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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
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P2-54 ヒカリヤミ





 意思と謀略と暴虐の、入り乱れ混沌する場所。

 誰かの守り手たるために、得物を手にし、戦うことが許され推奨される場所。

 決して短くない間生ぬるいやわらかな空気に浸かっていたジュペスの肌は、現在と過去との落差を当然のように歓喜した。

 ぴりぴりとうなじのあたりがしびれるような、少しでも気を抜けば、必ずどこかしらに影響が出かねないような。

 そんなやさしくない場所をこそ、結局のところこの身は望んでいた。


「平気か? ジュペス」

「大丈夫です。何も問題ありません」


 現在のジュペスらの周囲には、斬り伏せられ或いは魔術により何かしらの怪我を負わされ、ぐったりと地に臥した多くの人間の姿があった。

 これらすべてが違法の物品をこの国に流すため動いていたことを思うと、ジュペスもやはり、何とも言えない気分にならざるを得ない。一体何のための国かと、壊すための国ではなかろうと彼らに説いたところで、きっと何を言っているのかというような顔をされるだけの話なのだろう。

 この場にいる第八騎士団の団員の中でも、確実に最も多くの相手を斬り伏せたであろう男はふと、息を吐いた。


「ああまで贅を尽くしておいて、終わりは随分、呆気ないもんだったなあ」


 平板な口調でそう呟く彼、エネフの手に現在携えられているのは幾枚かの証書だった。

 それは一切の取引をこの国では禁止されている物品いくつかの納入書であり、領収書であり、契約書だった。地下の奥の奥に隠れ潜んでいた彼らを叩きのめしてようやく手に入れたその書状の何が悲しいと言えば、その全ての取引相手の名が、現在のジュペスたちの属する場所において、最も立場が上の人間のそれになっていることだろうか。

 都合の悪いことからは雲隠れし、あらゆる事象への帳尻をうまく合わせてしまうことだけには天才的な能力を持っていたらしい上官の脂ぎった顔をふと、思い返す。ある程度の諸事情を抱えることになりつつもようやく晴れて団に戻れたジュペスだが、残念なことにおそらくもう二度と、あの男の姿をこの目にすることはないのだろう。

 そんな事実を確定するための場にいられたというだけでも、多少の無理を通してもらい団に戻った甲斐はあった、と思う。

 あまりに唐突にこの第八騎士団へと戻ってきたジュペスに対しての奇異の目も、今更もう何も彼には知ったことではなかった。やはり自分のいるべき場所、身を置くべき、動いていくべき場所はここなのだと、改めてジュペスは確信する。

 果たして彼が消えることで、この場は何が変わるだろうか。

 至極真面目な顔で周囲を見やっているクレイや書状を懐へとしまいこむエネフ、少なからず動揺はしながらも同時にどこか、ほっとしたような風情もある団員達の姿を眺めながらジュペスは思った。


「いきなり戻ってきていきなりあんなに動いて、本当に大丈夫なのか? アイオード」

「ロフィレス」


 不意に横から向けられた声に、のんびりと周囲に巡らせていた視線を目前へとジュペスは戻した。声の主はそれなりにジュペスも良く知る、彼と同じ騎士見習いとしてこの第八騎士団にいる男のものだった。

 いつものように取り巻きの数人を自身のすぐ後方に引き連れた彼アザール・ロフィレスは、何とも気に入らなそうなあからさまに胡散臭そうな目でジュペスを見やってきた。


「まるで狙ったかのような頃合いで戻ってきたものな、おまえは。地道な調査など自分の領分ではないと、そういうことか?」

「アイオードほどの力量ならまあ、そんな世迷言めいたことを口にしたところで誰も反論なんてできないんだろうけどな。どうせそういう雑務は俺たち、下っ端がやるって決められてるんだ」


 取り巻きの数人がつまらなくさえずる。表向きは一応ジュペスを認めているようでいて、その実まったくもって、彼を廃絶する方向にしか彼らは言葉を紡ごうとしない。

 思わず、幾度か瞬きをする。何というかまったく彼らは、本当にとにかく、相変わらずだった。

 おおよそ二カ月弱、ジュペスはこの場所を完全に離れていた。まともな向上心を持っている騎士見習いなら、二カ月もあれば、新しい魔術の三つや四つものにしていてもおかしくはないし、ひとつひとつの動きのキレが、より洗練されていて当然のはずだ。

 しかし彼らは、変わらない。多少扱う魔術の変わった輩はいたような気がしたが、結局は何も、彼らは変わっていなかった。ジュペスの記憶にある彼らから、何一つとして変化してはいなかった。

 どうせならこの不気味な不変も、壊れてくれればとジュペスは思う。

 この団の一切を取り仕切っていた第八騎士団「リヒテル」団長、オルヴェル・ローガニルトという存在の終わりに、よせて。


「なんだ、久々に団に戻って、他人とまともな口を利く方法も忘れたか?」


 横柄かつどうでもいい言葉を、ただ静かにジュペスは聞き流した。

 今回のこの場の立ち回りにおいて、ジュペスたち騎士見習いはこの場に召喚された魔物の討伐を任された。騎士たちが大々的な場の制圧を行い、騎士見習いたちは、制圧の邪魔となり得る一切を消し潰せと命じられたのだ。

 魔物の等級は最大でもファラト【剣欠】級、学院を卒業した魔術師ならば誰でも倒すことが可能なものあったこともあり、そう大した手間も時間もかけずに騎士見習いたちは全ての魔物を倒し終えた。新たな右腕を戦闘に用いる違和感との戦いの中、気づけばジュペスの周囲には数匹のファラト【剣欠】級および、その一つ下の等級に当たるテルモド【傷喚】の死骸が転がっていた。

 そんなジュペスの一方で、ロフィレスたちの倒した魔物の数は二十を越えたらしい。

 だからこそ今、いかにもジュペスを見下すような目をしてロフィレスらはこちらを見てきているのだ。


「……」


 本当にあの場は良くも悪くも、あまりに気安すぎる何を深く迂遠に考える必要もない空間だった。あの場ではジュペスは常に、ただ守られるだけのそれが当然の「庇護対象」だった。一度死に掛けた人間が何を言うのか、何の文句があるのかと言われそうな気もするが、やはり一定以上の時間が過ぎてしまえば、それはあまりにやわらかすぎて、どうしようもなく、違和感があった。

 避けられないのは無数の刃。それは実在する刃であり目に見えぬひそかな悪意という名のものであり、このような場に戻れば当然のように、また向けられるようになるどこにでも存在するありきたりなものである。

 彼らが倒したという魔物のうち、ほとんどは最弱のグリッテ【浮闇】級かその次点のテルモド【傷喚】級、要するに確実にファラト【剣欠】級より弱い魔物であることをジュペスは知っていた。

 しかしそのようなつまらない事実を、敢えて口に出して言う必要性も全く、彼は感じていなかった。

 そもそもジュペスがこの場に戻ったのは、少しでも自分が恩人の助けとなるべく動くためである。弱い魔物を多く倒して、その数だけを馬鹿馬鹿しく無意味に誇るためでは決してない。

 恩など感じずとも良いと、彼は笑っていたけれど。

 何となく昨日の光景を思い返していれば、結果的に半ば彼らを無視するようなかたちになったジュペスの態度が癇に障ったらしく、俄かにロフィレスは語気を荒げた。


「随分と俺たちに対して、嫌な眼をするようになったな? アイオード」

「何の話?」


 ジュペス当人にしてみれば、それは言いがかり以外の何でもない台詞だった。一刻も早くこの場で押収することのできるすべての証拠がエネフ達の手に入ることを願いつつ、淡々と平板にジュペスは応じた。

 ジュペス・アイオードという人間は何一つ、以前から変わってはいない。その胸に抱く願いも決して折ってはならない意志も、なにも変わってなどいない。

 強いて変わったことと言うなら、知己が増えたことと腕がかわったことだ。

 その他の何も変えないことを、リョウ・ミナセという人間が可能にしてくれたからこそ今、ジュペスはここにいることができている。


「休養、静養なんて言って、その実何か特別にけいこでもつけてもらってたんじゃないのか? おまえは」

「え?」

「どんな手を使ってルルド家などに渡りをつけたのかは知らないがな。おまえのような地方の田舎者をわざわざ拾い上げるとは、ルルド家もよく分からないことをするものだ」

「……」


 したり顔で心底下らないことばかりを言う口を、何とも言えない気分のまま黙ってジュペスは眺めた。

 彼らの言葉はまったくもって、事実にかすってすらいない。彼のみならずルルド家にも本当に手間をかけさせてばかりで、何からどこへ、どう恩を返していけば良いのかすら既に果てしない。

 しかし自身の事実について、少なくとも今のところは他言するつもりなど一切ジュペスにはなかった。

 あんな奇妙で途方もない、まず信じがたい顛末を説明してみたところで、哄笑と嘲笑に付して捨てられることは明白だ。彼らが唐突に、ほぼ誰にも何も告げずこの場に戻ってきたジュペスを気に食わないらしいこともまた、分かってはいる。

 だからこそ、ただジュペスは沈黙だけを選択し実行した。彼らと会話を続けるより、さらに何をすればリョウを助けられるか、彼の無実を証明することができるか。今はただそれだけを、強いて考えることにする。

 無論そんな無関心は、さらなる彼らの怒りを煽るだろう。

 分かってはいるが、だからといって、今更己のありようを変える気もまたジュペスには、ない。


「……っ!?」


 下らなく平和でどこかひどく暢気な、思考を続けられたのはそこまでだった。

 何の前触れもなしに唐突に、己の右腕が、跳ね上がった。





『どうせなら、装着してる人を一回だけでも確実に守ってくれるとかさ』


 彼がそんなことを言ったのは、果たしていつのことだったか。

 周囲の二人に呆れられながら、しかしそれでも彼は、笑って。


『何か特別な機能があるなら、絶対、そういうもんのほうが――』





 その時一体何が起きたのか、ジュペスが理解するのは非常に困難だった。

 何を感じたわけでもない。何が実際に襲いかかってきたわけでもない。

 そんな中でなぜか唐突に右腕はジュペスの意思を一切無視して跳ね上がり、ぶわりと目の前に極彩色の光の膜のようなものがあっという間に展開された。

 異常なまでに鮮やかな色の、全展開とほぼ同時に何かを弾いたひどく甲高い耳障りな音が鼓膜を打ち据える。思わず目を見開く、そして次には、金属音となりかわって場に一斉に響き渡ったのは絶叫であり、その色彩の膜が目前でぼろりと空間に融け落ちた光景だった。

 わずかばかり前には当然のようにその場に立ちジュペスを見下していたはずの騎士見習いたちが、揃って顔や手や足を押さえて呻いている。

 周囲を見れば今もまだ、この場に立つことができている騎士見習いはジュペス一人だけ。他の騎士見習いは誰一人として例外なく、身体のどこかしらの部位から血を流して泣き喚いていた。

 なんだこれは、一体何があった。

 俄かに思考の動かないジュペスを、彼と同じく状況の理解できない団の騎士がこちらに問いかけてこようとする刹那。

 彼らをバシリと打ちすえたのは、鋭いクレイの大音声だった。


「伏せろ!!」


 その声に命令に半ば反射的に従った、ジュペスの頭上を何かが猛烈な勢いとともに擦過していく感覚があった。呻きは止まない、叫びも止まない。しかしそんな狂乱の中で、ただ混乱のうちに沈むこともまた、決してジュペスには許されない。

 ヒュン、と不意に風切り音が、わずかにジュペスの耳朶を打った。

 すかさず身体を反転させ、一度は鞘に収めた剣を再度引き抜くとともに己の斜め上にあたるその位置へとひと息に切り上げる。金属同士のぶつかり合う甲高い音がまた鼓膜を揺さぶる、正確な位置も狙いもつけられはしなかったジュペスの剣は、さして長い時間の鍔迫り合いを耐えることもできずに中空へと吹っ飛ばされた。

 ジュペスの目前に立つそれが、鍔迫り合いをしていた剣を振りかぶる。

 一切の状況理解の時間など相変わらず与えられぬまま、ただ一瞬先の己の命を守ろうとすべくジュペスは手を伸ばした。


「ッ!!」


 咄嗟にそれへとかざした右手のひらに、相手の刃が食い込む衝撃があったと思った瞬間。

 唐突に右腕を中心に全身に響いた反作用力に、満足に地面など踏み締める時間を与えられなかったジュペスの身体は後方へと勢いよく吹き飛ばされた。わずかに遅れて鼓膜を打つ硬音と衝撃の強さに、おそらく何かが右腕から飛び出したのであろうことを知る。

 ギシリとひどく嫌な音を立て、目の前のなにかが、軋んだ。

 ひどく無機質な相手の「顔」に、その中心に一本のナイフが、じゃらりと柄の先に二本の鎖を靡かせて突き刺さっていた。


「……レジュナ【傀儡】」


 目前を見据えそう呟いた、言葉が誰のものかは知らない。

 副長が苦笑した声を、聞いたような気がした。だがそれらすべてを拾う時間はなく、じゃらりと鎖が鳴りぎしりとその鎖に締め付けられる「それ」の顔面が軋み、しかし明らかに異様な強度の、鎖の痛みなど感じていないかのように――否、実際感じてなどいないのか。巻きつく鎖の下から、(うろ)のようなまっくらな二つ穴がじっとジュペスを視ていた。

 声にならない、他の騎士見習いたちの呻きが聞こえた。今しがた自分は己のみを守ったのではなく、守られたのだとまだ冷静な思考のどこかが淡々と解析の結果を弾き出した。

 背筋にひどく、いやな感覚が走った。これは魔物とは異なるものだと、本来の己であればおそらく敵わないほどのものであろうと直感が告げてくる。

 ゆらりゆらりとどこか不安定に立つ、それは明らかな異質だった。

 相手の力量をはかりかねる意味でも、おそらく今地に倒れ伏している他の騎士見習いたちすべてを薙ぎ払ったのが、ジュペスが目の前にするこのたった一体の傀儡(ヒトマネ)であるという意味においても、だ。刃を受けた右手をちらりと見やれば、いびつに手のひらに空いた穴が、あの奇妙なナイフの内蔵と、おそらく正式な使用法ではないような状況であれが飛び出したのだろうということをジュペスに知らせた。

 ぎしり、ぎしりとまた軋むのは、鎖に締められる人形か、それともその足が、こちらに向かうが故か。

 どこか鉄錆びた感覚が、全身に広がっていくような気がするのは、錯覚か。


「……っ!」


 くわ、と哂うように開いたそれの口内の、異様な赤さを目にした瞬間ほぼ反射的にジュペスの身体は動いた。

 目前の人形が手にするのは曲刀ファルシオン、片刃で身幅の広い、断ち切ることを主要素として作られた短く重い刀剣だ。異様な文様が光加減によって明滅しているように見えるのも、おそらくジュペスの気のせいではない。向かい来るそれの速度はやはり異常に速い、主たる得物を弾き飛ばされてしまったジュペスには、普通ならばそんなものに立ち向かえるだけの方法など残されていないはずだった。

 しかし彼は、迫りくる死の気配の中で小さくふと笑った。

 何を教えられたわけでもないのに、何をすべきか、今この状況下でなにをするのが最も効果的であるのかの答えを彼の頭はごく自然に弾き出していた。


「無茶苦茶だ」


 赫を目前に彼は笑う。生身の体では決して不可能な方法、今の彼であればこそ可能な方法。

 バチリと右腕に何かが(まつ)わる、ぐっと「親指」を内側へと強く握り込む、先ほどの無茶のせいであいた穴に微妙に突き抜けた異様な空虚に、異常を覚える時間はない。

 大きく振りかぶられる刃、誰かが息を呑んだ。傍目には動いていないように見えるジュペスの、終わりでも勝手に予見したのかもしれない。

 刃の風切り音が向かい来る。さらにバチリともう一度右腕に、ひときわ強く何かが纏わる気配。

 迫る刃へと右腕を突き出した瞬間、「それ」は完全に目前に展開した。


「な、っ!?」


 また、誰とも知れないものの声が聞こえた。「普通」に受ければまずこちらが力負けして吹っ飛んでしまうだろう人形の(ファルシオン)を、今ジュペスに届く直前で止めているのは「腕」だった。

 より正確に言うならば、バチバチとその周囲に紫電を散らす、先ほどまではしっかりとした「腕」の形をしていたもの、だ。手の甲に当たる部位周囲から伸びた白銀の美しい刃が、あたかも当然のように相手の刃の中心を貫き、決してジュペスには危害を及ぼし得ない場所でぴたりとその切っ先を止めてしまっていた。

 纏わる電流が金属を伝わり、びくびくと異様に人形の腕がけいれんするのが見える。おそらくあの二人のことだ、普通の人間なら到底耐えられようもないものが相手へと一方向性に流れ込んでいるのだろうことは明確だった。

 しかし、と今更ながらふと思う。そんな人を、ジュペスを守るものを創ってくれた人が同時に造っていたという人形を今、破壊するという状況。

 確かに彼女の意図というのは、こちらにはまったく今のままではわからないなと、思う。


「――【この手に求むは斬魔の風、希くは波動の烈陣】」


 だからといって、目前をふさぐ、この道を閉ざそうとするそれへの容赦など一切してやる気はない。

 相変わらず中心に突き立ち動かないファルシオンから人形が手を離す気配がないのは、得物から手を離せという命令が指先にまで伝わらない状況にあるからなのかもしれない。正確なところはあの二人に訊ねなければ、決して答えなど得られはしないのだろうが。

 刀剣に刃を突きたてたまま、発動させる魔術が変質する。

 紫電と風とが絡み合い、目前の傀儡を破滅させるモノへと、――変わる。


「【闇へと突き立ち、吹き荒べ】!!」


 詠唱が完成するその瞬間、こちらの刃が突き立っていたファルシオンが木っ端微塵に砕け散る。

 それら破片すら風に煽られ、一斉に人形へと向かって襲来する。貫き引き裂き弾ける無数の風と金属と紫電の連なりは、それにたとえまともな声があったとしても発するのを決して許さぬ高速で、傀儡を砕き、そして消えた。

 消滅を目にしたほぼその瞬間、ぐらりとひどく揺らいだ視界に思わず足がふらつく。

 それが久しく感じたことなどなかったはずの魔力切れの症状であると、理解するのに多少なりとも時間が要った。


「……ぅわ、」


 一際大きくまた視界が揺らいだ瞬間、がくりとジュペスは膝から床へと崩れ落ちた。

 回転の止まらぬ視界に、思わず目を閉じる。深々とひとつ息を吐く、まだ他の騎士たちがそれぞれ傀儡と戦っているのだろうことは音や気配で推して知れたが、身体から一部をごっそり抜き取られたかのような虚脱感には逆らえない。

 まあ幸いか、今ある以上のレジュナ【傀儡】がこの場に現れるような気配はない。今ここでジュペスがみっともなく地べたに座り込んでしまったところで、それを咎めるような輩は先ほど倒したあのレジュナ【傀儡】の最初の攻撃にて全てのされてしまっている。

 ただ他人を害するがため、それだけのために使われる道具。人々を偽り、苦しませ、混乱に陥れ、ものを崩し、国を崩落へと導く、それだけのもの。

 少しでも歴史を知るものなら、誰であろうとそう口を揃えてレジュナ【傀儡】およびレジュナリア【傀儡師】のことを言うだろう。そこに個人への情はなく、情状酌量などという甘いものも一切、存在してなどいない。

 破滅と、希望と。

 それらを一人の存在に、混ぜ()ねてしまった恩人のことを改めて、思う。



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