第26話・・・キイルの策/ライラック・・・
クウガは森の中を走っていた。
目的はここから一番近い街で騒ぎを起こす為。
(ここまでして『絶望』を集めたいのか……キイルも妖刀に呑み込まれてるのかな)
そんなことを考えていると、真横から微量の気を感じ取った。何かが飛んできている。
「っ」
クウガはそれを余裕を持ってかわす。
その武器の招待は、
(ヨーヨー?)
咄嗟に使ったシャープ・メソッド・サイトでクウガが見たものは玩具のヨーヨーだった。
クウガの元いた位置を円形のヨーヨーが伸び、糸を伝いながら往復して戻っていく。
「ちっ、流石にかわせるか」
男の声が聞こえた瞬間、クウガはある法技感じ取り、嫌そうな顔をした。
(サークル・メソッド。くそ、こっちは時間がないのに…)
「よう」
ヨーヨーの飛んできた方向を向くと、唇の端を少し上げながら、いやに呑気そうなチャラい男が歩み寄ってきていた。
美容院で念入りにセットしたであろう茶髪。両手にはヨーヨーを掴んでいる。
(何者だ? 見た感じ高校生……となると龍堂哉瓦達の知り合い? いや、仮にそうだとしてもこの状況で介入してくるんだ。只者じゃない)
茶髪の少年、尾桑邦汰はニヤリと笑い、ヨーヨーを繰り出した。
◆ ◆ ◆
(あ、先越された)
蕨は邦汰の張った結界のぎりぎり外でぽつりと思った。
〝度調法〟。
目の網膜にエナジーを、コンタクトレンズのように張ることで、内側が見えないようになる上級レベルのサークル・メソッドの中を覗くことができる上級法技。
結界のエナジーの厚さは人によって異なるので、緻密な操作を必要とする。
レンズ・メソッドによって結界の中の様子を見た蕨は、明らかに高校一年生レベルではない尾桑邦汰の戦闘を見ながら、一つの結論に至った。
(『赤光』………か)
ヨーヨーというイレギュラーな武器を使用しているが足運びや態勢が『赤光』独特の規則性がある。
(潜入捜査官かな? それともただ高校卒業をしておく必要があったから? んー、『赤光』のその辺の仕組みってあやふやなんだよなー。まあ両方ってところだろ。……見たところ強さはA級…『二十守護剣』レベルではないけど結構強いね。………クウガぐらいは俺がさりげなくリタイアさせるつもりだったけど、任せるか。俺楽できるし。………これでキイルの策はほとんど潰れたしな)
キイルの策は『依頼』でありながら『エゴ』が混ざっている。
アジトのPCからは策に関する情報は全く拾えなかったが、『グラード・アス』によるものと思われる過去の事件簿、メンバーの能力などから予測するのは容易であり、その答えに蕨は3日前から辿り着いてた。
(キイルが警備会社を裏切ったと同時に保管庫から盗んだ妖刀『絶狂』。『絶狂』は人の『絶望』が混ざったエナジーを糧とする。…哉瓦の性格はどこまでも『正義』だ。……キイルの最初の策は、バラン、メクウ、アワラの三人掛かりで皇女や侍女を哉瓦と合流する前に即刻捕獲。その間に哉瓦とクウガを交戦させる。勝利する必要はない。クウガの司力を見せればそれで良かった。クウガが十分に司力を見せ付けたところでキイルが参戦。哉瓦を死なない程度に捕獲。…その後アジト内にて俺、エクレア、ムースを目の前で痛め付ける。エクレアの『血』は無駄にできないけど、血を流さずに痛め付ける方法はいくらでもある。更に、クウガを近隣の街に仕向ける。……哉瓦は『正義』の塊だ。ボム・クローズドにボム・サンドストームだっけ? 迫力満天なあのフォースが一般市民に向けれれば哉瓦はどう思うか? ご丁寧に土の壁の中を映像で見せられたらどう思うか? 逃げ場のない土の壁の中で砂嵐から逃げ惑う一般市民を見せ付けられてどう思うか? 痛め付けられる俺達を見て哉瓦がどう思うか? 正義心の強い哉瓦のことだ。「自分の所為でこんなことに!」「俺が巻き込んだ!」「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」とか思うに決まってる。怒りも忘れて『絶望』するのは目に見えてる。……そんな『絶望』交じりのエナジーをキイルは欲している)
妖刀『絶狂』の力の糧とする為に。
(トンネルで襲ってきたのは哉瓦のエナジーが如何程のものか、そのテストでもあったわけか)
どこまでもぬかりの無い。
(敵を『絶望』の奈落へと突き落とす。付いた異名が『絶望策士』)
『嫌』な相手だ。
(まあ、そんな策はとっくに崩れたんだけどね)
ムースに電波妨害装置を持たせる。
これだけで敵の三人がしばらく行動不可能となった。
確実性を重視したのだろが、それが穴となった。
(急きょ策を変更。メクウ達に増援として蓮見鉤奈を向かわせ、自分は予定通りクウガを助けて哉瓦と対戦。当初ではサクッと捕獲するつもりだったけど、長引かせてクウガの全方位土爆壁が街側で現れるのを待つ。それと蓮見鉤奈がエクレアとムースを連れてくるのを待つ。…そうすれば、後はキイルの話術とエクレア達に対する痛め付けで哉瓦を簡単に『絶望』できるだろうしね。怖い怖い)
蕨は結界の向こうの戦闘を見ながら、うんと頷く。
(ここでクウガを引き留められればそれで良し。この様子なら勝てそうだし。……さて、じゃあ俺は『上』で見てる人の方にでも向かおうかね)
ついさっき探知した監視者。
(蓮見鉤奈のクライアント、どんな人なのかなー)
◆ ◆ ◆
哉瓦達が戦闘を繰り広げる森の真上。
高度二百メートルの位置。
夜の空に佇むご老人が一人いた。
フロート・メソッドで粛々と佇んでいる。
黒いコートにハットと、英国の街を散歩していそうな柔和な表情を浮かべた60代後半くらいの老人だ。口ひげは白く、姿勢を正しく、手を後ろに回して細い目を僅かに開いていた。
老人はシャープ・メソッド・サイトとレンズ・メソッドで地上の様子を大方把握しているのだ。
(『グラード・アス』。志場章貴は確かに強い。…ですが、少々力不足のようですね。蓮見鉤奈、期待外れでだったかの…。まあ、この様子なら龍堂哉瓦が屠られるのも時間の問題。彼さえ死ねばそれでよし。…いや、ついでに蓮見鉤奈も死ねば報酬は支払わずに済むかの……。いやいや、それはダメです。私は紳士。支払うべき報酬はちゃんと支払わね………!)
と、そこで老人の思考が一瞬止まる。
そしてすぐに稼働する。
(これは……結界…。囲まれた? 私が?)
老人はサーチ・メソッドを全開にして周囲を警戒する。
が、早くも老人はエナジーを探知した。
老人はそのエナジーの方向……目前数十メートル前方に集中する。
そこには、ゆっくりと空中を歩いてくる『何者か』がいた。
姿は全身黒ずくめ。ジャケットのようでもあるが、そう見えるだけのアイテムであることに間違いない。頭にフードをしておらず、髪が丸見えだが、老人にはそれがかつらだということはすぐに分かった。
そして何より老人の目を引いたのは『何者か』が顔につけた仮面。
紫色をした奇形の仮面。
般若を少し大人しくしたような、静かで悍ましい仮面。
『裏』に精通している老人はその仮面を見ただけで『何者か』の正体を掴んだ。
「『黄泉』……ですかの?」
『何者か』は何も答えない。
だが老人は確信を持って断言できた。
(紫ということは最近潜入することとなった第三執行隊の隊員ですかの。背丈からして学生のようですが、服の所為で性別までは分からず。……ですが、強い。それだけは分かる。もしかすれば私と同等…そこらのA級より上、ですかの。学生という時点で『奇怪な狩人』ではないでしょうが…それでも強い。10代でこれほどとは。さすが『黄泉』。月詠玖里亜の僕。……結界で囲まれている以上、逃げるのは困難)
老人の目付きが変わる。
獲物に飛び掛かるかかる寸前の獣のように。
「貴方も私を逃がす気はないのでしょう?」
相手は応えない。
だがどう見ても交渉をするという雰囲気ではない。
「やるしか……ないようですねッッ」
老人はコートを脱ぎ、ハットと共に宙に放る。ひらひらと落下していくが、後でちゃんと回収するつもりだろう。『黄泉』を屠った後。
そしてベスト姿になった老人は、老人とは思えない雄叫びを上げ、全身にエナジーを込めた。
すると、全身の体が膨れ上がるように膨張していく。…いや、実際膨らんでいるのだ。老人とは思えない筋肉を隆起させ、ベストやシャツをぶち破る。
1秒もしない間に、屈強な筋肉を全身に備え付けた歴戦のプロレスラーのような身体となり、老人の面影はもはや顔の白ひげだけとなっている。
「老人だからと甘く見ないでくださいね!『黄泉』如き、腕力で捻り潰してやります!」
※ ※ ※
(…〝放発系水属性〟、だね)
老人の数十メートル前に佇む『黄泉』の隊員、ライラックは、冷静に観察した。
(ハード・メソッドとアブソーブ・メソッドの応用。体内の水を操作し、媒介として大気中のエナジーを無理矢理取り込み、自身の体を直接活性化。エナジーだけを取り込んだ体は生命力に溢れ、老人になって鈍ったであろう勘もフォローし、常に全盛期の力を発する能力。……単純な力は俺なんか完全に凌ぐだろうね)
「老人だからと甘く見ないでくださいね!『黄泉』如き、この腕力で捻り潰してやります!」
1秒にも満たない強化時間も普通に攻撃できたのだが、せっかくの戦闘。
『任務』に支障が出ない程度なら多少楽しんでも構わないだろう。
目の前の老人とはもう言えない『敵』は、拳を鉄骨でも握り潰せるのではないかと思うぐらい固め、獣のような眼をライラックに向けた。
そして。
「どっちを見ているのですかの?」
瞬きを一回すると、『敵』はライラックの真後ろにいた。
◆ ◆ ◆
独立秘匿執行部隊『黄泉』。
第一執行隊所属、コードネーム『キャクタス』は高度二百メートルはある位置を、高速で移動していた。
全身黒ずくめ。頭には長い髪のかつら。顔には蒼い仮面。
指定された位置周辺に着くと、すぐに目当ての自分を見付けた。
『相手』もキャクタスに気付き、布製の何かを持っている手を上げる。
キャクタスは、呑気な口調で声をかけた。
「ライラックたいちょ~。お久しぶりです~」
夜空に佇むライラックは、いつも通りの彼女の態度に、適当に返す。
「はいはい、久しぶりだな。キャクタス」
「はい~。隊長がいなくなってみんな結構寂しがってますよ~」
「杏達には悪いと思ってる……」
「い~え~、妹さんたちは特に何も~」
「ッッ」
「隊長の手紙が届くと見る前から溜息ついてましたよ~」
「キャクタス、それ以上言うな。隊長命令だ」
「は~い」
危うく心が折れかけたライラックは話を進めることにした。
キャクタスがライラックの手元の覗き込むように頭を下げる。
「それが、黒幕さんですか~?」
「らしいぞ。確認はしてないけどこの状況で俺達を監視してる時点で黒だ」
ライラックが片手で掴んでいる『それ』。
『それ』は上半身裸の老人であり、全身にナイフが二十本以上突き刺さっていた。胴体、腕、背中、腰、足。そこら中にナイフが立っており、抜いていないのは流血して痕跡を残すことを恐れた為だ。辛うじて息はしている。つい数分前までは猛々しく騒いでいたのに、今では精力を全く感じない。白目を剥く表情からは絶望と恐怖が滲み出ていた。
ちなみにライラックは他に掴むところがないので白髪を毟るように掴み、もう片方の手には老人のコートとハットを持っている。
キャクタスは感情の薄い声で。
「ここまでする必要あったんですか~? ライラック隊長なら一撃で済んだだろうに…」
「いいじゃん。久しぶりの戦闘だったんだもん。これぐらいしたって」
ライラックは好戦的な性格ではない。むしろその逆だ。
だが体は訛ると困るし、『勝ちたい相手』だっている。
強くなる為には実戦が一番だ。
「ちゃんと喋れるんですか~?」
「当然」
「名前は~?」
「さあ。そういうのはそっちに任せる」
老人は強かった。
強かったのに、ライラックの記憶に老人のデータはない。ライラックの記憶力は折り紙付き。そのライラックに憶えがないとなると、今まで『表』にも『裏』にも出てこなかった日陰者か、月詠玖里亜並みの権力を持つ者に仕えていたか……。
キャクタスは肩を竦めて。
「分かりました~。私もシアン隊長にすぐ戻ってくるよう言われてるので、そろそろ行きますね」
キャクタスはそう言うとポケットから瓶を一本取り出し、蓋を開けて老人の方に向ける。すると、その老人の身にだけ竜巻でも起こったように、空間が渦巻くように回転した。そしてそのままシュルシュルと瓶へ、回転する度に体を小さくして瓶へと収まった。
キャクタスは瓶を閉め、その場で軽く一礼した。
「それじゃ~、私はこれで」
「おう、じゃあな」
「たまには帰ってきて来てくださいね~」
そう言い残すと、キャクタスは去った。
「さて、これからどうしようかな」
ライラックが活躍しました……と言うつもりは当然ありません。
ネタバレになるかもしれませんが、ちゃんとライラックが活躍する時は来ます。




