフ・エルフ達が、身体の半分を失うという形で次々と死亡していった。


 ルクレツィア中に住まうエルフ達が、ただ数分程度の時間で、みな、次々と死に絶えていく……。徹底した大虐殺は、もはやその種の運命の先を全て根絶やしにするものとして行われた。彼らはルクレツィアの神や、死後の世界や、転生した後の世界や、天空樹のヒドラなどに各々、祈りを奉げたが、何も報われる事なく、ただ無慈悲に死んでいった。


 圧倒的なまでの不条理(オーロラ)と、それを操り、処刑を取り行う邪神のごときドラゴンの力の前には、信仰や、神への祈りなど、何一つとして為す術が無かった。



 塹壕の外にいた、エルフの肉体が粉微塵に砕け散っていく。


 しばらくして、オーロラは再び、太陽へと戻されていった。


 塹壕内にいたオークの一人が周りを見渡す。

 そして、犠牲となった外にいた者にうやうやしく、礼をする。


「ありがとう。貴殿のお陰だ……」

 そのオークの姿形は変わっていく。


 やがて、元のエルフの姿へと変わっていった。

 塹壕内にいた、オークに化けていたエルフ達全ての変身魔法が解かれていく。

 助かった者は、みな、一人の“オーク”の犠牲によって命を取り留めたのだった。



「幸運ね」

 メアリーは言う。


 オーロラによって作成した、エルフの姿をした幻影の人形達も、オーロラに巻き込まれて消滅していった。


「これで、奴のオーロラは“姿形”で識別している事が分かったわ。……もっとも、私の幻影の実体化の能力は、限り無く、元の素材も複製出来るのだけど。本当に良かったわ。…………」

 メアリーは、少しだけ躊躇いながら言う。


「ルブルの城の中で、大量のエルフの少女を凌辱、解体、解剖しておいてっ!」

 メアリーは鬼畜極まりないカミングアウトを言い放った。

 竜王イブリアは……、かなり引き攣った笑いを浮かべる。


「あの、それって……」

 ミントは気付く。


「ええっ! 貴方を幻影でコピーして、コピーを貴方同然に思う存分に凌辱出来るっ!」

 メアリーは自信たっぷりに言い放った。


「やっぱり、お前、サウルグロスと同じレベルの外道だわ……っ!」

 ミントはぷるぷる、と怒りに打ち震えた。


「本音の暴露……いや、冗談はさておき、ミント。いざとなったら、やるわよ。貴方、ハーフ・ドラゴンだっけ? 正直に言うと、人間レベルのものをコピーするとなると、私の幻影の力じゃ維持し切れない。せいぜい、数分って処かしら? かなり消耗するわ。内部構造までコピーするとなると、更に時間が短くなるわね。良かったわね、そんな時間じゃ、凌辱を楽しめないわ……」

 メアリーは酷く残念そうに言う。


「能力の維持に努力するわ。一時間くらい幻影の人形を維持出来るように、頑張るわっ!」

 メアリーは嬉々として言った。


「いや、貴方のマスターベーションの話なんて聞きたくないわよっ! それ、私の姿したラブ・ドールでしょっ! ねえ、此処から突き落としてもいいのよっ!」

 ミントはメアリーをぶち殺す為に、イブリアから教えて貰う予定の滅びの魔法を、全力でこの女に撃ち込むべきかを真剣に考えた。


「どうでもいいが、二人共」

 イブリアは暗い顔をしていた。


「オーロラによる、エルフの絶滅によって、引き起こされた事があった。やはり、か。完全に二つの能力を奴は繋げている。種族絶滅とネクロマンシー。最悪の相性の組み合わせだ。……もっとも、奴にとっては、最高の相性なのだろうが……」


 街全体に怨念のようなものの濁流が広がっていた。


 ルクレツィア全土に、滅ぼされたエルフの亡霊達が現れる。

 そして、次々と、オーク達に呪詛を撒き散らしながら、襲い掛かっていく。


「本当に、どちらでも良かったみたいだな。どちらの種族が滅んでも、滅んだ側が、生き残った側へと憎悪を向ける。奴の嗜虐性は、やはり徹底していたみたいだ」

 イブリアは極めて険しい顔になった。


 上空から街を見下ろすと、あらゆる場所で、新たな悲劇が膨れ上がっているみたいだった。死んだエルフ達が、オーク達を亡霊となって殺して回っているのだろう。犠牲者は、更なる犠牲者を増やす為の道具となっていく。それこそが、ネクロマンシーにおける災厄そのものだ。エルフの亡霊によって殺されたオーク達もまた、行き場の無い無念の怨嗟と絶望に駆られながら、生ける者の命を奪おうとする化け物へと変わっていく。


「弱点は、あるのでしょうか?」

 ミントはイブリアに訊ねる。


「我々はまだ試していない事がある」

 彼は神妙な事で言った。


「我々はサウルグロスを攻撃した。そして、オーロラに触れた怪物を倒していった。……だが、そもそも、オーロラ自体はどうなのだろうか? 消し飛ばせるのか? かき消せるのか?」

 イブリアはそのような事を言った。


「……えっ?」

 ミントは声が裏返る。


「あれを、攻撃するのですか?」

「あれの性質を調べる必要がある。あれは光の形をしている為に、あれを攻撃する事は不可能だと考えていたが。あれは高密度の魔力の結晶体だ。ならば、何かでかき消す事は可能なのではないか? 炎か? 冷気か? それとも、光か? あるいは闇か?」

「私達のいた世界でも、オーロラという現象は謎に包まれているねえ。電気を帯びた粒子、つまり、太陽風(プラズマ)とも言われているわね。実際、発生の際に、電磁波、電流、磁場、熱などが放出されているとも言われている。音が出るのかどうかも研究されているわねえ」

 メアリーは口を挟む。


「そうだな。やはり、あのオーロラの性質を知る必要がある。敵の攻撃魔法に対して、攻撃魔法でかき消すのは初歩的な戦略の一つだ。みな、それをやらなかった。あれが余りにも強大過ぎる力を有していたからだ。みな、サウルグロスを倒す事ばかりを考えていた。あるいは、奴の攻撃に対処する事だけをだ。知性の高いヒドラ、ラジャルでさえも……」

 イブリアは少し悔しそうに言う。


「今度はこちらから攻めるぞ。三度目のオーロラの攻撃は必ず止めるっ! そして、奴を倒す」

 イブリアは思考を巡らせる。


 既に、誰かが試しているかもしれない。


 奇形化したモンスターの討伐の際にオーロラを出現させていた。既に誰かが、あのオーロラを退けられないか、かき消せないかを、試している者が生き残った者達の中にいるかもしれない。その者と情報を共有する必要がある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ