第13話・・・新たな一面/クール先生・・・
まずみなさんに謝辞と訂正がございます。
『第8話』で〝具象系〟の人が出て来たのに〝具象系〟の説明をすっかり忘れていました。
なので、ただ今編集して『第8話・下の方』に〝具象系〟の説明文を入れさせて頂きました。
技術と計画性が無いばっかりに、失礼をしました。
誠に申し訳ございません。
特にストーリーに影響は無いので、その点はご安心下さい!
ここから先はごゆるりと、小説を楽しんで下さい!
生徒会室を後にしたエクレアとムースは、人気の少ない廊下を気丈な面持ちで歩いていた。
「エク、どうするの?」
「まず哉瓦と話すわ。考えるのはそれからよ」
聞きづらそうに表情を曇らせながら、ムースは意を決して聞いた。
「怒ってる? 哉瓦が私達に隠し事してたこと」
エクレアは青みがかった銀髪をさっとかき上げながら、少し口を尖らせた。
「怒ってはいないわ。隠し事の一つや二つ、私にもあるもの。生徒会の口振りからするに、悪人では無いみたいだし、仮に『黄泉』の隊員だとしても私からすれば結果オーライよ」
『黄泉』も悪人集団ではない。
国に認められたれっきとした組織だ。
エクレアの判断を聞き、ムースは緊張の糸が切れたように安堵した。
以前、実技授業中に哉瓦の圧巻ものの『司力』の所在について尋ねたところ、哉瓦は偽らず、「秘密」と堂々と隠した。
それだけでも哉瓦の誠実さがよく伝わる。
「だよね、ふふ」
「何よムース、嬉しそうね」
「まあね」
※ ※ ※
ちょうど、ムースが「まあね」と微笑んだ頃。
生徒会室では。
「涼一、どうだ?」
及吾が隣りの涼一に簡潔に、聞いた。
涼一は右耳に片側だけのヘッドホンのような『士器』を右手を添えて当て、閉じていた目をゆっくり開けた。
「予想通り、ディアーゼス達はもう一回龍堂と話すらしい。会話から察すると、生徒会とはもう組む気はないと思う。……僕たちが龍堂の個人データのことを一々気にしてる内はもう協定は組めないものと考えた方がいい」
淡々と語る涼一の見解を聞き、及吾は重苦しく溜息を吐いた。
「そうか。危機感のないお嬢様だな」
風華はその見解に対する感想は置いといて、涼一に即座に告げた。
「涼一くん、ありがとう。もう大丈夫よ。校内と言えど盗聴はよくないわ」
「はい」
了解の返事と同時に当てていた片ヘッドホンを耳から外す涼一。
結月が早急の案件を風華に問い掛けた。
「どうする? 風華。ターゲットとなってる二人をこのまま放置というわけにもいかないだろう」
風華は頷いて。
「ええ。警察と連携を取れない以上、私達は私達で護衛、監視が必要だわ。……咲音ちゃん、願いできる?」
「は、はいっ……。でも、私の『土魂人形』じゃ限界がありますけど……それに龍堂くんとか気付きそうで…」
咲音が気弱なことを言うが、結月は首を振った。
「気にするな、霧沢」
風華も結月の意見に同意して優しく述べた。
「見張られてるのは向こうも覚悟の上よ。警察の監視だって黙認してるんだから。……咲音ちゃんは放課後から夜九時までお願い。それ以降の時間と休日は及吾くんと涼一くんの作戦通りにしましょう」
風華以外の全員が、頷いた。
※ ※ ※
エクレア。ムース。
二人にいつもの笑顔が戻ってきた時、すぐそこの角から一人の友達が姿を現した。
「あ、話し終わったの?」
「蕨っ」
「柊くん…」
片手に空のペットボトルを持つ蕨は、気怠そうに教室に戻る途中らしい。
エクレアとムースは蕨を見て罪悪感が溢れてきた。
蕨の真意はどうあれ、嫌な思いをさせてしまったのに変わりはない。
改めて謝罪しようとした時、蕨が声を発した。
「ああ、さっきのことは気にしなくていいよ。…面白かったし」
「「…………面白い?」」
すっとんきょんな声を上げる美少女二人。
罪の意識が呆気無く吹っ飛び、蕨の発した不可解な発言に頭を傾げる。
「柊くん……何言ってるの?」
「ほら、俺のこと煙たがってた秋宮っていう先輩いたじゃん?」
その名前を聞いて二人の表情がまた沈むが、それと「面白い」という感想がどう繋がるのか全く理解できない。
「秋宮先輩がどうかしたの?」
ムースの質疑に、蕨はあっさりと、衝撃の事実を告げた。
「あの人、多分霧沢先輩のこと好きだよ」
「「え!?」
固まる二人。
「ちょちょっ、それどういうこと!? 霧沢先輩ってあの優しそうで気弱そうな先輩!?」
蕨の両肩を掴んで激しく揺さぶるムース。蕨は意地の悪い笑みを浮かべながら述べた。
「俺が生徒会室にいる間のおよそ十分間。事故に関する説明を行われている間、秋宮先輩が来仙寺先輩に視線を向けた回数は17回。北深坂先輩へは12回。藍崎先輩へは10回。灰村先輩へはなんと2回。そして、特に語り部でもなかった霧沢先輩へ視線を向けた回数は97回。時間で表すと2分23秒。秋宮先輩と霧沢先輩は正面の席でもないのに、ね。………この差はなんだろーね」
「「……………………っ」」
絶句。
エクレアは開いた口が塞がらないという姫にあるまじき姿を晒し、ムースは瞬き回数が尋常じゃなかった。
つまり、蕨は生徒会室に入ってから生徒会メンバー全員の視線の動きを事細かに観察し、記憶していたということだ。……いや、下手したらそれ以外の微かな仕草も…。
超人的という言葉ですら言い表すのに最適だとは思えない記憶力と観察力。
そんな芸当、人間に可能なのか?
嘘だよね? と思いながらもなぜか嘘と思えない、すんなり受け入れてしまう自然的な威圧があった。
蕨は「あ」と人差し指を立てて。
「別に秋宮先輩だけ見てたわけじゃないからね? 北深坂先輩は伸びた髪が気になるみたいで27回かき上げながら気を紛らわしてたし、灰村先輩は歯の間に何か挟まっているらしく56回も歯噛みしてたし。……生徒会の人も俺達と同じ人間なんだなー、て思ったよ」
あははと苦笑しながら述べるその内容は、軽く畏怖を覚えるほどだった。
「わ、蕨……?」
「そんなに怖がらないでよ」
ムースはまだ蕨の両肩を掴んでいて、二人は対面状態。
蕨はそんなムースの絹糸のような桃色の髪を子供をあやすようにそっと撫でた。
「弱い奴は弱いなりに色々努力してんだよ」
エクレアとムースはその台詞に心を撃たれた。
先程友達である蕨に対して畏怖を覚えた自分をかなり自己嫌悪する二人。
蕨のそな超人的な洞察力を気にしない、というのはさすがに無理があるが、それは蕨の新しい一面というだけであって何も怖がることはない。
大方、その洞察力で色々見抜かれ、からかわれるぐらいの呆れつつも和ましい未来が見えたぐらいだ。
考えを改め、エクレアとムースは真っ直ぐな視線で向き合った。
一方、蕨はというと。
(半分嘘だけど……半分本当だし、いいよね)
エクレアとムースの罪悪感をそのまま受け継いだように心中で苦く呟いていた。
多分、『頭脳面』においてはずっと隠し通すことはできない。蕨のプライドみたいなものがそうさせない。
『ライラック』が第三執行隊隊長であると同時に『副参謀』であることは知られていない。
潜入しているのが、独立秘匿執行部隊『黄泉』・黒魏曰く化け物連中のナンバー2ブレインだということは。誰も知らない。
だから、ちょくちょくこういうことを言っても構わないだろう。
エクレアとムースは肩の荷をおろし、微笑んだ。
「ごめんなさい。ちょっと取り乱してしまったわね」
「俺の超人的な洞察によると、ちょっとってレベルじゃなかった気がするけど」
「揚げ足取らないでよ」
蕨の自画自賛発言を苦笑で受け流すエクレア。
ムースは心配事が一つ解消されて胸を撫で下ろす。
と、そこでムースは糸が張ったようにピンと背筋を立てた。
「わ、蕨! 一分にも経たない間にすっかり忘れちゃってたけど! 秋宮先輩って霧沢先輩のこと好きなのってホント!?」
エクレアも「あ」と思い出した。
「俺の超人的な洞察によると、だけどね。俺を必要以上に目の敵にしてたのも単なる嫉妬だったかもね」
「嫉妬?」
「入試の時、俺霧沢先輩から飲み物もらったじゃん? あれが先輩の飲み掛けて間接キスだったていう可能性もあるってこと」
「でも……あの見るからにお堅い先輩が……」
「頭の堅い人って純情ってよく言うじゃん」
「あの先輩が…純情……」
「柊くん、霧沢先輩の方はどうなの?」
「俺の超人的な洞察によると、脈無し」
「「………はは」」
無邪気に笑う蕨を、エクレアとムースは苦笑しながら眺めていた。
何はともあれ、蕨がさっきのことを全く気にしてないようで何よりだ。
◆ ◆ ◆
放課後。
クラスは少々、微妙な雰囲気に包まれていた。
原因はクラスの中心核となっていた哉瓦、エクレア、ムース、蕨の様子だった。
昼休み後から四人の雰囲気は変わった。
主に哉瓦が。
涼しさ八割、諦め二割といった表情で哉瓦は授業を受けていた。
五時間目は実技体育で、いつものように柳沢先生が〝法技〟を教え、自由練習時間になった。蕨達はいつも四人で集まり、雑談しながら練習していたのだが、今日は違った。
いつものように蕨の所へ三人集まるはずが、哉瓦は集まらなかった。練習場の端で一人ぽつんと誰とも会話をせずに練習するまでもない〝法技〟を練習していた。
近付くなオーラが充満しており、蕨達でさえも哉瓦の元に足を運ぶことはできなかった。
蕨はエクレアとムースから事情を聞き、
(哉瓦が『黄泉』………ね、あはは)
と複雑な気持ちで苦笑するしかなかった。
エクレアとムースは、蕨は信頼がおけるからと打ち明けてくれたので、他のクラスメイトには話していないが、それが返って蕨の罪悪感を煽った。
とどのつまり、哉瓦は嘘を付いていた罪の意識からエクレア達と顔を合わせずらいということだ。
更衣室で制服に着替えてる時、蕨は哉瓦と少し話しをしたが、よそよそしく、別人と話してる気分になった。
その様子を他の多くの男子クラスメイトは目撃し、すぐクラス中に伝わった。
五時間目の休み時間は少なく、エクレア達に事情を聞きづらいクラスメイト達は蕨に、穏便に事情を聞いたが、蕨はエクレア達の信頼を裏切らず、何も喋らなかった。
聞けないことはクラスメイト達も了解の上だったようで、みんな最後に笑顔で「なんだから知らねえが、早く仲直りしろよ」「お願いだから早く元に戻ってね」「とっとと謝れよ」と彼らなりの激励を送ってくれた。……まあ、蕨にだけだが(エクレア達には恐れ多くて難しいらしい)。
あっという間に六時間目も終わり、ホームルームも終わった。
その時、エクレアが動いた。
ツカツカと哉瓦の目の前まで歩み寄り、射殺すような眼光を放ちながら。
「哉瓦、この後時間ある?」
「……うん」
「じゃあちょっと付き合いなさい」
「……分かった」
哉瓦は拒まない。断る資格がないとか思っているのだろう。
文句や罵倒は大人しく聞く。
そんなことを考えているのだろう。
(哉瓦ってどうしてこういう時だけバカなんだろ)
エクレア、哉瓦の後にムースが着いていくフォーメーションで、クラスメイトに見守られる中、教室を出て行く。
ムースが出て行く瞬間振り向いて蕨に手を振り、蕨が振り返す前に二人の後を追いかけて視界から消えた。
クラスメイト達の視線が蕨へと移る。
だが誰も何も質問することはなかった。
五時間目の休み時間に事情説明を拒んだことも関係しているだろうが、それ以外にも理由はあった。
どの生徒よりも先んじた先客がいたからだ。
「柊」
蕨の苗字を呼ぶのは同級生でもなければ生徒でもない。
「淡坂先生……」
一年B組担任教師・淡坂成予。
ショートカットの黒髪に咥えタバコ。瞳には刃のような鋭さと蕨に似た適当さを放つ光が宿っている。発育した身体にはコートと白衣の中間みたいな特注服を着用している。
クレバーでドライでクールな印象が頭から離れない美人教師。
男女共に人気で、日々ラブレターをもらっていそうなお方だ。
淡坂は蕨の席の一歩手前まで歩み、今し方三人が出て行ったドアを見詰めながら、三人以外のクラスメイトが残り、注目する中、ぼそりと呟くように聞いた。
「何があったか深くは詮索せんが、大丈夫なのか? まだ入学して二週間も経ってないというのに面倒事はごめんだぞ」
本当に教師かと思いたくなるが、生徒相手でも対等に接してくれていると考えればギリギリ許容できるものだ。
そういう態度が逆に良い、という批評も得ているらしい。
生徒達も三日する内には慣れた。
蕨もそこまで遜らず、ほぼ自然体で最低限の敬語を持って応えた。
「大丈夫だと思いますよ。そんなに深く考えたって仕方ないですよ。気ままに待ちましょう」
「そうか。じゃあ、もしもの時はお前に責任を被せていいんだな?」
「すみません意味が分かりませんなぜそうなるんです?」
「もし問題が起きて私にとばっちりが来たら『私は止めようと思ったんですが柊くんに止められました』と告げるということだ」
「先生。先生って本当に先生ですか? 澄ました顔で何言ってるんですかっ?」
「先生先生うるさいぞ。ゲシュタルト崩壊しそうだ」
「先生が先生をゲシュタルト崩壊ですか。世も末ですね」
「全くだ」
「はあ……」
疲れる。
クールな美人教師はこう見えてボケ要員で、どうにも振り回され気味だ。
「柊」
「はい?」
ガクリと下げていた頭を上げ、我らが担任教師を見上げる。その時中々のサイズの双球が下から目に飛び込み、「おー、意外と絶景」、と思いっ切り声に出して感心してしまった。尚、今もクラスメイトはとある三人を除いて教室におり、蕨の恐れをしらない行動に男子は嫉妬し、女子は乾いた聞こえないぐらいの笑いを上げている(蕨のこういう正直さは素直に評価している女子達)。
次の瞬間、蕨の顔面でアイアンクローが爆発した。
無表情の淡坂は、そのままの状態で蕨に告げた。
「柊。担任としてお前にお願いをする。…あの三人が唯一完全に心を許せるとしたら今のところはお前だけだ。可能な限り三人の味方となり、友達でいてやれ」
立派なことを言っている(アイアンクロー継続中の)淡坂。
こういうなんだかんだで生徒思いなところが好感を集めるのだろう。
蕨は丁寧な口調で。
「分かりました。言われなくてもそうしますし……。あの、だからそろそろ手離してもらえません? かなり痛いですはいすみませんすみません俺なんかが過ぎたことを言いましたすみません!」
最後の最後で遜った蕨であった。
蕨に意外な才能が!?
と思った人はかなりいるでしょうが、蕨は立派な『副参謀』です。知能指数とか結構ヤバいんですよ?
まあ、まだ蚊帳の外に変わりはありませんけど。
次回は哉瓦、エクレア、ムースの腹を割っての話し合いから始まります。
蕨の活躍はいつ見れるのでしょう!?




