第16話・・・勝利の笑み/次のターゲット・・・
バランの〝火〟の大剣が振り下ろされた。
だが、何とかムースは命を落としはしなかった。
「おいおい、今の喰らってよく生きてるな、ハハハ」
(……哉瓦、こんな奴相手に圧倒してたとか………ッッ、本当に何者なの……ッ!)
〝歩空法〟で頭上から見下ろされるムースは、バランに負けず劣らず制服をボロボロにし、呼吸量が多く、綺麗な桃色の髪もやつれ、片目は頭から流した血が入って開くこともできない。
何より、左腕は全体血まみれで垂れ、骨折してるのか機能する気配がない。
〝歩空法〟状態で〝加速法〟を使い、今放った30個中10個のビー玉の〝炸裂〟による風圧の勢いを借りてバックステップしながら、バランの大剣での大振りを〝防硬法〟を集中させた左腕一本で受け切ったのだ。
〝歩空法〟は自分の力で自分の体重を支えているようなもの。
〝加速法〟は高速スピードで移動できる代わりに地面と足への反動が大きく、〝歩空法〟状態だと全ての反動が自分に回ってくるので、A級と言えど〝気〟を大量使用した後では負荷が大きい。
『乱反射玉撃』で放った30個のビー玉は〝跳弾法〟の効力を無くして壁や床に埋まり込み、最初からあった29個のビー玉、今放った20個のビー玉は〝操作法〟の効力を無くして転がり落ちている。
「〝気〟量はもう限界近かいみたいだな。ハハハ」
「………」
もう喋ることすらままならない。
バランもダメージはかなり蓄積しているはずなのに、それを忘れるように顔に野獣のような笑みを浮かべ、地に降り、炎の大剣を構えた。
ムースが一歩二歩と後退しながら、右手の平の上にビー玉を15個、取り出す。と、同時に、ムースのスカートの中や服の袖からビー玉がぽろぽろと落ちる。
(〝暗器法〟も機能しなくなってきた……)
ムースはビー玉を体に隠すのに〝暗器法〟だけ使っているわけではない。制服などにも改造を施し、古典的な暗器でビー玉を忍ばせている。
だがその個数は〝暗器法〟の収納要領には遠く及ばない。すぐに限界が来る。
(〝気〟とビー玉が切れる前に……決めるッ!)
「行くぞ! 小娘!」
バランが炎の大剣を引き、〝加速法〟で駆けた。
(今)
ムースは地面に転がったビー玉を〝炸裂〟させ、地面のコンクリートを砕き、砂埃のように白い煙を巻き上げて目暗ましを起こした。
「無駄な真似を!」
バランは視界を遮られて小娘の姿が見えなくなっても突進をやめず、ムースのいた位置までたどり着き、勘任せに大剣を振り回す。
空振るが、白煙が部分的に晴れ、そこにムースはしまった、という顔で硬直していた。
「これで終わりだァ!」
〝火〟の大剣が振り下ろされ、ムースを今度こそ捉えた。
「……………?」
…………しかし、手応えが無かった。
もっと言えば、すり抜けたのだ。
ムースを。
透過したのだ。
「これは…………!?」
五つに分類される〝属性〟は、エレメントを操るが、『士』のレベルによっては、それに収まらない。
例えば、〝水〟の場合は「水蒸気」や「雪」。〝土〟の場合は「岩」。
そして〝雷〟の場合は「光」。
ムースは光の屈折を駆使してバランに自分の位置を錯覚させたのだ。
実際の位置は真逆。
バランは大剣を大きく振り、ムースに背を向けてしまっていたのだ。
白煙が明け、大剣が起こした風に桃色の髪と破れた制服を靡かせながら、15個のビー玉を右手に刃物のような目付きで構えていた。
その事実にバランも気付き、大剣を振った直後の安定しない姿勢で強引に振り向く。
「皇女の侍女を!」
ムースは15個のビー玉に〝気〟を込め、
「舐めるな!!」
ムースはビー玉をバランの大口を開けた顔面に擦りぶつけ、ビリリと、〝雷〟を放って、〝炸裂〟させた。
「ッッッッッッ!?」
大口から喉に入ったビー玉の〝雷〟はバランの全身を感電させ、殺さない程度の〝雷〟と〝炸裂〟だが、意識を断絶するには充分な威力がある。
口から血を吐き、白目を剥いて、全身の所々から黒煙を醸し出しながら、〝炸裂〟の風圧で後方にゴロゴロズルズルと後転する。
止まるとバラン本人も起き上がることなく、気絶した。
(「光」はまだ修行中だからちょっと心配だったけど、上手く行ったわ)
「…………ふぅ、良かった」
ムースは左腕を押さえながら、開いた片目で勝利の笑みを浮かべた。
※ ※ ※
哉瓦が結界を解いた瞬間。
目の前の路地裏の景色が一変し、その光景に哉瓦、女性警察官、男性警察官が驚き、エクレアは燦々と笑った。
哉瓦の足下にはボロボロで見るからに気絶しているバラン。
その先には同じくボロボロだが、若干の余裕を見せて笑うムースがいた。
エクレアはムースに駆け寄り、抱き着いた。
「信じてたわ」
「ありがと」
哉瓦はバランとムースを交互に見やり、「早く助けなきゃ」などと考えていた自分を軽く自己嫌悪した。
(このバランとかいう男は実戦経験豊富なA級だ……それを倒すとはな………)
女性警察官がバランに手錠をかける。
哉瓦は地面のビー玉を広いながら、ムースとエクレアに近付いた。
「以前にビー玉が武器って聞いた時はちょっと心配だったんだが、本当に強いんだな」
ムースが苦笑する。
「私は剣とか槍とか、そういうちゃんとした武器を学ぶ時間を捨てて、全てをビー玉に費やしたからね。これぐらいやってやるわよ」
「その甲斐あって、見事私の侍女の座を獲得したんだから」
エクレアが誇らしげに言う。ムースは恥ずかし気に微笑し、哉瓦も憑き物が落ちたように力を抜いた。
ーーーーーーー
「はあ、なんで僕がこんなことを。見捨てればいいのになー」
ーーーーーーー
「きゃっ!」
「「「!?」」」
女性警察官の叫び声。
振り向くが、いつの間に巻き起こっていた土煙に、視界が塞がる。
「先輩!」
男性警察官の慌てる声。だがすぐにうわぁ!と男性の絶叫が響いた。
〝結界法〟を解く方法の一つは発動者本人を気絶させること。
結界が解け、一瞬第三者の〝気〟を感じるが、すぐに闇の中に消えるように反応が無くないり、土煙が消える頃にはバランの身柄は見当たらなかった。
「哉瓦……」
エクレアの震えた声。
その声は、怒りを孕んでいるように聞こえた。
哉瓦が舌打ちをする。
「やられた……!」
(〝炸裂系土属性〟、クウガとかいう野郎か……ッ)
哉瓦は街路に出て周囲を見渡すが、目につくマンホールは無く、逃走ルートがてんで見当つかない。
闇雲に探し回っても意味が無い。
湧き上がる負の感情を押し殺し、哉瓦は警察官の元へ怪我ないか駆け寄った。
◆ ◆ ◆
その遥か上空、雲がふわっと漂う空。
その霧のような雲で身を隠すように〝歩空法〟で宙に立ち、一部始終を見下ろす者がいた。
「ムース、やるねえ」
〝感活法・視〟で観ていたのは寝癖の少年、柊蕨。
悠々と空に直立し、寝癖をバタバタと靡かせながら全てを見届けていた。
クウガ、バランの逃亡法も『黄泉』の『副参謀』たる蕨の脳と上空からの俯瞰観察によって見当がついていた。
クウガはバランを連れて人込みに紛れたのだ。
バランは体格がデカいが、大きいキャリーケースを用いれば問題なく収めることができる。
クウガは〝絶気法〟で人込みの中をあたかも遠出に向かう旅行客のように装っているのだ。
だが蕨は逃してはいない。
直接的な協力は避けるが、アジトを知って置いて無駄ということにもならないだろう。
クウガの後(上)を追い歩く蕨。
◆ ◆ ◆
『グレード・アス』。
アジトでは。
電気の差す光の量が部屋のサイズの割に少ない場所。
廃ビルの中と言われても信じてしまうような殺風景な場所。
そこには不釣り合いの紳士的な風貌の男性が小奇麗なテーブルで紅茶を飲んでいた。
「キイル。バランとクウガの奴、失敗したみたいだぞ?」
影の中から現れるように男性、メクウが紳士的な男性、キイルに雑な報告をする。
「おや、そうですか。ムース=リア=グランチェロお一人でバランを?」
「らしいぞ」
「それはそれは。蓮見様にまた文句を言われてしまいますね」
キイルがクライアントに厭味ったらしい顔をされる未来を想像し、苦笑する。
「クウガはちゃんとバランを回収してくれたのでしょうか?」
「ああ。女子高生一人に負けるような奴、見限ってもいいと思うんだけどねー」
「ダメですよ。メクウ。バランも仲間じゃないですか」
咎めるような言葉遣いには威圧というものを感じない。
仲間意識の無い証拠だ。
「あいつどうするの?」
「バランはああ見えてちゃんと私の『指示』通りに動いてくれます。今回のような実力勝負で失敗を犯したところで、私は責めるつもりはありませんよ。……いくつか回復用の『士器』を使いましょう」
メクウが億劫そうに息を吐く。
「『あれ』もただじゃねえんだけどなぁ」
「メクウ。…………ちゃんと私の『指示』に従って下さいね?」
ぞわりと、メクウの背筋を氷で撫でられたように伸びた。
キイルの氷山その物のような視線によるものだ。
「わ、分かってるって」
にっこりと、キイルは貴婦人が好みそうな笑みへと一転させた。
「ならいいのです。そうすれば高収入は約束します」
メクウはホッと息を吐き、部屋を出ようとして、「あ」ともう一つ用件…というか、聞きたいことがあるのを思い出した。
「キイル。この次の作戦って、俺なんかする?」
「ええ。と言っても、貴方にはアワラのサポートだけですが」
「いつ?」
「三日後です」
「結構空くんだな」
「ええ。その間にクウガにはやってもらうことがあるので。仕込みが終わったら動いてもらいます。いいですね?」
「了解。……で、何やるか聞いても?」
メクウの至極当たり前な疑問にキイルは微笑んで応えた。
「拉致です」
その笑顔から出て来る言葉としては信じ難い単語に、メクウは溜息をつきながらも引っ掛かる疑問を解いた。
「お嬢様か? でもそう簡単に行くか?」
だがメクウの解答をキイルは頭を振って全否定した。
「皇女様ではありません」
「? じゃあ侍女?」
「いいえ」
「………龍堂哉瓦?」
「いいえ」
「…………じゃあ誰だよ」
内容は真剣、見た目はふざけたやり取りに嫌気がさして、メクウが率直に聞いた。
キイルは口を押えて微笑しながら、表情に反して冷めた瞳でとある人物の名を告げた。
「柊蕨。今メクウが上げた三人の、一番の友達です」




