第15話・・・激戦/危機・・・
ムースの激戦が繰り広げられてます。
ビー玉舐めるべからず、ですね。
騒々しいファミレス内。
哉瓦は空いたムースの席を訝しそうに見ながら、エクレアに聞いた。
「ムース、遅いな。何かあったのかな?」
エクレアはふてくされたように頬を膨らませて。
「気にしなくていいわよ、もう」
「?」
ムースの返事に哉瓦はハテナ顔で首を傾げた。
そんな二人を離れた席から観察する『敵』は、あまりに自然で、元々の存在感も希薄なのも原因の一つとなって、気付くことができなかった。
◆ ◆ ◆
高度な結界の中のことは、哉瓦、エクレアですら気付いていない。
監視、警護している警官達も、霧沢咲音の〝土〟も、人数が少ない上に対象は哉瓦とエクレアであるので、ムースにまで気が回らなかった。
盲点を突かれ、そのことにいつ気付くのか。
トイレ内。
ムースのビー玉が一斉にバランへ向かう。操作法とは気による完全操作であり、自分の手足を動かしているようなものなので、弾丸なような脅威的なスピードが出ない。
だがムースのビー玉30個全て炸裂のエナジーを纏った爆弾だという情報が加算すると、十分脅威的だ。
(こんな狭い所じゃ、小回りの利かない大剣だと不利か)
バランはビー玉を躱しながら高速移動でトイレから路地裏に出た。
(っ、結界の範囲が分からない以上、ここで決めたかったけど、そう簡単にはいかないかっ)
ムースもアクセル・メソッドを使い、バランの後を追うように路地裏に出て、バランはムースに向かって大剣を横薙ぎする。ムースはそれを易々と躱しながら距離を取る。
意外と広い路地裏にて再び対立する二人。
そこは地面と左右が作られて百年以上も経つコンクリートに囲まれており、トイレから外に出たというのに空気が籠っている。
バランは大剣を振り上げ、火力を増大させて、そのまま炎の斬撃を飛ばした。
〝放発系〟の特性で大気に放たれた炎は突き進むごとに増大し、路地裏幅を完全に炎で埋め尽くした。
ムースはビー玉一個を頭上に浮かして結界がどこまで張られているか確認した。結界はこの路地裏に天井を置くように張られていて、フロート・メソッドで横の建物の屋上まで逃げるという選択肢は無いようだ。
後ろに逃げても数メートル先で結界が壁となって回避不可能なのは明白。
(哉瓦だったらハード・メソッドで簡単に防ぐんだろうな)
ムースは冷静に片手を前方に掲げビー玉の配置を変える。
「『雷電壁』」
拡散していたビー玉を壁のように幅が均等になるように配置し、ビー玉とビー玉の雷を繋いで正に〝雷〟の壁を作り出した。
その壁は容易く炎の斬撃を防いだ。
「驚いた!」
炎が消えて視界が晴れると、そこにはバランがいた。大剣を振り上げ、振り下ろす。
雷のビー玉による壁と火の大剣がビリビリボウボウと激突する。
「さっきの防ぐのかよ! すげえな!」
「私は皇女殿下の侍女を仰せつかっているのよ? 防御力が無くちゃ務まらないわよ」
「そう来なくっちゃァ!」
火力を上げて強引にブチ破ろうとするが、ムースは涼し気に笑って〝雷〟の壁を解いた。
ビリビリと〝雷〟を放つビー玉達が道を開けるように横に避け、バランの態勢が崩れる。
ムースはその瞬間に横壁へ跳び、アクセル・メソッドでバランの五メートル以上背後に移動。
態勢を立て直したバランに向かって。
「これでも食らいなさいっ。『乱反射玉撃』!」
ムースは両腕をバッと広げ、指間に挟んであったビー玉24個を投げ付けた。
ただ投擲したのではなく、両端の建物壁、地面、そして結界という名の天井までも利用して四方八方に勢い良く分散投擲することでスーパーボールのように乱反射させてバランをそのまま四方八方から狙い撃ちしたのだ。
(この弾性力……跳弾法まで使いやがるのかッッ)
バランが心底嫌そうに表情を歪ませた。
〝跳弾法〟。
対象物をエナジーで覆い、密度や濃度を調節することでゴムのような弾力を持たせる中級〝法技〟。
ムースはビー玉一つ一つに中級法技である跳弾法を施しているのだ。
今から大剣を振るっては隙を増やすだけ。
バランは舌打ちして大剣を地面に突き刺しハード・メソッドで堪えた。
『乱反射玉撃』は見た感じコントロールが効かない技だ。操作法を施したらスピードが鈍くなる。
入射角も反射角も弄れない以上、通過するのを待てばいいのだ。無限に続くわけじゃない。
後方に逃げても行き止まり。だったら今は耐えるべきだ。
あっという間に24個のビー玉がバランの位置まで到着し、身体をあちこち直撃していく。
哉瓦ほどのエナジー量を保有しているわけではないので、拮抗する相手の技となるとダメージがある。
(これならまだ防げる)
バランが耐える中、ムースが冷やかに笑った。
「私の質、忘れてない?」
「ッ、しまっ……!?」
バランが気付いた時には遅かった。
直後、バランの周囲のビー玉は通過する前に閃光と〝雷〟を奔らせて〝炸裂〟した。
〝炸裂系〟の瞬間的な威力は六つの〝系統〟随一とも言われる。
それを間近でビー玉24個分の〝炸裂〟を喰らってしまったのだ。
ムースは周囲に30個のビー玉を護衛浮遊させたまま、気を抜かないまま呟いた。
「やった…?」
やがて閃光が止み、そこにいたバランは、全身ボロボロだった。服は焦げ、破れ、頭や腕からは血を流してはいた。が、生きてはいた。
(一筋縄じゃ行かないわね)
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!」
狂った笑い声を上げるバランはギラリとした野獣視線をムースに向けた。
「龍堂哉瓦といい…、テメエといい…、最近の学生はなんなんだよ! 最高だな!」
(こういう敵、ほんと苦手だわ)
バランは大剣の切先をムースに向けて、叫んだ。
「『直線熱』!」
バランの大剣を延長するように赤とオレンジを混ぜたような色の剣が伸び、ビー玉の間を素通りしてレーザービームのようにムースを撃つ。
ムースはそれをサイドステップで躱すが、バランは直線熱を横薙ぎして追随する。ムースは一番傍のビー玉一個を自分と伸びた〝火〟の剣との間に移動させ、小さく〝雷〟を使わずに〝炸裂〟させた。
空間のみを揺らすように炸裂させ、ストレート・フレイムが見えない壁に阻まれる弾かれる。バランはもう一度横薙ぎするが、ムースはその間にフロート・メソッドで宙へ、結界の天井へ届かない範囲に跳び、手腕を振ってビー玉達をバランに向かわせた。
バランは忌々し気に下唇を噛み、伸ばしていた〝火〟を戻して回れ右し、アクセル・メソッドで疾走し始めた。
(逃げた……? でも結界が解かれた様子は無い……そのまま行っても行き止まり……)
ムースは目を細めて怪しみ、すぐに鋭く迷いを消した真摯な目付きとなり、両手の指一杯に30個のビー玉を広げる。
(何にしろ、背中を見せるとか愚かね!)
『乱反射玉撃』。
オペレート・メソッドで操っているビー玉では速さで勝てないので、ムースは新たにビー玉を繰り出した。
四方八方の攻撃から高速で逃げるバラン。
入射角を広めに放ったので、すぐに追い付く。
数十メートルの距離をバランが走り、それ以上の速さでビー玉30個が追う。
ビー玉が追い付く前に、バランが跳ねた。路地裏の終わり、街路の光りが見えるその10メートル程手前。バランは跳んで体を横に向けて足を揃えた。すると空中で動きと一瞬止めた。
フロート・メソッドではない。
結界だ。
結界を壁替わりに、横跳びした。
「なっ……!?」
ムースが驚愕し、失態に気付く。
バランもまた跳弾法を足裏に施し、加速法で勢いをつけた体は超速で反射し、跳ねたのだ。
乱反射玉撃の包囲網も数発当たりながらほぼ無損傷で潜り抜け、大剣を振り上げたままムースの眼前まで一瞬で詰めた。
野獣のように笑う男が、華奢な桃色の髪の少女の眼前で炎の大剣を、振り下ろした。
ムースは咄嗟にビー玉を30個、撒くが、
「おせえええ!」
炸裂する間も与えず、というより炸裂も恐れず、相討ち覚悟で、命知らずに振り下ろすバラン。
アクセル・メソッドとバウンド・メソッドで威力を増した火を纏う大剣が、躊躇なくムースを殺しにかかった。
◆ ◆ ◆
「………はあ、遅いわね。ムース」
ふてくされて機嫌を損ねていたエクレアも、侍女の帰りが遅いのを不審と思う。
「もう10分ぐらい経つんじゃないのか? ……まさかっ、敵が…」
哉瓦の大きい懸念をエクレアは苦笑で飛ばそうとして、できなかった。
だからと言って哉瓦程心配はしなかったが、ゆっくり立ち上がった。
「一応見てくるわ」
エクレアは喉に魚の骨をつっかえたような感覚を感じながら、ファミレスの女子トイレまで歩いた。
トイレに着き、中に入ろうとドアを捻った。
しかし、開かなかった。
「え?」
カチャカチャと回したり引いたりするが、開かない。
「ちょっとッッ」
エクレアは表情を険しくしてドアに手を付き、神経を集中させた。
結界法を漠然とただ広範囲に張った探知法だけで探知するのは困難だ。
探知する場合、一定範囲に集中し、感活法・触と併用することで肌で感じるようにサークル・メソッドを見つけ出すことができる。
そして、エクレアは探知した。
「まさか……!?」
エクレアは走り出し、トイレ横の廊下を抜けて、少し離れたテーブルにいる哉瓦に目線で状況のまずさを告げ、まず店を出た。
哉瓦もレジで数百円の勘定に対して万札一枚置いて「お題は結構!」と言って、店を出た。
人がまだ多い街路。
店を出た裏路地の入口付近で哉瓦がエクレアに向かって。
「おい、まさか」
「ええ、ここのトイレから横の裏路地らへんまで結界が張られてる。ムースはその中にいるのは確実よ」
「それは本当か!?」
第三者の声。
自分達を警護していた男性と女性の二人の警察官だ。
哉瓦もエクレアも当然気付いていたので、当惑せずに受け応えた。
「はい。間違いありません」
短髪の女性警察官が裏路地前に立って、自分のペンを投げる。五メートルほどでカツンと堅い感触があることに気付く。
「小松、結界を張り、至急本部に連絡!」
「はい!」
先輩と後輩らしいやり取りをして、若い男性警察官がサークル・メソッドを路地裏全体を覆うように張り、携帯を取り出す。
女性警察官は結界のすぐ傍まで進んで。
「堅い結界ね……A級レベルだわ」
「どいてください」
女性警察官をどけて哉瓦が結界に触れる。
結界法を解く方法は至極単純。
使用者の意識を奪うか、使用者以上のエナジー量で乱流法という法技をぶつけるしかない。
精巧、均一に張られたサークル・メソッドは一カ所のエナジーの流れが乱れるだけで即崩れる。
乱流法は己のエナジーを一カ所にだけ乱雑に流し込み、秩序を乱して結界を破る法技だ。
対結界用法技とも言われている。
女性警察官も哉瓦の実力レベルは知っているので、その場は任せることにした。
だが、哉瓦は冷静な表情のわりに焦ってるのか、中々決まらない。
(早くっ、早くしないとムースが……っ)
「落ち着きなさいッ」
背後からエクレアが肩に手を置いて強く言う。
「分かってる」
哉瓦は集中を乱すなと言いた気に素っ気なく言った。
エクレアはそれでも態度を変えない。
哉瓦に任せず自分が結界を解いてもいいのだが、何か勘違いをしている哉瓦に言っておかなければいけないことがある。
「分かってない。ちょっと深呼吸しなさいよ」
「そんな時間ない」
「いくら時間かかってもいいから冷静になりなさい」
いくら時間がかかってもいい。
その台詞は哉瓦も、傍から見ていた男女の警察官もさすがに冷たいと思った。
「エクレアっ、それ本気で……」
「ムースを舐めるんじゃないわよ」
「「「っ」」」
その言葉に、他の三人が言葉を失う。
「ムースは一国の皇女の侍女なのよ?」
哉瓦はその一言で落ち着きを取戻し、再度乱流法を試みる。
今度こそ、解けた。
ムースの危機。
最後、エクレアのムースに対する信頼の強さがどれだけか分かりましたか?
……書いてて羨ましいなと思いました。
「ムースVSバラン」、次回決着です。




