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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第一節 変化の来訪/不持の青年
11/189

P10 未知との遭遇1



「……さて」


 悠然とそびえ立つ巨大に豪壮、かつ絢爛な建物を目前に、特に意味もなく大きく、ひとつ椋は深呼吸をした。

 現在椋が立っているのは、このエクストリー王国随一の蔵書量を誇る、らしい王都中央図書館「クロスティア」の正面扉前である。明らかに図書館と呼ぶにはきらきらギラギラしすぎているその場所は、一般庶民にはどうしても、あっさり踏み込むにはあまりに敷居が高かった。

 しかしいつまでも門の前をひとりで塞いでいるのも、邪魔なうえにとてつもなく無意味である。

 もう一度大きく深呼吸をして、よしっと小さく己に気合を入れて椋は扉を開けた。





「……う、そだろ…」


 俄かには認めたくない現実に、もはや椋は絶句するしかなかった。

 椋の本日の目的である、中央図書館における治癒魔術関連の蔵書。それは全体を百とするならば、…いや、全体を一万として、ようやく五あるかないか、がいいところだった。

 明らかに人間の立ち入り絶対数が少ないことがうかがえる、このだだっ広い無駄に豪勢な図書館の、本当に隅の隅にどこかぼろりとひっそりとそのコーナーはあった。ちょうど椋の背くらいの高さと、八十センチほどの幅の決して大きくはない本棚ひとつ。それが、この中央図書館における治癒魔術関連の蔵書のすべてであった。

 そんな馬鹿なと、正直思った。

 いくら元の世界においても、医学の本格的な発達は十九世紀以降だったといっても、それでもこれはいくら、…なんでも。


「すごいでしょう? 治癒魔術関連の本だけで、棚がひとつ埋まるのは世界広しと言えど、このエクストリー王国中央図書館だけだと思いますよ」


 しかしただただ絶句する椋の様子を、案内をしてくれた図書館員はまるきり逆の意味で解釈したらしい。にっこりと笑いそう言って、それではごゆっくり、くれぐれも本は大切に取り扱い下さいね、という言葉とともに、ひとつ礼をして彼女は去っていった。

 がっくりと、大きく椋は肩を落とした。しかしまあ、とりあえず調べ物が「できる」だけでもましだと思うべきなのだろう、おそらく、今は。

 そういえば昔の日本では、医術は一子相伝の秘であり、それが故に世界的には、最初に全身麻酔を使用した手術を成功させたのが日本人であるらしいことが知られていなかったりするのだったか。

 もしかしなくてもこの世界における治癒魔術も、それと同じような状況にあるんじゃないだろうか。というか他の誰でもないあいつのことだ、そういう妙な設定も考えかねない、いやでもそんな豆知識つきの麻酔科学のプリントなんて見せたっけ。

 やや現実の重要事とは乖離(かいり)したことも考えつつ、総論が手堅くまとめられていそうな一冊を選んでひょいと、本棚からそれを椋は抜いた。

 軽く七百五十ページくらいはありそうな分厚いその本は、手にしただけでずしっと、紙媒体特有の重さを彼の手首に伝えてくる。


「…うーわ、やっぱ古い上にぜんぜん借りられてないな」


 いかめしく派手な表紙をめくって中を見てみれば、版は当然のように初版、発行の日付は軽く三十年以上も前だった。ついでに言えば最後の貸出日付も、五年前になっていた。

 微妙なほこり臭さと、古書特有のどこかカビ臭いようなにおい、黄ばんで縁がところどころぎざぎざになっているページ。

 それらに苦笑しつつ、ざっと目次を確認してから椋は手にした本を閉じた。目次を見る限り、内容的には多分これでいいだろう。しかしどうせ本を読むなら、机と椅子があるところでしっかりと、自由にメモが取れるような状態で読みたかったのだ。

 空いている備え付けの机と椅子は、中央図書館という名にふさわしく、また館の外装と同じく妙に無駄に豪華にたくさんあった。

 数の割にあまり人が使っている様子がないのは、今がまだ学生の試験期間ではないから、らしい。学生の試験が近くなると、普段は解放していない上の階も学習室として開放されることもあるんですよ。妙におしゃべりな図書館員は、笑顔でそんなことを言っていた。

 適当な椅子を後ろに引き、カタンと音をさせて椋は机の前に座った。

 ヘイお手製の亜空間バッグから、彼に頼んで借りてきたペンとノートを取り出す。ノートの一ページ目を開きながら、そういえば元の世界では、二十年どころか十年、いや五年前に刊行された本にもほとんど手をつけなかったなとふと、椋は思った。

 何しろ医学の世界は未だに、日進月歩である。

 特に遺伝や免疫の機構についての詳細などを調べようとすると、少し前の教科書であっても「まだ解明されていない」部分となっていたり、現在における事実とは、異なる記述がされていたりすることがままあるのだ。薬の適応や症例数、患者数や保険認可なども年々、変わっていく。試験の過去問を解いていると、数年前までは正解だった選択肢が、今では間違いになっていて結果答えは「なし」だというのも別に、ないことではなかった。

 しかしこの棚の場所、そして収められている本たちの状態を見る限り、この書物の版を更新する必要はどうやらこの世界ではまったく、ないようだ。

 いやまあ今、俺が知りたいのは基礎の概論的なところだし。

 どうにも釈然としないものを感じつつ、分厚い重い概論本を改めて机に置き、ひらく。


「…さて」


 慣れない古書のにおいと黄ばんだ頁に何とも言えない気分になりつつ、持ってきた本のページをめくる。

 知りたいことがあった。わからないことがあった。

 分からなければ、解決できないと確信できてしまう大きな疑問があった。

 いったいどうしてこの世界には、「治癒魔術」というひとつの大系において、祈道士と治癒術師という、ふたつの職が別々の魔術を扱うものとして存在しているのだろう。

 あえて別個の職として、ふたつが存在する理由とは果たして、何なのか。何の意味を持って、ふたつはふたつとして存在を確定されたのだろうか。

 研究者たるヘイをしても「違うものは違う」以上の答えを出せていない問いには、しかし絶対に明確な答えが存在するはずだった。

 なぜなら椋は知っているからだ。この世界に現在存在している誰よりも、よくよく分かっているからだ。

 ここに今いる人、もの、摂理。この世界そのものを作り上げた、言うところの「創造主」である人間を、本当に昔から嫌になるくらいに良く、知っているからだ。

 他の誰でもなくあいつが、他の何でもない「医療」に関する設定を適当に意味もなく分割するはずがない。

 何しろ奴―――水倉礼人という名の幼馴染には、水瀬椋というある意味、無限の医療関係情報ソースがあったのだから。


「………」


 目にしているのはまったく訳の分からない文字だというのに、なぜか余すことなくその意味を理解することはできる。

 それはこの世界で椋が本を手にしたことによって発覚した、かれの言葉に従って言ってしまえば「異世界トリップにはつきもののご都合」のひとつであった。それには無論、言葉が何の苦労なく通じることや、きちんと意識してさえいれば、この世界の言葉であろうと何の不都合も間違いもなく、普通に書けてしまうことなども含まれている。

 文字それ自体は読めないのに、文字列を追いさえすれば、その文脈は意味合いはつらつらと完璧に掴めるのだ。

 こんな力が対:英語でも発揮できていたなら、きっと英語の論文やら教科書を読むのもそんなに辛くないんだろうな、などと発見の当初には半ば呆然としながらも思ったりした、椋である。


「……ええ、と」


 どうでもいいことを隅では考えつつも、わりに真面目に椋の思考の大部分は動いている。カリカリと、ノートの上を進むペンの音だけが小さく響いていた。

 調べようとすればするほどに、着々と時間は過ぎていく。

 治癒魔術二種、それぞれの起源から今に至るまで。そして、それぞれの得意/不得意とする分野。

 それぞれの術式に関しては、なんとなくその意味は分かるものの、どうにも奇妙な装飾記号がごちゃごちゃに混ぜ込まれた、不格好な模様の集合体のようにしか椋には見えなかった。もっと綺麗にする方法があるんじゃないだろうかと、きちんと理解をしているわけでもないのになぜか思ったりした。

 しかも同じような症例に対して行う魔術の術式でも、祈道士と治癒術師のふたつを見比べてみると微妙に、というより結構に何かが違う、ような気がする。

 あくまでも違う気がする、としか言えないのは、ぺらぺらとそれぞれの頁を行ったり来たりすることでしか、椋には二つの比較ができないからだった。

 コピー機という文明の利器、格安お手軽の複製装置を、今ほど心底懐かしくその不在を恨めしく思ったことはない。コピーして二つ並べて見れば、何が違うのか、何があって何がないのかしっかり比較できるはずなのに。

 まったく違うということであれば、その意味合いそれぞれを、それぞれの教科書から地道に追っていけば、多分…。


「……ったく」


 だからと言って複雑怪奇な術式、という名の珍妙かつ膨大な模様をノートに写し取る気も起きず、これから自分のやらなければならないであろう作業の地道さとその量とに多少なりとも椋はげんなりした。

 何となく疲れを感じた気がしてひょいと近くの時計に目線をやれば、既に時刻は昼食の時間を大幅に過ぎていた。現代の椋の基準で言えば、おやつの時間の方が近いような時刻を時計の針は示していた。…この世界の時計が、時間の表現方法以外は椋の慣れ親しんだ六十進法であることに気づいた時は正直、非常に嬉しかった。

 結構に集中していたらしい自分に小さく笑って、ノートとペンを手早く片付けその場に椋は立ち上がる。ぐう、と、その動作をまるで見越したかのようなタイミングで一度小さく腹が鳴った。

 図書館利用者用の食事スペースがあるので、もしお腹が空いたときには自由に使って下さいね。

 やはり先ほどのおしゃべりな、図書館員が説明してくれたその場所に椋はひとまず、足を向けてみることにした。





 …自分で弁当作ってきたの、やっぱり正解だったな。

 四角い薄切りの白パンに、野菜、肉、卵などを適度にはさんで手頃な大きさにしたもの―――お手製サンドイッチをほおばりつつ、カフェで頼んだコーヒーでごくりと胃に流し込む。

 一般的な昼食時からは時間帯が完全にずれているからか、あるいは元から、この中央図書館を使用する人間がそう多くないせいか。快適に広いフロアに対して、それを利用する人の人数はまばらだった。…これで採算は取れるのだろうかと、要らない心配をしたくなるレベルである。

 しかしだからといって、ここの調理場のシェフたちが作る料理を頼む気にもなれなかった。

 メニューからしても明らかなことだが、どう見ても昼につまむには量があまりに多すぎるのである。昼からコース料理など食べたくはない。確実に胃がもたれる。

 まああれだ、庶民は庶民らしく身の丈に合った適切な食事、だ。

 ひとりでうんうんと頷きつつ、サンドイッチを椋はぱくついていく。それに今日の炒り卵は我ながら、なかなかうまく出来たような気がする。

 もう一つ食べようとボックスに手を伸ばしたとき、不意に横から伸びてきた別の手がひょいと椋の目前でそのお目当てを攫っていった。


「え? たまご」


 我ながら小学生のような言葉とともに目線を上げれば、サンドイッチ泥棒の手は、どっしりとした大柄なおっさんへと続いていた。

 骨ばった大きなその手が掴み上げたたまごサンドは、ひょいとあまりに無造作にそのおっさんの口の中へと放り込まれた。もぐもぐと口全体を動かすようにして何度か咀嚼して(一口で食べ切れてしまうようなかわいらしい大きさにはしていない)、ややあって少し驚いたように、目前のおっさんは目を丸く見開いた。

 ごくんと、くっきり存在感を示す喉仏が上下する。あんまりに堂々とした飯泥棒になんと声をかけたものか迷っていると、先に目の前の彼の方から椋へと声をかけてきた。


「うまいなぁこれ。なあ坊主、これ、もしかしておまえが作ったのか?」

「え、あぁ、そう、ですけど。それが何か?」

「いや、自前で食事用意してくる学生なら結構見てきたんだけどな、俺も。でもおまえみたいな弁当を作ってきたのは、初めて見た」

「あー、…まあ、そう、かも」


 なにしろサンドイッチというのは確か、トランプか何かが大好きだった伯爵が、ゲームを中断しないで食事ができるようにと厨房に命じて作らせたものがはじまりだったはずだ。無論この世界にもものぐさはいるのだろうが、魔法で代替できてしまうが故に、こういう些細な日常動作のショートカット、ファーストフードなどの系統は発展しないのかもしれない。

 しかしいくら物珍しいからと言って、何の断りもなく他人の弁当を横取りする大人というのもどうなのか。

 そもそもこの、服装からして図書館の人でもない知らないおっさんは一体誰なんだ。なんなんだ。


「…んー…」


 考えつつ、眉間にしわが寄るのを自覚しつつ、泥棒のおかげで最後の一つになってしまったたまごサンドに椋は手を伸ばす。もそもそ咀嚼していると、どかりと無遠慮に妙に豪快に、椋の目の前にそのおっさんは座った。

 ええっと思っていたら、また声をかけられた。サンドイッチへ向かって伸びてくる腕と同時に。


「坊主、もうひとつ食ってもいいか? お、こっちは肉なのか」

「いや、返事する前にもう取ってるし、このおっさん」

「お? 今俺のことおっさんって言ったな? まったく失礼な坊主だ」

「勝手に他人の昼食を横取るおっさんのほうが、ずっと失礼だと思いますけどね、俺は」


 生憎のところ、椋という人間は無礼に礼儀で返せるようなできた大人ではない。一応それなりの時間をかけて作った昼食を勝手に取られてしまえば、多少なりともむっとするのは人間として、少なくとも椋にとっては当然であった。

 ずけずけと言い放った椋に、一瞬ぽかんとしたような表情を目の前のおっさんは浮かべ、そして次にはひどく楽しそうに破顔した。

 しかも椋の何が彼の琴線に触れたのかそれとも触れていないのか、どうやらこのおっさん、二つ目のサンドイッチを食べ終えてもまだ椋の前に居座る気満々らしい。適当に椋が放っていたメニューを彼は手に取ると、軽く手を上げ、寄ってきた店員に向かって何か飲み物を注文していた。

 ついでにそんな行動をしつつ、逆の手はまたひとつサンドイッチを勝手にボックスから掻っ攫っていった。ひどい大人である。


「なあ坊主」

「なんですか?」


 取られたサンドイッチの種類や数を考えるのも面倒になってきて、とりあえず腹七分目くらいのサンドイッチは確保しておこうと椋もボックスへ手を伸ばす。

 今度のサンドイッチはハムとレタス。シャキッというレタスの音を立てつつ返事をすると、トン、と机に片肘をつき、もう片一方の手でまたサンドイッチに手を伸ばしつつおっさんは訊ねてきた。


「名前は。トシ、ちょいと食いすぎてるみたいにも見えるが、…学生か?」

「水瀬です。ここには、ちょっと調べたいことがあったから来ただけです」

「ミナセか。おもしろい響きの名だな…名前か? 苗字か」

「苗字です。名前は椋」

「リョウな。しかし、…調べたいことがあるから来ただけ、ねぇ」


 ふっと、瞬間妙な含みを声に感じたような気がして椋は食事の手を止めた。目の前のおっさんを改めて見やれば、妙に楽しげな光をその目に浮かべて彼はじっと椋を見つめている。

 そのまなざしはどこか観察されているようにも思え、わずかに椋は眉をひそめた。質問してみる。


「…なにか?」

「いや? 別になんもねぇさ。ただ、それにしちゃ随分、熱心に治癒魔術の勉強をしてたなあ、と思ってな」

「な、」


 さらりと、この場所での椋を見ていただけでは絶対に分からない事柄を口にされる。予想外にすぎる言葉に、椋は一瞬声を失った。

 しかしそんな椋の反応も予想のうちであったのか、目の前のおっさんは相変わらずに妙に楽しげな顔で椋を見ているだけである。ふーっとひとつ息をついて、何とか冷静を心がけようとしつつ椋は再度口を開いた。


「…俺を、見てたんですか?」

「そりゃな。ただでさえ治癒魔術の棚に行こうとする奴なんて珍しい上に、到着した棚の前でも結構に悩んだ挙句、俺らはいいって薦めてんのに、分厚い上に古臭いからってんでだーれも見向きもしねぇ、治癒魔術大全なんてのを当然のように持ってくじゃあねーか」


 それは確かに事実であるが、しかし今このときよりも軽く三時間以上は前の椋の行動の話である。

 微妙に頭痛めいたものを覚え、ついつい椋はげんなりした。


「……そんなところから見てたのかよ、あんた」

「おぉ? コラ坊主、年長者は敬え、きちんと」

「敬って欲しいのなら、年相応の態度をちゃんとまず俺に取って下さい」

「はっは。ま、そりゃあそうか。確かにな」


 半ば憮然と言葉を返せば、それの何がおかしいのか、むしろそれこそがおかしいのか。ぐしゃぐしゃと、まるで子供にするように乱暴に頭を撫でられた。

 既に成人している椋が、である。対応が大人げなかったのは認めるが、しかしその結果としてなぜ頭を撫でられるということになるのか。

 しかもそんなことを考えている間に、ボックスのサンドイッチはひとつ残らずなくなっていた。

 一瞬、本気で目前のおっさんに代金を請求しようかと考えた椋であった。


「最初に見たときから、ちょっと気になっちゃいたんだけどな。やっぱ坊主おまえ、面白いな」

「見ず知らずの坊主がなにをしてるか、ずーっと観察してるようなおっさんにはあんまり言われたくないですね」

「ああ、わかったわかった、確かに勝手に見てたなんざ、言われれば気分は良くねえよな。悪かった」


 でも気になったんだよ、仕方ないだろう? と。

 あっさり折れたおっさんは、弁当泥棒のわりにはそれなりに大人であるらしい。しかしあくまでも事実は事実なので、その言葉にはただ頷くだけに椋は留めておく。

 そしてもう一つ、椋が気になった、というのは、おそらく。


「治癒魔術を修める人間が、少ないからですか?」

「それもある。が、俺はな、おまえさんの顔つきが面白いと思ってな」

「俺の顔?」

「あの治癒魔術大全と向き合ってるときのお前の顔が、追求者の顔だったもんでな」


 どこまでもあくまでも楽しげに。声にされる言葉は、しかしどうにも椋には理解に苦しむものだった。

 追求者の顔と言われても、ナルシストでもないのに先ほどまでの自分の顔がどうであったかきちんと把握できている人間がいるわけもない。椋はさらに首をかしげた。


「…いまいち言われてることが、良く分からないんですけど」

「ん? そうだな。もし治癒魔術を学びたいってんなら、今からうちにくるのはどうだってことだ」

「は?」

「ああ、そういや名乗ってなかったんだったな。俺はヨルド・ヘイル。王宮で治癒術師なんてもんをやってる」

「……はあ!?」


 あっさりけろりと名乗られた名前と、俄かにはとてもではないが信じられないその職に、素っ頓狂な声とともに椋は絶句した。

 そんな椋の反応をそして、目の前の男、ヨルドはひどく楽しげな表情で眺めていた。



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