第24話・・・キイル/危険な刀・・・
当初より更新が遅れました。
言い訳ですが、本当に大学が忙しいんです。
クウガに振り下ろされる〝火〟の刀。
だが、その刃がクウガまで到達することはなかった。
カキン、という金属音と共に哉瓦の刃が止まる。
「おやおや。少々貴方の実力を見誤っていたようですね。申し訳ありません」
長髪に端正な顔立ちの紳士的な男性がいた。
クウガを庇うように前に立ち、哉瓦と同じように刀を持っている。刀も、腰に差す鞘も、紳士とは少々不釣り合いな気もしたが、よく似合っていた。刀が長く細く、騎士の持つレイピアのようにも見えたからかもしれない。
哉瓦は直感的に危険人物だと悟り、後方に跳んで距離を取る。
「新手か…」
「キイルと申します。一応、彼らのリーダーをしています。…ああ、私の仲間がお世話になりました」
軽薄。
哉瓦は直感的にそう思った。
上っ面は気立てがいいが、中身はまるでない。
自分の手駒としか思っていないようだ。
クウガもそれは承知のようで、感謝など述べていない。
哉瓦の嫌いな部類だ。
キイルが後ろのクウガに言う。
「クウガ、私が時間を稼いであげます。行きなさい。貴方にはまだやってもらうことがあります。………正直、用意した策の中で最悪の展開ですが、仕方ありません。最大限の仕事をしてもらいますよ」
「……分かった」
(キイルがここまで言うか…)
「あと『治水薬』を使って良いので速くここから離れなさい」
「…ああ」
クウガはポケットから小瓶を一つ取り出し、それを飲み干す。気が大幅に回復したのがよく分かった。
離れた所から見ていた哉瓦は不快気に顔を顰めた。
(あそこまで回復力のある治水薬……入手方法はともかく、なぜあれをさっき使わなかった? 俺と対面する前に使う機会はいくらでもあるはず……)
考えながらも、哉瓦の中で回答は見つかっていた。
おそらくキイルが許可を出さない限り勝手な使用は禁じられていたのだろう。
クウガに忠誠心なんてものは一切見受けられない。恐怖からかどうかは分からないが、キイルがそれ程の人物であることは理解した。
クウガは踵を返し、アクセル・メソッドで走り出す。
「逃がすか!」
哉瓦はクウガの数段速いアクセル・メソッドでクウガを追う。
しかし。
「無視しないでくださいよ。寂しいではありませんか」
またしてもカキンという金属音と共に行く手を阻まれる。
(今の速さが見える上に、さっきと違って威力を込めた俺の刀をこうも簡単に……)
火花を散らせて両者の距離がまた空ける。
活力に満ちた哉瓦に、キイルは冷めた声で告げた。
「龍堂哉瓦くん。忘れていません? お友達のこと」
途端、哉瓦の活気が低下する。
そうだ。
自分は人質を取られた身。下手に出るしかない。
そうこうしている内にクウガは哉瓦の張っていた結界を破って逃げていく。そこへすかさずキイルが結界を張った。哉瓦も結界を張る。お互いに逃げ場を無くしたわけだ。
しかし状況は完全に哉瓦の方が不利。
その現実が哉瓦の心を絶望で満たしていく。
……だが、哉瓦は倒れそうになった精神を踏み止まらせた。
(最初からこうして脅迫するつもりだったのならなぜ、クウガに俺を襲わせた? 確かに虚を突いた策ではあったが、有効的とは思えない。………確証なんかないが…向こうに何かしらの事情があるのか…?)
哉瓦の思考を、キイルは容易く察した。
(ちゃんと頭は働いてるようですね)
人は絶望的状況で一筋の希望を見付けた時、より強固な精神を得る。
(そうです。心を強く持ちなさい。……さて、下準備なこのくらいにして、彼を動きやすくして差し上げますか)
「認めましょう」
「…?」
キイルの奇妙な発言に、眉を顰める哉瓦。
「今貴方が予想されている通り、貴方のご友人、柊蕨くんはとある事情から安全が保障されています。私共としては不服ですが、ご安心ください」
哉瓦の目が見開かれる。
真実かは分からない。
仮に真実だとしても、そこまで告げるメリットがどこにもない。
相手は人質のある身。都合の悪い真実は隠して、都合の良い虚偽を突き付ければいい。
(……くそッ、全く読めない……! 何を考えてるんだ!)
(やれやれ、ここまで真剣に悩んでくれるとは。知ってはいましたが、本当に真摯な方ですね)
(………)
知能面は相手が一枚上手。
この一週間前後で散々裏をかかれた敵の首領。わかっていたことだが、こうして対峙するとその迫力がちりちりと伝わってくる。
(……だけど)
哉瓦の眼が濁りのない光を発する。
(……そうです)
対して、キイルは内心で濁り切った感情を渦巻かせる。
哉瓦は刀に火を纏い、火力を一気に上げて構えた。
(こいつを倒せば敵の頭が潰れるんだ! やることは決まってる!)
(……それでいいんです)
キイルの渦巻く感情は増長する。
そして、哉瓦はアクセル・メソッドで飛び出した。
(あいつがバランやクウガより強かろうとS級レベルなはずがない! ハード・メソッドを全開にして一気に片を付ける!)
哉瓦は刀を振り、数十メートルの距離を一瞬で詰める。
対する、キイルはの内心は。
とても静かなものだった。
(それでいいんですよ。愚者は愚者らしく考えるのをやめなさい。考えても無駄なものは無駄なのですから。………そして、)
哉瓦が正面から火の刀を振り下ろす。
キイルはそれを最小限且つ流れるような動作でかわす。あと一ミリずれていれば炎によって黒焦げになっていたかもしれない、そんな紙一重の距離だった。
そしてキイルがそのまま刀の刃を哉瓦の腹部に持っていく。
(間に合わない! …だが見た限り、纏っているエナジー量では俺のハード・メソッドは破れない! 無だ…)
グサッ。
(そして、早くこの『刀』の糧となって下さい)
「……え?」
哉瓦の視界が揺らぐ。
腹部からくる激痛が、哉瓦の思考を凍らせた。
それは、哉瓦の腹部に刀が突き刺さった感触だった。
バサッ。
「………え?」
赤い飛沫が哉瓦の全身にかかる。
激痛が広がると共に赤い飛沫は飛び散った。
それは、哉瓦の腹部に刺さった刀が、斜めに斬った感触だった。
次の瞬間には、アクセル・メソッドの勢いも殺せていないので、そのまま地面に猛スピードで突っ込み、転がり倒れた。
「何が…起こった……?」
「愚者には分からないことですよ」
倒れたままの哉瓦が目を向けた先。
そこには、真っ赤な鮮血に染めた刀を持つ、キイルがいた。
◆ ◆ ◆
下水道。
ムースはアワラと対峙していた。
アワラは眼鏡の位置を整えながら、自分に向かってくる侍女の行動について考えた。
(俺を戦闘タイプでないと見抜いたか。この侍女もどちらかと言えばサポートタイプ。…だけど、一対一でバランに勝つような奴だ。…正攻法では敵わないな)
アワラは自分を手っ取り早く片付ける気であろうムースに向かって、大量のA4紙をばらまく。
「っ?」
紙がムースを直接攻撃することはなく、その周囲を覆う。
ムースの周囲に浮かぶ30個のビー玉には触れないように、その周囲を覆った紙は、ムースの視界を真っ白に染め上げる。アワラの姿もいつの間にか見失い、「何かの技の前段階?」とビー玉に込める気を強化して場に備えるムース。そんなムースの気配を感じ取り、アワラは動き出す。
メクウとバランの元へ。
(そもそも、俺一人でこいつを倒す必要なんてどこにもない。遠慮なく、仲間ってやつを頼らせてもらうよ)
アワラは低レベルながら静在法でムースの横を通る。大量のA4紙が目晦ましとなってムースにアワラの動きは分からない。
紙と紙の間を進む、
だが、ムースの横側を通り過ぎた、その時、
アワラの体が下水道の壁に叩き付けられた。
「ガハッ……!? なに…が……」
いや、問わなくても分かる。
ムースの炸裂に吹き飛ばされたのだ。
ムースの横とはいえ、大量の紙を挟み、アワラの姿が全く見えない上で、通ったのだ。
(そもそもこの女は俺から攻撃が来ると思い込み、それに警戒していたはず……。サイレント・メソッドで移動していた俺をサーチ・メソッドで見付けることも困難……。当てずっぽうで炸裂させたのか……? いや、まばらに炸裂させただけなら俺の「紙」が沈静化しているはず……何をした…)
右半身を強く打ち付け、側頭部からわずかに出血。オペレート・メソッドで浮遊させていたA4紙は流れを乱し、アワラの姿がムースに筒抜けになっていた。
ムースは手元にビー玉を30個構えながら一瞬の間、安堵した。
(良かった。アワラのオフ・メソッド……いや、今のはサイレント・メソッドか。どちらにしろ沈静系の気配遮断能力は脅威だけど、サーチ・メソッドを一点集中すればなんとか見抜ける)
今、ムースはアワラが自分と戦うという選択肢を選ばないと読み、敢えて「自分がアワラの攻撃を待っている」風体を装って隙を作らせたのだ。そして自分の横側、アワラがメクウ達と合流する際に絶対通らなければいけない道にサーチ・メソッドを集中させてアワラの僅かなエナジーを察知したのだ。
アワラは訳が分からず、それでも痛みに耐えて立ち上がった。
(同じサポートタイプだから動きを読まれた? …ちっ、考えてたところで答えは出ない、か)
だったら。
ムースがエクレアとの約束通り、速攻で決めるべく30個のビー玉を放つ。
アワラは数十枚の紙を取り出し、
「『沈下の繭』」
己の周囲に繭のように丸みを描いて配置した。
ビー玉が炸裂するが繭のような形状の紙にはわずかばかり凹むだけ。その凹みもすぐに元通りになる。
(この紙には沈静の水の他に跳弾法も併用してる。…炸裂による衝撃は大方沈静した上にバウンド・メソッドで残る衝撃のほとんどを弾いている。…ムース=リア=グランチェロの属性である雷と俺の水とでは確かに相性は悪いが、つまり〝水〟が〝雷〟をほとんど受けてくれるということ。ダウン・コクーンの中の俺までは何も届かない。…あとは、時間稼ぎでもしてみるか)
アワラは白い空間に囲まれ状態で口を開いた。
「ムース=リア=グランチェロ。少し聞いてもいいか?」
ムースが固い守りにため息が出そうになった、その時にそんな声を敵から掛けられ、目を見開く。
(時間稼ぎ…?)
そう考えながら、ムースは返事を返した。
「何? 引きこもり」
レベルの低い貶しをアワラは意にも返さず、言葉を続ける。
「俺達に勝てると思ってるのか?」
何を聞くかと思えば。
「そのつもりだけど?」
「今、」
アワラの声のトーンが少し低くなった。
「今、龍堂哉瓦はどうしてると思う?」
ムースが言葉に一瞬詰まる。
確かに、それは気になるところだ。心配してないと言えば嘘になる。
でも、不安はない。
ムースは得意気に応える。
「まあ、普通に考えて襲撃やら脅迫やら受けてるんだろうけど、哉瓦はそんなに甘くないよ?」
「ふっ」
アワラが鼻で笑ったのが見えなくても分かった。
続けて、アワラは口にした。
「『絶望策士』って知ってるか?」
「……は?」
「知らないか。まあ日本に来て三ヵ月ぐらいだから無理もないか」
「何を言ってるの?」
「それ、俺達のリーダーの異名なんだよ」
「ッッ」
(なんともまあ物騒なことで……でも、)
「だから何よ? くだらない」
「じゃあ、質問を変えよう」
一泊置いて、アワラの口が開いた。
「『妖刀』って、知ってるか?」
「ッッッ!?」
その言葉に、ムースの体が一瞬硬直する。
(危険な製法で作られた一級危険士器。中には持ち主の精神を蝕むものや寿命を縮めるもの、一回の使用の代償に命を奪うものもあると言われる……。まさか…、)
ムースの嫌な予感を、アワラは口にした。
「俺達のリーダーは妖刀使い、『嫌』な相手だぜ」
妖刀、なんてものがいきなり出てきましたが、一応〝質〟と絡めて理屈は通しています。ここから新たな力が!? みたいな設定が出てくることはありません。




