第17話・・・言い争い/斜め上・・・
どうでもいいことですが、第10話~16話まで同じ日ですね。
『「グラード・アス」ですか』
「うん、間違いない」
ムースとバランが激戦を轟かせたその日の夜。
自宅。
蕨はテレビの前で例によってシアンと映像電話で話してた。
映像電話もリスクがある。極力避けるべきなのだが、蕨の抱える情報と推測に対する意見を交わすには文通では手間がかかり過ぎるので、こうして直接会話をしている。
近い内に『敵』が哉瓦達を付け狙うと予測した蕨は、警察や生徒会の監視法とはまた別、遥か上空から監視を行っていた。
予測通り、一番襲われる確率の高いと読んでいたムースが襲撃を受けた。
二人がかりで襲ってくる可能性もあったので、その際はさりげなく、直接手を下さず手助けをするつもりではあったが、運良くバランとかいう敵が一人だけだったので、ムース一人に任せることにした。
苦戦を強いられるもムースが勝利し、哉瓦達も結界に気付いて警察と共に即事態の対処に当たる。
だが最後の最後で隙を突かれてバランとクウガを逃してしまった。
哉瓦達には悪いが、それも想定の範囲内。
敵の参謀格は頭が切れる。
相手を倒す為の作戦よりも、あらゆる逃走ルート、手段を確保した作戦を中心に行っている。
勝ち戦よりも負け戦が大事だと分かっているのだ。
そして裏組織では珍しく統率が取れている。
(『仲間意識』っていうより……『恐怖意識』の為せる技っていう感じだけどね)
リーダー様は怖いのかな?と思いながら、蕨は悠々と空中から二人を追い、容易くアジトを突き止めたのだ。
蕨はジュースをストローで飲みながら。
「結界が張られてたから無理強いはしなかったけど、多分当たってると思うよ」
敵組織が『グラード・アス』という事実を確認したわけではなく、あくまで蕨の推測。
だがシアンは疑うことなくそれを信じた。
『「グラード・アス」。また厄介と言いますか、面倒な組織ですね。……ですが、活動拠点は主に東北だったと思いますが……』
「東北に拠点を置く『鬼人組』の組員が『グラード・アス』に依頼して、東京にいるエクレアを狙った、そんなところでしょ」
『なるほど。確か「グラード・アス」は構成員五人による少数精鋭型組織』
「リーダーのキイルだっけ? その人って頭良いんだよね?」
シアンは手元のタブレットを人差し指と親指で弄りながら説明してくれた。
『コードネーム「キイル」。本名「志場章貴」。5年前まではごく普通の警備会社の職員だったようです。参謀職員として有能で、大学も名門を好成績で卒業されて出世街道まっしぐらというやつですね。…ですが、突如裏切り、のちに「グラード・アス」なる組織を立ち上げた。原因は不明』
「思い出した思い出した。結構な大物だよねー」
緊張感のない蕨。シアンは小さく息を吐いて。
『ですがこれを私達が知ったところで実際意味がありません。この状況で「黄泉」が直接手を下せば東陽学園に隊員が潜入しているとばれてしまいますからね』
だったらなんで調べさせた、ということにはならない。
知っておくことは大事だ。
蕨はシアンの意見をやんわり受けつつ。
「頭の良い連中は東陽みたいな名門に潜り込んでるだろう、って確信してるだろうけどね」
『…貴方が言うならそうなのでしょうけど、これは玖莉亜様の命令でもあるのです。「確信されている」からと言って「隠さなくていい」ということにはなりません』
蕨は空になったジュースをぽいっとリサイクル用ごみ箱に投げながら。
「分かってるって。一々堅いから婚期逃すんだよ、シアンは」
顔を引き攣らせ、シアンが呆れ呆れに言う。
『………その話はこの前で終わったはずですが』
「え? シアンの婚期終わっちゃったの? ……………ドンマイ」
『その可哀そうな子犬を見るような目っ、やめてくれませんっ?』
「自分を子犬に例えるシアン。可愛いね」
羞恥に赤面するシアンが、途端凍えるような薄目になって反撃に出た。
『うるさいですよ。結局今回も何もしなかった分際で』
結構気にしてるところをグサリと刺される蕨。
「し、したしっ。アジトつきとめたしっ!」
『正直、地味ですよね』
「地味言うなし! 成果出したんだからいいだろ!」
『今の貴方をロータスやリリーが見たらなんて言うでしょうね』
そのコードネームに、蕨が固まった。
「お、おい! そこにいたりしないよな! あいつらには兄の大活躍劇を書き記した手紙送ってるんだから! 変なデマ吹き込むなよ!」
『ああ、あの無駄に脚色された手紙ですか。リリーが手紙を見ながら「全く兄さんは……」と溜息ついてましたよ。私も溜息が出ました。なんですか、あの全て真実なのに真実でない言えるほどに尾ひれがついた文章は』
「俺の頭脳をフル回転させて書いた超級エピソードだ。つか菘そんなこと言ってるの!? 兄の雄姿を湛えたストーリーを!?」
『………って言ってますよ。リリー』
「おい待てシアン! いるのか!? ふざけるな! この婚期終焉女!」
『嘘ですよ、いません。…ていうかなんですか! 今のあだ名酷過ぎません!? 少しは年上を敬いなさい!』
「ふん、事実じゃん。終わってるじゃん」
『終わってません!』
「終わってるよ。色々」
『色々ってなんですか!?』
「シアンって玖莉亜さんの傍ばっかで『俺達』みたいな世間での異名無いことだし、『婚期終焉女』でよくない? シアンを最もよく表す言葉」
『よくありませんから! 最も表してませんから!』
「敵と戦闘中、『くそっ、これが「黄泉」の第一執行隊隊長兼副指揮官!「婚期終焉女」か! モテない人生を全て鍛錬に注いだその実力! 大したものだぜ!』なんて言われたりしたら…………よくない?」
『いい要素皆無なのですけど!? なんですかその妙に凝った設定!? やめてくれません!?』
「設定は否定しないんだね。あ、できないのか」
『ライラックゥゥゥゥゥゥ!!』
その後も、無駄過ぎる言い争いが繰り広げられ、スタミナも一級の『黄泉』の隊長二人がかなりどうでもいいことで肩で息をするほどに精神がだらっともたれて静かになった後。
シアンは乱れたショートカットの髪を手で軽く整えながら、本来の話題に復帰した。
『話しを戻しますが、ライラック。貴方はどう見ていますか? 現在、龍堂哉瓦、エクレア=エル=ディアーゼス、ムース=リア=グランチェロの身が危険と完全判明。警察や東陽学園生徒会も黙ってはいないでしょう。『赤光』も数人だけですが動いているとの情報が入りました。今後の大まかな予測を聞かせて下さい」
年下の知恵を躊躇無く正面から尋ねる。
蕨は新しいジュースを飲みながら「んー」と気の抜けた唸り声をあげ、頭を何度か左右に振ってからシアンの目を見詰め、断言した。
「まず次に狙われるとしたら俺だろうねー」
数回瞬きをしてシアンが驚く。
『ライラックが……ですか?』
蕨は頷き、その結論に至った思考過程を述べた。
「うん。警察は狙われている哉瓦達を放置したくない。学校休ませてでも身の安全を確保させたいところだけど、そんなの哉瓦達が了承するわけもない。結果、見張り、護衛が増え、警察本部も哉瓦達に視点を置くと同時にこの哉瓦とエクレアの居住地、ついでに東陽学園周辺の監視体制を強化するぐらい。うちの生徒会も同じ。心優しい来仙寺会長が融通の効かない秋宮先輩あたりを説得して協定の話しをまた持ち出すと思うけど、哉瓦もバカじゃない。…不協和が僅かでも残る互いの信頼性も確率されていない状況下で手を組んだところでまともな連携は取れない。…来仙寺会長だってそうなることが分からないほどバカじゃないと思うから、いいとこ警察と同じように見張り護衛が増えるぐらいだよ。警察が動いている以上、『御八家』の人員を割く必要性はあまりないから、『御八家』としてではなく『生徒会』としてできる範囲でね」
『……なるほど』
そこまで聞いて蕨の言わんとすることを悟った。
シアンも頭の回転は良い方だ。伊達に玖莉亜の側近を務めてはいない。
「そう。そんなガチガチに固められたところに危険を冒して手を出そうなんて考えないよ。……一回目のトンネル内での接触で『人質』の効果は確かめられてる。二回目はムースがたまたま離れたから狙ったんだろうけど、それも『人質』を取ること。……キイルとかいう奴、哉瓦やエクレアの性格、よく理解してるよ」
『最近の若者では珍しく思いやりが深い方達ですからね』
「まあ、俺は哉瓦達と仲良いからねー。そして『弱い』。さすがに知り合い程度の生徒を捕えられて『人質』にしたところで猜疑心を持たれるてしり込みされるかもしれない。…そう考えると俺とかぴったりじゃん。トンネル内で実際に『人質』としての効果が立証された張本人だし。学園からも哉瓦やエクレアの家からも離れてるから警察の包囲網に引っ掛かる可能性も低いし」
『そのことに警察や『赤光』、東陽学園生徒会や龍堂哉瓦達が気付いている可能性は?』
「かなり低い。警察はそもそも俺のことなんて友達Aぐらいにしか認識してないだろうし、生徒会や哉瓦達もこの件には俺を関わらせようとはしていないから、無意識の内に俺が狙われる可能性も捨てちゃってるんだろうね。……『赤光』も、本格的に始動すれば、気付くかもしれないけど、末席連中じゃどうにもならんよ」
シアンは『なるほど』と首肯し、目線を下に向け数瞬熟考した後、蕨に言った。
『ライラック、貴方のことだからわざと掴まるとか考えてるのでしょう?』
「まあね」
あっさり即答する蕨に、シアンは呆れた溜息をついた。そして諭すように提案した。
『ライラック。貴方の人間離れした知能は隠さずともよいのですから、龍堂哉瓦達の仲間に参謀として加わったらどうです? そうすれば、狙われる可能性も低くなるのではありませんか?』
『「士」協会』の上役達は現在潜入している『ライラック』が、『第三執行隊隊長』であることは知っていても、『副参謀』だということは知らない。
『副参謀』という、『黄泉』随一にして底無しの頭脳を持っているとも言われる『参謀』・コードネーム『マゼンタ』に次ぐ、マゼンタにほんの僅か劣る程度で充分人間離れした頭脳の持ち主がいることは知ってるが、それと『ライラック』が結びつくことは絶対ない。
以前、とある『任務』で『ライラック』と『副参謀』が別々の人物であるという工作事実を自然に浸透させた効果だ。
知能指数を全てひけらかすような真似は蕨自身慎むべきだとは思っているが、哉瓦達と仲良くなってしまった以上、力を貸したい気持ちも湧いてくる。プライド的な面でも影響があることは否めない。
シアンは正に今、そうして欲しいと提案しているのだ。
『人質である以上、殺される心配は少ないですが、みすみす掴まるのも心配です。命の保障がされているわけではありませんし、仮に貴方の「実力」を発揮しないと生き延びられない状況に陥った場合はどうするのですか?』
シアンは『黄泉』の心配だけをしているわけではない。
大切な仲間であるライラックの身も案じての発言だ。
だが、蕨は微笑んで。
「その可能性はゼロに等しいよ。キイルって奴のデータから推理するに、人質が俺だけとは考えにくい」
『他にも…いると?』
「『俺』はあくまで哉瓦達を警察や生徒会の監視から外れさせる為の餌なんだよ。本命の『人質』は別にあると思うんだ」
…………ダメだ。思考が追い付けない。
シアン、彼女がライラックに勝る部分は少ない。
頭脳は言うまでもなく、戦闘でも彼女は勝てないと断言できる。
シアンの得意分野でもある指揮能力でも五分五分。
………育った環境の『酷さ』も、ライラックの方が上。
仲間を慮るシアンと言えど、普段ピリピリ浮上する程の厳格な覇気は本物で、上下関係は常に意識するべきだと『黄泉』内でも風紀委員のようなポジションにいる。
だがそれでも、ライラックだけは別枠。
彼の過去や境遇を承知し、理解し、許容しているからこそ、先程のような失礼千万なやり取りも思いっ切りできてしまい、その後の不服な感情も不快ではない。
それはシアンに当てはまらず、『黄泉』の幹部格ほぼ全員がライラックに劣る部分が多い。
(子供ながらに『黄泉』の隊長の座に君臨した『実力』は疑う余地無し、ですね)
彼の選択、決断が間違いだったことは少ない。
今回も、ライラックにはライラックなりの考え、勝算があるのだろう。
分かっているのだが、年下の15歳の男の子をどうしても心配したくなってしまうのだ。
シアンは気持ちは切り替え、蕨との会話を再開した。
『分かりました。……ですが、ちゃんと説明してくださいね』
「分かってるって」
蕨の説明を聞き、納得させられるシアンであった。
◆ ◆ ◆
太陽がしつこく目が開けにくくなる程に眩しい翌朝。
蕨はバスで長い道のりを経て東陽学園近くのバス停で降り、そこから学園までのそこそこ長い道のりを歩いていた時、蕨の背後に近付く人影があった。
「蕨、おはよう」
「哉瓦…、おはよ」
爽やかな挨拶をするイケメン笑顔の哉瓦。だがどこか無理してるような、恐れているような。
詳しく言うと、『ちゃんと挨拶を返してくれるか』という、そんな気持ちが見えた。
蕨が眠そうな眼で、哉瓦の背のリュックと、外では刀を仕舞う釣竿を入れるような直方体の入れ物をなんとなく眺めてから哉瓦の目に再度向き直ってから応え、哉瓦はちゃんと挨拶をしてくれたことに安堵の息を漏らした。
蕨は昨日メールで知ったということになっている出来事を話題に上げた。
「昨日ムース襲われたみたいだけど、本当に大丈夫だったの?」
「うん、安心しろ。ムースだって強いんだぞ」
誇り高そうに言う哉瓦に、蕨はジト目で。
「とか言って、ムースが襲われてると知って平静を保ちつつも内心では完全に冷静を欠いてたくちじゃない?」
「うっ……」
ギクリと、図星をつかれて哉瓦が口を閉じたままむにゃむにゃ動かす。
「なんだ蕨、見てたのか?」
(はい見てました)
「そんなの見なくても分かるっつーの」
嘘だが、哉瓦の反応は予測できるという意味では真実である。
微妙な顔をする哉瓦をしり目に、蕨は何となく当たりを見渡して。
「やっぱり警察の人とか沢山警備してるの?」
「ああ」
哉瓦は不満そうに呟いた。
「沢山いるよ。大丈夫って言っても聞いてくれないからね。挙句しばらく学校休めなんて言うんだよ? 心配してくれてるのは分かるけどさ、こっちの都合も考えて欲しいよね」
「ほー。そりゃストレス溜まりそうだねー」
「全くだ」
眠そうに苦笑しながら、蕨は心中で。
(この数………20人はいるな。陣形や個々人の強さも中々…、用意してる策も10は越えてるね。エクレアの方も同じと見るべき…。となると、……見抜けたとしても少数の『グラード・アス』じゃ限界があるな。………うん。やっぱり次狙われるのは『俺』だ)
念のため自分の予測の的中具合を確かめ、頷く蕨。
そんな蕨に、哉瓦が気力の薄れた弱弱しい声で、
「それで……その…蕨……」
喋り掛けてきた。
「ん?」
首を傾げる蕨。だが言いたいことは容易に予想がついた。
するといきなりニヤニヤと口元を緩める蕨を見て、哉瓦は気まずげに顔を引き攣らせる。
蕨が察した上で『その言葉』を待っている。しかもこんなに楽し気に。
哉瓦は蕨の少し前で立ち止まり、素直に頭を下げた。
「昨日は悪かった。すみません」
「うん、よろしい」
全面的に哉瓦に非がある昨日の件。
今し方会話を交えてくれた点やニヤニヤと哉瓦にわざとらしく謝罪を求めた点から、蕨が気にしていないということは分かっていたが、こうしてしっかり許しを得ると気分がかなり楽なった。
「まあ、後で飲み物おごってくれればそれで許してやるよ」
しかもこれである。
普通、「そんなに頭下げないで。気にしてないから!」みたいに腰引き気味に相手の真剣な謝罪を受けるものだと思っていた。哉瓦自身、逆の立場だったら「気にしないで」を連呼すると思う。
しかしそれだと、なんといか、ちゃんとした形で謝罪したいという心が残ってしまうのだ。
それを蕨はどうでもよさそうに、『哉瓦の非』を適当なことに適当に利用して終わらせている。今回の飲み物のように。
遠慮が無いというか、本当に気にしてないというか、しかもそれでこちらの謝罪願望を適度に解消させている。
『こんなバカなことで熱くなるな』とでも言われているような、恥ずかしい感情が湧いて軽く汗を掻いた。
気付けばろくな説明もせず「すみません」の一言で全てが終了の方向に進んでいる。
結局事情を説明できない哉瓦の心を察してるのか。単なる偶然か。
前者である気しかしない。
「はは」
もう、苦笑するしかない。
「なに急に笑ってるの? イケメン」
「イケメン言うなっ」
予想の斜め上を行く男・柊蕨。
哉瓦は改めてそう認識した。
また蕨とシアンの絡みを書いてしまいました。
私自身が好きなのですが、今回はかなり多めになりました。
あまり好きでないという方、申し訳ありません。
次回からまたちゃんと始動できるよう頑張ります。




