第18話・・・決戦前/各々の考え・・・
昼休み。
哉瓦、エクレア、ムースの三人は生徒会室に呼び出された。
だが話しはすぐ終わり、食堂で一人食事をして待っていた蕨の元にすぐやってきた。
「お待たせー」
頭と手に包帯を巻いたムースがトレイを置きながら蕨の隣りに座る。
哉瓦達が狙われていることはもうほとんどの生徒に知れ渡っている。
正確に情報が公開されたわけではないが、真実に近い噂が流れ、哉瓦達は噂の的となっている状態だ。
ムースは敵の一人と一対一で交戦し、勝利したので今の段階では哉瓦、エクレア以上に注目を集めている。
同時に、今後の哉瓦、エクレアの活躍にも期待している節がある。
蕨はスプーンを軽く上げながら隣りのムースに聞いた。
「で、また協定破棄?」
ムースがご飯を頬張りながら。
「まあねっ。哉瓦が『こんな信頼の薄い関係の状態で手を組んだところで大した連携は取れない』って、ばっさり」
(予想通り)
蕨の目の前に哉瓦が座り、複雑そうな顔でムースに言う。
「ムース、蕨だからってそういうことあまりべらべら喋るなよ」
「はいはい」
ムースが適当に返事をする。
そこで哉瓦が「ん?」と横を向いた。
「エクレア、座らないの?」
哉瓦に尋ねられたエクレアは、トレイを持ったまま座らずに佇んでいた。
「えっ、……す、座るわよっ」
なぜ座らないか、という疑問は愚問だ。
蕨の隣りにムース、向かいに哉瓦。
位置的に空いているのは哉瓦の隣りだけ。
(なんつーか、本当にピュアだな。エクレアって)
蕨がぼそりとそんなことを思いながら、隣りのムースに目を向ける。
ムースは蕨と視線を合わせ、楽し気に目を逸らした。
最初、ムースが蕨の隣りに座ったのはこれを予期してのことだったのだと、蕨は気付いた。
(主に対する忠誠や敬意はどこにあるのだろー)
エクレアが何とか毅然とした態度を保って哉瓦の隣りに座る。
見ていて飽きないなー、と思う蕨だった。
「それでさ、哉瓦達協力ばんばん断ってさ、ちゃんと何か考えてるの?」
蕨の純粋な疑問に、哉瓦達が目配らせをする。
「朝も言ったけど、今俺達の周囲には警察が24時間体制で警備してるんだ」
「そう言えば、それって『赤光』?」
「ああいや、捜査一課」
さすがにこれは秘匿事項と見たのか、哉瓦が咄嗟に〝結界法〟で音だけを遮断した。
「つまり、俺達の周囲にこんなに刑事がいたら、敵も迂闊に手を出せないと思うんだ。学園内までは無理だけど、その周りはがっちり固めてある。生徒会も警護はするって言ってたしね」
「すげー」
「うん、だから俺達も次はどうするか、手をこまねいてるんだよ」
「考えどころよね。刑事があいつら捕まえてくれるならそれでもいいんだけど」
エクレアが疲れたように呟く。
「主席様も次席様も教科書通りの頭脳しか持ち合わせてないんだねー」
「「っ……」」
グサッと自分の心臓を貫かれる感触を覚えた哉瓦とエクレア。
真実であるが故に何も言い返せなかった。
「そうそう、女性と男性の刑事さん二人と仲良くなったんだよっ」
「あ、ああ…冴木さんと小松さんね。あのやり取りが面白い二人…」
ムースが蕨の肩をぱたぱたと叩きながら楽しそうに言い、エクレアが男女刑事の苗字を添える。
蕨は今の言葉のある部分に矛盾を感じ、頭を捻った。
「あれ? 確か男の警官って敵の〝炸裂〟喰らったんじゃなかったっけ?」
ついさっきムースが襲われた時の流れをざっと聞いた限りでは、そのはずだ。
哉瓦がそこまで大事ではないという風にゆっくり頭を横に振る。
「小松さんだね。そんな大した怪我じゃなかったんだよ。気絶させる程度でよかったみたいだし」
「うん。だからその後、私と小松さんの手当てを警視庁内病棟でしながら5人で色々話したの」
「ムースったら、早速冴木さんと番号交換してたわよね」
蕨はつまらなそうに、
「いいなー。俺も刑事さん達と仲良くなりたいなー」
「いや、俺達別に遊びでやって……」
「じゃあ蕨、今度非番の時冴木さん達誘って一緒に遊ぼうよ! 蕨ならすぐ仲良くなれるよっ」
「お! いいね! いつ頃空いてるかなー」
「まあこの『件』が終わるまでは無理でしょうねー」
蕨とムースの陽気な会話に、哉瓦とエクレアが呆れ返るのだった。
◆ ◆ ◆
警視庁捜査一課四係。
冴木緑里警部補。
小松錐彦巡査部長。
二人は東陽学園近くの覆面パトカーの中で、昼食替わりのハンバーガーを食べながら、見張り警護をしていた。
助手席に座る優顔で駆け出し感がある男性刑事、小松が疲れた顔で呟く。
「現れるんでしょうか……敵は」
「小松っ、シャキッとしなさい」
運転席に座る凛々しくベテラン感がある女性刑事、冴木が小松を叱咤する。
「昨日現れたばっかりでしょ」
小松が包帯の巻かれた首を擦る。
「冴木先輩…分かってますけど……」
冴木が手に持つ長いポテトを小松へ向けて。
「ぐだぐだ言わないっ。昨日女子高生と話したからって気が緩んだんじゃないの?」
「せ、先輩こそっ、エクレアさんやムースさんと番号交換とかしてたじゃないですかっ」
言われた冴木が少し頬を赤く染める。
「いいじゃないっ。仕事に支障はないんだから」
「そうですか」
ふんっ、と冴木がジュースを一気飲みする。
まだ捜査一課に配属されて日の浅い小松は自分が面倒を見る形で共に行動している。後輩らしく指示にはちゃんと聞くが、どこか対等でいようとする。
立場を弁えた上でなので、不愉快なんてことはないが、子供に悪戯された時のような溜息が出る。
話題を切り替えようと、冴木が尋ねる。
「小松、龍堂くんのこと、どう思う?」
「哉瓦くんですか…?」
冴木は成り行きで、真剣に気になっていることを話した。
「龍堂くんが『黄泉』のメンバーっていう噂」
小松がピンと糸を張ったように神経を張る。
冴木が説明口調で。
「以前、トンネル内での事件の後に警視庁で検査した時は一戦交えた後にも関わらず〝気〟量はA級の平均量を大幅に超えていたわ。おそらくレベルはS級と見て間違いない。問題は正体よ。個人データ偽装、『士協会』に問い合わせても情報無し」
「まあ、悪人だったら協会が庇うはずもないですから、『御八家』や『黄泉』が妥当でしょうけど…」
「今一掴めないのよね、あの子」
「……でもS級って…〝奇怪な狩人〟なんてことはないですよね」
小松の冗談半分の台詞に、冴木は飴を二、三個丸呑みした後のような苦しい表情で。
「……冗談じゃないわよ」
「ですよねー。……S級の一人を圧倒した上にそれでもジェネリックすら判明しないような人を警護するなんて、逆に邪魔になるとしか思えません……」
「……ええ、そうね」
冴木は優れない表情で、言った。
◆ ◆ ◆
東陽学園生徒会室。
哉瓦達三人が出て行った直後のこと。
「予想はしていたが、これまたばっさりと断られたな」
副会長の藍崎結月が腕を組みながら息を吐く。
結月の向かいに座る灰村涼一がタイピングを打ちながら淡々と返した。
「予想ではなく確信していたことですよ」
秋宮及吾が不機嫌そうに。
「信頼関係も何も無いですからね、生徒会と龍堂達の間には」
黒魏が及吾を呆れの混ざった視線で数瞬捕え、怠そうに視線を戻す。
「もうその話はいい。それよりもこれからどうするか、だ。龍堂達との協定は結べなかったが、警護なら良いと了承を得た。霧沢の『土塊人形』に加えてもう少し人員を割いた方がいいんじゃないか?」
黒魏の提案に、生徒会長が難しい顔をする。
「学園内での警護はそれでいいかもしれないけど、学園外は警察が固めてるわ。人数も設備も向こうが圧倒的に上。私達が変にかき乱すことはないんじゃないかしら?」
「そうでしょうか」
及吾がすかさず言葉を挟んだ。
「警察と言っても捜査一課です。…………捜査零課じゃない」
正式名称、警視庁捜査零課。
通称、特殊警察組織『赤光』。
月詠玖莉亜と同じ『六英雄』の一人が課長を務める組織だ。
風華が言葉を続ける。
「捜査零課も暇じゃないのでしょう。グランチェロさんを軽く見るつもりじゃないけど、学生一人で敵の一人が倒せるなら、わざわざ『赤光』が出る幕もないという判断じゃないかしら。『鬼人組』の動きが活発化してるのは『この件』だけじゃない。全国的にだしね。…それに、捜査一課だって頼ってもいい相手よ」
『鬼人組』の活動は『裏』でかなり派手になっている。
哉瓦達が今現在狙われている、この状況はまだ対処しやすい方だ。
ここまで表立って動いてくれれば風華の予想通り、『赤光』の出る幕は少ない。
捜査一課も『六英雄』まで頼りになる存在はいないが、A級保有数はどの組織よりも圧倒的。頼りになる。
捜査零課も気にせず『裏』の掴みにくい行動をする『鬼人組』組員の対処に没頭できる。
「話を戻すが」
結月が話題修正をする。
「捜査一課の包囲網に無闇に割り込むのは得策じゃない。……灰村、秋宮、どう見る?」
生徒会の参謀格二人に結月が意見を尋ねる。
最初に答えたのは涼一だった。
「警護に関しては無理して幅を広げるべきではないでしょう。それよりも敵の捜索に当たるべきかと」
及吾も続く。
「同感です。相手の出現頻度から考えて、近くに潜伏していると見て間違いありません。情報不足が否めないので、今後の相手の出方から探るしかないかと」
「えっ、また龍堂くん達が襲われるのを待つの……?」
霧沢咲音が悲し気な顔で及吾に聞く。
及吾が咲音と目を合わした後、気付かれない程度に口を引き締め、目を逸らした。
「そういう意味じゃない。敵も策略を巡らして何かしら仕掛けてくる。それを刑事たちが見過ごすはずがない。……会長、警察と本格的に協定を結ぶべきだと思います。連携して次に襲ってくる敵の一人を捕え、情報を聞き出すべきです」
涼一は沈黙しているが、それは異論無しという意味だと、生徒会メンバーは知っている。
「分かったわ。私から警察に協力要請しておく。立場は若干向こうが上になるかもしれないけど、いいわね?」
風華の言葉に、全員が頷いた。
◆ ◆ ◆
独立秘匿執行部隊『黄泉』。
「ライくんが襲われるのは、あと二日ね」
「…はい、ライラックならもっと良い策を思いつきそうなものですけど」
玖莉亜が幾つかの書類に目を通し、サインをしながら、作業をサポートするシアンと話す。
ライラックの今置かれている状況に関しては、昨日の段階で報告を済ませていた。
「極力目立たず、効率いいのがその作戦なのでしょう。…そもそも、作戦概要を直接聞いたのはシアンでしょ?」
「……分かっています。…けど、ライラックなら私を簡単に嵌められそうなので…」
チラッと目を動かして玖莉亜がシアンを視界に収め、宥めるように。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ライくんは頼りになるんだから」
「それは…分かってます…」
「ふふっ」
玖莉亜が微笑み、「あ」と愉快気に目を見開いた。
「そう言えば昨日、映像報告専用ルームから叫び声が聞こえたってことなんだけど……」
「叫び声?」
訝しむシアンに、玖莉亜がさらっと言った。
「婚期終焉女って…」
「それは忘れて下さい!」
手元の『副総理大臣』とか書かれている書類をぐしゃっと握り潰してシアンが叫ぶ。
「え? シアンったらこれどういう意味か知ってるの? 是非教えて頂戴」
「玖莉亜様知ってて言ってますよねっ? そもそもあの部屋は防音完備で音が外に漏れることはありませんっ。映像データを見ましたねっ? そうですよねっ?」
「見てないわ。本当よ」
「嘘です」
「本当よ」
「ではなぜ婚期しゅう…って、あの、その内容を知ってるのですか?」
的確な疑問に、玖莉亜はキメ顔で応えた。
「その映像データを見たマゼンタから教えてもらったからよ」
「マゼンタああああああああああああああッッ!」
高らかに、シアンが怨嗟の叫びが部屋内で反響した。
◆ ◆ ◆
それから二日後の夕方までは、何事もなく、平穏に過ぎ去っていった。




