第22話・・・本気の一端/パンジー・・・
居合切りをする哉瓦は地面の土に触れないために〝歩空法〟で宙に踏ん張ってる状態なので、かなりが負荷がかかっている。
が、それでも哉瓦は怯まない。
哉瓦の刀が〝放発〟の特性で〝火〟をどんどん増していく。
目の前の土壁はもう一メートルほど焼き削れた。
(まだ〝気〟に余裕はある。…これなら、いけるっ)
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「『砂爆嵐』」
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突如、哉瓦の背後で〝炸裂〟と思われるが爆発音が幾つも響いた。
「!?」
哉瓦は居合切りを一旦中止して後ろを向く。
「な……っ」
哉瓦の視線の先。
土で密閉された空間の中心では、砂嵐が巻き起こっていた。
哉瓦の服も短めの髪ですらもばたばたと風に踊らされる。
(〝炸裂〟の勢いを利用して作り上げた砂嵐……ヤバいッ)
轟々と巻き起こる砂嵐は、そこら中に砂粒を飛び散らせ、小規模だが〝炸裂〟する。ボンッという音がそこら中から聞こえてくる。
哉瓦の方にも飛んでくるが、〝防硬法〟で難なく防げる。
問題はそこじゃない。
激しく巻き起こる砂嵐がこちらに迫ってくることが大問題だ。
砂嵐が近付くごとに風によって哉瓦がそちらに引きずられている。
そして何より、
(あの砂嵐の中に引きずり込まれたらヤバい!)
哉瓦がこのまま壁に向かって居合切りを続ければ、背後から迫る砂嵐に呑み込まれてしまう恐れがある。
〝防硬法〟で防ぐとか防げないとか、そういう問題じゃない。
(呑み込まれたが最後、仮に〝防硬法〟で物理的に無事だったとしても、息はできないし視界も定まらないし…抜け出すのは困難…。あんな〝気〟の乱れた場所じゃ〝歩空法〟も満足に機能するか分からねえ)
〝歩空法〟は宙で己の〝気〟を固定させる『法技』。
〝気〟の乱れた場所では外部から影響を受けて崩れやすい。元々外部の〝気〟を取り込む性質を持つ〝放発系〟ではその危険性が増してしまう。
哉瓦はまず砂嵐の進行方向と逆側の壁付近に退避した。〝歩空法〟状態での〝加速法〟も少しきつくなってきた疲労感と、砂嵐の影響が軽減する少しの解放感を感じながら、哉瓦は状況を整理する。
〝土〟で囲まれた空間。
その中で渦巻く砂嵐は、動きをゆっくり止めて、哉瓦のいる方に進行方向を変える。
(今、壁に居合切りしても先に砂嵐がこっちに来る…か)
仕方ない。
「あんまり気は進まないけど、やるか」
言うと、哉瓦は刀を鞘にしまった。
◆ ◆ ◆
森の中。
とある『者』が動く。
自分と自分の仲間のために。
その『者』の本当の名はその『者』ですら知らない。
ただ、長く仲間に呼ばれたその『者』を表す名前ならある。
独立秘匿執行部隊『黄泉』。
第三執行隊所属、『パンジー』という、コードネームが。
◆ ◆ ◆
下水道。
バラン、メクウ、アワラの眼前でビー玉が〝炸裂〟した。
だが。
「まあ、そんな簡単じゃないわよね」
「だねー」
エクレアとムースが呟く。
敵三人とも多少の傷を負いながらも無事だった。
アワラは咄嗟に取り出した〝沈静〟の〝水〟が浸み込んだ紙で〝炸裂〟の威力を抑え、バランは持ち前のタフさで〝防硬法〟だけで防いだようだ。
エクレアの視線がメクウに行く。
メクウは三人の中でも最も傷が浅い。
(ムースの〝炸裂〟をあそこまで無傷に……同じ雷属性といえそれは不可能。銃を使用する暇もなかった。……何か、防御力のある物を〝具象〟したわね…)
〝具象系〟といえ何でも具現化できるわけではない。一つの『物体』を瞬時に〝具象〟できるようになるには簡単なものでも平均して数ヵ月は要する。
『意思の反映』という特性ではあるが、〝具象〟する場合はその構造も理解していないと意味がない。
自分が完璧に対象物を『理解』していないと、『意思は反映されない』のだ。
メクウが〝具象〟する弾丸は構造上は少々複雑だが、物自体は小さく効率的な武器といえる。
(遠距離タイプは必然的に近接戦を苦手とする傾向が強い。…それの予防策ということかしら)
先ほどの交渉のような脅迫の時もメクウが代表して話していた辺り、副リーダー……などと洒落た名称は付かずとも、臨時のまとめ役のような役柄ではあるだろう。
《エク、どうする?》
念話法でムースから意見を求められる。
《挟まれた状態っていうのが苦しいわね。…二手に分かれましょう。私はバランとメクウを相手にする。ムースはアワラを》
《一人で大丈夫? バランも相当だけど、メクウって奴も結構やばめじゃん》
《大丈夫…とは断言できないけど、フィールド的には私は有利だから、遅れは取らないわ。それにアワラ、おそらく戦闘力自体は大したものじゃないと思うわ》
《…だね》
アワラもエクレアと同じ〝水属性〟。
今のエクレアのように下水道の水に〝気〟を流して操ろうと考えないわけがない。しかも相手はエクレア達をここで待ち伏せをしていたのだ。
戦闘目的ではなかったとはいえ、用心の為にそれぐらいする時間は十分あったはず。
つまり。
《気量は大したものじゃない、てわけね》
《ええ。おそらくB級の中でも少し多いぐらい。元々捕獲要員らしいから、それも有り得る》
《つまり、さっさとアワラを倒してエクレアのサポートに付けばいいわけね》
《任せたわよ》
《オッケー》
次の瞬間、エクレアが剣を構えてメクウとバランの方へ跳んだ。
足裏に〝歩空法〟を施すのではなく、剣の硬度を持つ〝水〟を平たく配置し、その上で〝加速法〟を使用したのだ。
この方が幾分か負担が軽減される。
ムースはビー玉を30個取り出し、瞬時に放った。
「『乱反射玉撃』!」
エクレアが跳んだ方向とは逆。アワラのいる方向へ。
クウガはエクレアの相手をバランに任せて一歩退く。
(二手に分かれて戦闘力に乏しそうなアワラを手早く済まそうってことか。俺の銃も一方向からしか来ないとなると少々分が悪い。……向こうが確実に使っている念話法が失われてない以上、連携も現存だ)
厄介だな、とメクウは舌打ちしながら弾丸をエクレアに撃つ。
◆ ◆ ◆
クウガは『全方位土爆壁』に背中を預けながら、ぐったりと座り込んでいた。息を切らし、額や首からは汗が滲み出ている。
(『全方位土爆壁』と『砂爆嵐』を同時に使ったのはさすがにキツいな…)
クウガはA級の中でも〝気〟量が多い方だ。だからこそ、ここまでの大技を同時に繰り出せる。…その代償か、身体能力に恵まれなかった節もあるが、クウガの性格を考えればこれ以上ない才能だ。
(でも相手がこれ以上の天才じゃーなー)
クウガは頭をがくりと落とす。
(でもこれで何とかなるだろ………)
「!?」
しかし突如、クウガの背筋が凍るように張った。
(なんだ…!? 何が起きている…!?)
クウガは疲労していることも忘れて立ち上がり、全方位土爆壁から一歩二歩と後ろに下がって距離を取る。
クウガを襲うものの正体…それは、脱力感だ。
(炸裂を起こしているわけでもないのに全方位土爆壁から気がどんどん無くなって………!? まさかッ)
心の中で言葉にして、ようやく気が付いた。
「〝吸収法〟……なのか?」
〝吸収法〟。
〝放発系〟特有の上級『法技』。
『体外に放出した気を取り込み、活性化する』。それが放発系の特色ではあるが、それは正に『特色』であり、『全て』ではない。
ほとんどの者は一生使えないであろうが、極稀に『とある域』まで到達し、それ以上の力を引き出す者がいる。
そんな者だけが使える放発系の上級法技の一つが吸収法だ。
読んで字の如く能力は気の吸収。
空気中の気ならともかく、他人の気を取り込むのは難易度が高い上に危険でもある。
(僕の炸裂の気を取り込む。でもそれで〝炸裂〟が〝放発〟に塗り替わるわけじゃない。S級レベルのテクニックならともかく、自分の力に振り回され気味の龍堂哉瓦が取り込むとか……体内で僕の気が〝炸裂〟してもしらねーぞ)
◆ ◆ ◆
(とか、思われてるのかな)
哉瓦は全方位土爆壁の中、両手を地面に付けて吸収法を使用している。砂嵐に使用するのは困難なので、砂嵐が近付く度に場所を転々として行っている。
〝吸収法〟は確かにリスクの大きい法技だが……。
「俺が今までどんな生活をしてきたと思ってる?」
哉瓦の眼光が、刃物のように鋭さを増した。
『黄泉』の一人が動き出しました。
どうなるのでしょう?




